第3章 年〜年

リクルートHD:ダイエー傘下での1.4兆円の負債返済とリクナビの開始

1992年〜江副浩正氏の保有株を引き受けたダイエーと、1.4兆円の有利子負債

1992年5月22日、創業者の江副浩正氏は保有するリクルート株をダイエーへ譲渡すると発表した。江副浩正氏の申し入れは発表のおよそ10日前で、売買額は約455億円、発行済み株式の33.9%にあたった。江副浩正氏が売却に踏み切ったのは、バブル崩壊でリクルートコスモスとファーストファイナンスの業績が悪化したためであった。グループが銀行の管理下に置かれることを恐れながら、刑事被告人の立場では支援体制をまとめられなかった。そこでグループの統括役を、中内㓛ダイエー会長兼社長に委ねた。中内㓛会長兼社長は後に、情報産業の将来性とリクルートの事業の重要性を出資の理由に挙げた。

  • Decide 1992年6月号(白尾芳輝)
    • [1]1992年5月22日 ホテルオークラで記者会見。中内功ダイエー会長兼社長・位田尚隆リクルート社長・江副浩正元会長が出席
  • 日経ビジネス 1992年7月27日号
    • [2]江副浩正氏の売却申し入れは発表の約10日前。株式売買額約455億円(約1000万株・発行済み株式の33.9%)
    • [3]コスモスとファーストファイナンスの業績悪化で銀行管理下への危機感。被告人の身でグループ支援体制をまとめられず、中内氏に統括役を委ねた
    • [4]コスモスとファーストファイナンスの業績悪化で銀行管理下への危機感。被告人の身でグループ支援体制をまとめられず、中内氏に統括役を委ねた
    • [5]コスモスとファーストファイナンスの業績悪化で銀行管理下への危機感。被告人の身でグループ支援体制をまとめられず、中内氏に統括役を委ねた
  • 日経ビジネス 1994年9月5日号
    • [6]中内功会長兼社長(談):情報産業の将来性、リクルートの事業の重要性が出資を決断した理由

ダイエーの傘下に入った後も、リクルートの経営は位田尚隆社長が握り続けた。ダイエーは常務だった高木邦夫氏を含む6人の役員をグループへ派遣したが、位田尚隆社長は運営と人事の責任は自分が持つと繰り返した。1994年には中内㓛会長兼社長自身が、経営は位田尚隆社長に任せ、資金面の支援は一切していないと説明した。そのうえで課したのは、『江副さんの時の借金は10年くらいで返してくれ』という返済の期限であった。人材が資産の出版業に介入すれば人材が流出するという見方は、株式取得の直後から出ていた。中内㓛会長兼社長もその危うさを見て、経営への関与を控えたのだろう。

  • 日経ビジネス 1992年7月27日号
    • [7]ダイエーは高木邦夫氏ら総勢6人の役員をグループに派遣。位田社長は「グループの運営や人事の責任は僕が持つ」と繰り返した
    • [8]ダイエーは高木邦夫氏ら総勢6人の役員をグループに派遣。位田社長は「グループの運営や人事の責任は僕が持つ」と繰り返した
    • [11]人材が資産の出版業のリクルートはダイエーが介入すれば人材が流出する恐れがあるとの見方
  • 日経ビジネス 1994年9月5日号
    • [9]中内会長(談):リクルートの経営は位田社長に任せている、資金面での支援は一切していない、借金は10年くらいで返してくれ
    • [10]中内会長(談):リクルートの経営は位田社長に任せている、資金面での支援は一切していない、借金は10年くらいで返してくれ

