中期5ヶ年経営計画による拡大路線の撤回(1999年・マイカルの決断)

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論点拡大を続けるか負債を減らすか
マイカル:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
出店と多角化の抑制、不採算店の閉鎖と有利子負債の圧縮への転換1999年3月、マイカルは中期5ヶ年経営計画を策定した。1999年度から2003年度までの5年間を対象に、不採算店の閉鎖と、2004年2月期にグループの有利子負債を7,000億円まで減らすことを掲げた。号令をかけたのは1996年に社長に就任した宇都宮浩太郎氏である。

何をなぜ決めたか:出店と多角化の抑制、不採算店の閉鎖と有利子負債の圧縮への転換

概要

1999年3月、マイカルは中期5ヶ年経営計画を策定した。1999年度から2003年度までの5年間を対象に、不採算店の閉鎖と、2004年2月期にグループの有利子負債を7,000億円まで減らすことを掲げた。号令をかけたのは1996年に社長に就任した宇都宮浩太郎氏である。

計画と組で、経営の主導権も移った。1999年9月の機構改革で小林敏峯会長の実弟2人の副社長が開発と営業の担当を外れ、10月15日付で小林敏峯会長が取締役を退任して新設の最高顧問に就任した。宇都宮浩太郎社長は会見で『連結主体の会計方式が導入されるようになれば、今までの路線を続けるのは難しい』と語っている。

背景

負債を拡大させたのは、バブル崩壊後も続けた出店と多角化だった。総額600億円を投じた日本最大級の複合商業施設マイカル小樽は1999年3月に開業している。1999年8月末のグループの有利子負債は1兆241億円で、連結売上高1兆8,524億円の半分を超えていた。

業績も崩れていた。1999年2月期の連結決算は、子会社の保有株の評価損が響いて355億円の最終赤字となった。1997年2月期に223億66百万円あった連結経常利益は、2000年2月期に1億9百万円まで低下している。

内容

計画の芯は投資の絞り込みだった。単体の設備投資は年500億円以下とし、対象も投資から1、2年で黒字になる事業に限る方針を宇都宮浩太郎社長が示した。連結の投資も、前期の1,254億円から約1,000億円に減らす見通しだった。

人の面でも拡大の時代を閉じた。小林敏峯氏は1963年のニチイ設立時から副社長として実権を握り、1982年に社長に就任して約40の地方スーパーを合併してきた。小林敏峯氏はシネマコンプレックスやスポーツクラブなど生活文化の事業に熱心だったが、退任から2か月後の1999年12月10日に68歳で死去した。

含意

計画は2年で行き詰まった。2000年8月中間期のグループの有利子負債は1兆1,600億円と、計画の開始時より増加していた。2001年1月11日、宇都宮浩太郎社長は店舗の閉鎖と人員の削減を伴う新計画の責任をとって退任を表明した。

1月24日に策定した新中期三カ年経営計画は、2004年2月期の連結有利子負債の目標を7,500億円とし、約50店舗の閉鎖とグループ2,700名の削減を盛り込んだ。子会社12社の整理などで、2001年2月期の連結当期純損失の予想は1,050億円に拡大した。

いつ何が起きたか12件
考察:遅すぎた撤回と、残った負債
考察

考察:遅すぎた撤回と、残った負債

なぜ宇都宮浩太郎社長は、創業者を退かせてまで方針を変えたのか。マイカル小樽に600億円を投じた年に、連結の有利子負債は1兆円を超えていた。2000年2月期の連結経常利益は1億円で、利益から借入を返済する見通しは立たない。連結決算が重くなる時代に、子会社に抱えた投資は隠せなくなる。出店を続ければ負債は拡大し、止めれば過去の投資が損失として顕在化する。後者を選び、そのために拡大の旗を振った創業者を経営から外したのが、この決断の中身だったとみられる。

もっとも、計画が掲げた手段は穏当だった。閉鎖は不採算店に限り、設備投資は年500億円以下に抑えるとしても、投資を続ける前提は残っていた。2004年2月期に有利子負債を7,000億円にするには、1兆241億円から5年で3割以上を減らさねばならない。その原資を利益で生む力は、当時のマイカルにはなかった。創業者の退任で方針は変わったが、資産の売却や人員の削減に正面から手をつけるまでには、さらに2年を要している。

