大原栄一

SUBARU・元代表取締役社長

Ohara Eiichi(敬称略)

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社長就任 1970年
生年月日 1912年1月1日
学歴 東京帝国大学経済学部
出自 日本興業銀行
社長就任までの出自
出自

1936年に東京帝国大学経済学部を卒業して日本興業銀行へ入行し、1958年に業務部付考査役、1959年1月には日産化学工業へ常務取締役として派遣された。1961年8月に興銀へ復帰して証券部長、同年11月に取締役、1962年11月に常務取締役を務めたのち、1963年5月に富士重工業の代表取締役副社長へ移っている。入行から27年を銀行とその派遣先で過ごした金融畑である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1970年5月、横田信夫氏が会長へ移り、大原氏が代表取締役社長へ就任した。1963年5月に横田氏とともに社外から入って以来、副社長を7年務めた末の昇格になる。出身行の日本興業銀行は1970年3月時点でも9.22%を持つ筆頭株主で、同年の役員には入江祐江氏・鈴木善重氏ら興銀出身者が常務取締役・取締役として並んでいた。

在任中の主な施策
施策

1968年10月に結んだ日産自動車との業務提携が続くなか、同社の持株比率は1970年3月の3.08%から1975年3月の8.24%へ上がり、第2位の株主になった。売上高は1971年3月期の1,168億円から1978年3月期の3,079億円へ、経常利益は29億円から95億円へ伸びている。ただし1972年3月期は売上高が1,103億円へ減り、1975年3月期には経常利益が14億円まで減少した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1912〜1978年
在任中の業績
就任前(FY69)976億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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