1994年3月末、リクルート本体の長短借入金は1兆4050億5100万円に膨らんでいた。前年にリクルートコスモスとファーストファイナンスの負債のほとんどを本体へ移したためで、金利だけで年に約700億円を払っていた。返済の原資となる就職情報誌などの売上高は、1991年3月期の2026億7000万円から1994年3月期の947億9000万円へ減っていた。位田尚隆社長は、不動産などに向けていた経営資源を情報分野へ戻し、生活者向けの情報に集中すると説明した。1993年には、社員提案制度から生まれた結婚情報誌ゼクシィを創刊した。スーパーコンピュータの賃貸などの情報事業からは撤退し、1993年3月期にリクルートUSAの清算で200億円超の特別損失を計上した。

  • 日経ビジネス 1994年9月5日号
    • [12]前年にコスモス・ファーストファイナンスの負債の大半を本体へ移し、長短借入金は93年3月末8731億4500万円→94年3月末1兆4050億5100万円。本体の金利負担は年約700億円
    • [13]前年にコスモス・ファーストファイナンスの負債の大半を本体へ移し、長短借入金は93年3月末8731億4500万円→94年3月末1兆4050億5100万円。本体の金利負担は年約700億円
    • [14]就職情報誌などの売上高は91年3月期2026億7000万円→94年3月期947億9000万円。情報事業から完全撤退し93年3月期にリクルートUSA清算で200億円超の特別損失
    • [15]位田尚隆社長(談):不動産などのインフラビジネスに向かっていたエネルギーを情報分野に向け直す、リクルートらしい分野に集中
    • [17]就職情報誌などの売上高は91年3月期2026億7000万円→94年3月期947億9000万円。情報事業から完全撤退し93年3月期にリクルートUSA清算で200億円超の特別損失
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(第65期・2025年3月期)【沿革】
    • [16]1993年 新規事業提案制度「Ring」から生まれた結婚情報誌ゼクシィを創刊
参考文献[1]-[17]
  • Decide 1992年6月号(白尾芳輝)
    • [1]1992年5月22日 ホテルオークラで記者会見。中内功ダイエー会長兼社長・位田尚隆リクルート社長・江副浩正元会長が出席
  • 日経ビジネス 1992年7月27日号
    • [2]江副浩正氏の売却申し入れは発表の約10日前。株式売買額約455億円(約1000万株・発行済み株式の33.9%)
    • [3]コスモスとファーストファイナンスの業績悪化で銀行管理下への危機感。被告人の身でグループ支援体制をまとめられず、中内氏に統括役を委ねた
    • [4]コスモスとファーストファイナンスの業績悪化で銀行管理下への危機感。被告人の身でグループ支援体制をまとめられず、中内氏に統括役を委ねた
    • [5]コスモスとファーストファイナンスの業績悪化で銀行管理下への危機感。被告人の身でグループ支援体制をまとめられず、中内氏に統括役を委ねた
    • [7]ダイエーは高木邦夫氏ら総勢6人の役員をグループに派遣。位田社長は「グループの運営や人事の責任は僕が持つ」と繰り返した
    • [8]ダイエーは高木邦夫氏ら総勢6人の役員をグループに派遣。位田社長は「グループの運営や人事の責任は僕が持つ」と繰り返した
    • [11]人材が資産の出版業のリクルートはダイエーが介入すれば人材が流出する恐れがあるとの見方
  • 日経ビジネス 1994年9月5日号
    • [6]中内功会長兼社長(談):情報産業の将来性、リクルートの事業の重要性が出資を決断した理由
    • [9]中内会長(談):リクルートの経営は位田社長に任せている、資金面での支援は一切していない、借金は10年くらいで返してくれ
    • [10]中内会長(談):リクルートの経営は位田社長に任せている、資金面での支援は一切していない、借金は10年くらいで返してくれ
    • [12]前年にコスモス・ファーストファイナンスの負債の大半を本体へ移し、長短借入金は93年3月末8731億4500万円→94年3月末1兆4050億5100万円。本体の金利負担は年約700億円
    • [13]前年にコスモス・ファーストファイナンスの負債の大半を本体へ移し、長短借入金は93年3月末8731億4500万円→94年3月末1兆4050億5100万円。本体の金利負担は年約700億円
    • [14]就職情報誌などの売上高は91年3月期2026億7000万円→94年3月期947億9000万円。情報事業から完全撤退し93年3月期にリクルートUSA清算で200億円超の特別損失
    • [15]位田尚隆社長(談):不動産などのインフラビジネスに向かっていたエネルギーを情報分野に向け直す、リクルートらしい分野に集中
    • [17]就職情報誌などの売上高は91年3月期2026億7000万円→94年3月期947億9000万円。情報事業から完全撤退し93年3月期にリクルートUSA清算で200億円超の特別損失
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(第65期・2025年3月期)【沿革】
    • [16]1993年 新規事業提案制度「Ring」から生まれた結婚情報誌ゼクシィを創刊