結果は失敗である。計画を始めた後も有利子負債は増加し、2000年8月中間期に1兆1,600億円となった。2001年1月には宇都宮浩太郎社長が退任を表明し、新計画は約50店舗の閉鎖と2,700名の削減に着手したが、目標は7,500億円へ緩められていた。そして同年9月、マイカルは民事再生法の適用を申請する。拡大をやめる判断は正しかったが、その時点で抱えていた負債を減らす手段を持たないまま、撤回が遅れたことが命取りになった。

Yutaka Sugiura, 2026年10月
数字で見る1表

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図と表

マイカル:マイカル連結の営業収益と経常利益の推移

連結営業収益(億円)連結経常利益率(%)

計画を策定した2000年2月期、連結営業収益は1兆8,558億円あったが、経常利益は1億円にとどまった

マイカル:マイカル連結の営業収益と経常利益の推移
(億円)連結営業収益連結経常利益連結当期純利益備考
1995年2月期14,86315△52公式サイトの業績の推移(94年度)を億円に丸めた値
1996年2月期16,89311110公式サイトの業績の推移(95年度)を億円に丸めた値
1997年2月期18,006224152公式サイトの業績の推移(96年度)を億円に丸めた値
1999年2月期−−△355株式評価損で最終赤字。当期純損失だけが記事で確かめられる
2000年2月期18,5581△59中期5ヶ年経営計画の初年度。修正のお知らせの前期実績を丸めた値
出所:マイカル 公式サイト「業績の推移」(1998年1月時点)(1995年2月期〜1997年2月期) / マイカル 業績予想及び期末配当予想の修正に関するお知らせ(2001年1月24日)(2000年2月期) / 日経ビジネス 1999年10月25日号「拡大路線が挫折、小林マイカル会長退任」p14(1999年2月期の当期純損失)
出所:マイカル 公式サイト「業績の推移」(1998年1月時点)(1995年2月期〜1997年2月期) / マイカル 業績予想及び期末配当予想の修正に関するお知らせ(2001年1月24日)(2000年2月期) / 日経ビジネス 1999年10月25日号「拡大路線が挫折、小林マイカル会長退任」p14(1999年2月期の当期純損失)
参考文献

参考文献

参考
  • マイカル 代表取締役の異動に関するお知らせ(2001年1月11日)
  • マイカル 新中期三カ年経営計画「チャレンジングマイカル改革プラン」について(2001年1月24日)
  • 日経ビジネス 1999年10月25日号 p14
  • マイカル 公式サイト「業績の推移」(1998年1月時点)
  • マイカル 業績予想及び期末配当予想の修正に関するお知らせ(2001年1月24日)
  • 日経ビジネス 1999年12月20日号 p15
  • 日経ビジネス 2001年1月22日号 p4-6
  • マイカル 業績予想及び期末配当予想の修正に関するお知らせ、子会社の整理・再編に関するお知らせ(2001年1月24日)
  • 日経ビジネス 1999年10月25日号(日経BP社)
  • 日経ビジネス 1989年7月17日号 p58-61
  • マイカル 子会社の整理・再編に関するお知らせ(2001年1月24日)
  • マイカル 子会社株式の譲渡に関するお知らせ(2001年4月19日)
  • 日経ビジネス 2001年10月8日号 p14-16
  • マイカル 公式サイト「業績の推移」(1998年1月時点)(1995年2月期〜1997年2月期)
  • マイカル 業績予想及び期末配当予想の修正に関するお知らせ(2001年1月24日)(2000年2月期)
  • 日経ビジネス 1999年10月25日号 p14(1999年2月期の当期純損失)
  • マイカル 適時開示「代表取締役の異動に関するお知らせ」
  • マイカル 適時開示「新中期三カ年経営計画「チャレンジングマイカル改革プラン」について」
  • マイカル 適時開示「業績予想及び期末配当予想の修正に関するお知らせ」
  • マイカル 適時開示「子会社の整理・再編に関するお知らせ」
  • マイカル 適時開示「子会社株式の譲渡に関するお知らせ」
  • マイカル 企業公式サイト「業績の推移」

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