佐々木定道

SUBARU・元代表取締役社長

Sasaki Sadamichi(敬称略)

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社長就任 1978年
生年月日 —
学歴 京都帝国大学工学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1937年3月に京都帝国大学工学部を卒業して日産自動車へ入り、1960年5月に取締役、1964年11月に常務取締役、1969年11月に専務取締役、1973年11月には同社の取締役副社長へ就任した。富士重工業には1971年5月から非常勤の取締役として関わっている。入社から41年を日産自動車で過ごし、役員在任だけで18年を数える技術者である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1978年10月、大原栄一氏が会長へ移り、日産自動車の取締役副社長だった佐々木氏が社長に就任した。両社は1968年10月に業務提携を締結しており、日産の持株比率は1970年3月の3.08%から1975年3月の8.24%へ上がって第2位の株主になっていた。佐々木氏は1971年5月から富士重工業の非常勤取締役を兼ねている。翌1979年6月には日産の常務取締役だった川合勇氏も取締役として加わった。

在任中の主な施策
施策

1979年に4WDのレオーネを改良して降雪地と山間部の需要をつかみ、1980年度には国内4WD市場で販売台数シェア38.5%を取ってトヨタ自動車とスズキを抑え首位に立った。1983年2月には群馬製作所の大泉工場が稼働している。売上高は1979年3月期の3,274億円から1984年3月期の6,027億円へ、経常利益は91億円から284億円へ伸びた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1978〜1985年
在任中の業績
就任前(FY77)3,079億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 1件

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