1996年〜リクナビ・OPT制度と、河野栄子社長が決着させたダイエー保有株の買い戻し

リクルートは1996年、RB on the NET(現リクナビ)などの就職情報サイトを開設した。ただし1998年までは、本業の雑誌の収益を損なうことを恐れ、ネットの情報は雑誌を補う位置づけにとどめた。転機は1998年後半で、印刷費と配送費のかからない新興企業が、安い広告料で住宅や就職の情報を出し始めた。リクルートは1999年1月に雑誌名を外した統一ブランドISIZEを始め、1日のページビューは1000万を超えた。高橋理人ISIZE局長は、『ネット事業を将来的に自社のビジネスの柱にする』という意思を社内外に示した。広告主を新興サイトに奪われる前に、自社の雑誌と競合するネット事業へ経営資源を移したと考えられる。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(第65期・2025年3月期)【沿革】
    • [18]1996年 RB on the NET(現リクナビ)、Digital B-ing(現リクナビNEXT)等のオンライン就職情報サイトを開始
  • 日経ビジネス 1999年10月11日号
    • [19]1998年までネットは雑誌の補完。本業への悪影響を懸念。1998年半ば過ぎから安価な広告料の新興企業が出現。高橋理人ISIZE局長「ネット事業を将来的に自社のビジネスの柱にする」
    • [20]1998年までネットは雑誌の補完。本業への悪影響を懸念。1998年半ば過ぎから安価な広告料の新興企業が出現。高橋理人ISIZE局長「ネット事業を将来的に自社のビジネスの柱にする」
    • [22]1998年までネットは雑誌の補完。本業への悪影響を懸念。1998年半ば過ぎから安価な広告料の新興企業が出現。高橋理人ISIZE局長「ネット事業を将来的に自社のビジネスの柱にする」
  • 日経ビジネス 1999年9月13日号
    • [21]1999年1月 統一ブランドISIZEを開始、1日1000万ページビュー超でヤフーに次ぐ人気サイトに

1997年6月、河野栄子副社長が3代目の社長に就任した。就任にあたり河野栄子社長は、これまでは売却できる不動産があったとしたうえで、『これからは全部営業利益で借金を返していかないといけない』と語った。同じ1997年、30歳以上の社員が退職するときに退職金へ1000万円を上乗せするOPT制度を導入した。関一郎取締役は、定年まで残るつもりのない人材を採用した以上、別の選択肢を与える責任があると説明した。2000年3月末までに440人がこの制度で退職し、一時は五千数百人いた社員は約3000人になった。借入金を営業利益だけで返す局面で、人件費の膨張を抑える仕組みとしても働いたと思われる。

  • 日経ビジネス 1997年7月14日号
    • [23]1997年6月 河野栄子副社長が3代目社長に就任。「これからは全部営業利益で借金を返していかないといけない」
    • [24]1997年6月 河野栄子副社長が3代目社長に就任。「これからは全部営業利益で借金を返していかないといけない」
  • 日経ビジネス 2000年8月28日号
    • [25]OPT制度:満30歳以上の社員の退職時に退職金に加え1000万円を支給。1997年導入、2000年3月末までに440人が利用して退職。関一郎取締役「選択肢を与える責任がある」
    • [26]OPT制度:満30歳以上の社員の退職時に退職金に加え1000万円を支給。1997年導入、2000年3月末までに440人が利用して退職。関一郎取締役「選択肢を与える責任がある」
    • [27]OPT制度:満30歳以上の社員の退職時に退職金に加え1000万円を支給。1997年導入、2000年3月末までに440人が利用して退職。関一郎取締役「選択肢を与える責任がある」
    • [28]河野栄子社長:社員はある時期の五千数百人から約3000人に

2000年1月、リクルートはダイエーグループが持つ自社株35.2%のうち25.2%を、1株6600円、約1000億円で買い戻した。発端は1999年8月31日で、ダイエーの鳥羽董社長が負債削減のためリクルート株を2000年2月期中に売却すると表明した。河野栄子社長は保有の継続を求めたが、株式公開へ向けた負債圧縮の継続を条件として、売却に応じた。東芝・角川書店・住友商事の3社連合やCSKが名乗りを上げると、リクルートは同意のない第三者譲渡を禁じる条項を盾に反発した。1999年12月には、日本興業銀行・さくら銀行・三和銀行の主要取引行が買い戻し資金の援助に合意した。買い戻しの意味を、柏木斉取締役は『これまでは利益をすべて負債圧縮に充ててきたが、“負の遺産”の処理だけでは企業として成長できない』と語った。

  • 日経ビジネス 2000年1月31日号
    • [29]2000年1月 ダイエーグループ保有35.2%のうち25.2%を約1000億円(1株6600円)で買い戻し決着。柏木斉取締役「これまでは利益をすべて負債圧縮に充ててきたが…」
    • [34]2000年1月 ダイエーグループ保有35.2%のうち25.2%を約1000億円(1株6600円)で買い戻し決着。柏木斉取締役「これまでは利益をすべて負債圧縮に充ててきたが…」
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [30]1999年8月31日 鳥羽董ダイエー社長がリクルート株を2000年2月期中に売却と表明。河野社長は保有継続を要請の後、負債圧縮を続けられることを条件に同意
    • [31]1999年8月31日 鳥羽董ダイエー社長がリクルート株を2000年2月期中に売却と表明。河野社長は保有継続を要請の後、負債圧縮を続けられることを条件に同意
  • 日経ビジネス 1999年12月13日号
    • [32]3社連合・CSKなどが名乗り、リクルートは譲渡制限条項を盾に反発。興銀・さくら・三和の主要取引行が買い戻し資金の援助で合意
    • [33]3社連合・CSKなどが名乗り、リクルートは譲渡制限条項を盾に反発。興銀・さくら・三和の主要取引行が買い戻し資金の援助で合意
参考文献[18]-[34]
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(第65期・2025年3月期)【沿革】
    • [18]1996年 RB on the NET(現リクナビ)、Digital B-ing(現リクナビNEXT)等のオンライン就職情報サイトを開始
  • 日経ビジネス 1999年10月11日号
    • [19]1998年までネットは雑誌の補完。本業への悪影響を懸念。1998年半ば過ぎから安価な広告料の新興企業が出現。高橋理人ISIZE局長「ネット事業を将来的に自社のビジネスの柱にする」
    • [20]1998年までネットは雑誌の補完。本業への悪影響を懸念。1998年半ば過ぎから安価な広告料の新興企業が出現。高橋理人ISIZE局長「ネット事業を将来的に自社のビジネスの柱にする」
    • [22]1998年までネットは雑誌の補完。本業への悪影響を懸念。1998年半ば過ぎから安価な広告料の新興企業が出現。高橋理人ISIZE局長「ネット事業を将来的に自社のビジネスの柱にする」
  • 日経ビジネス 1999年9月13日号
    • [21]1999年1月 統一ブランドISIZEを開始、1日1000万ページビュー超でヤフーに次ぐ人気サイトに
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号
    • [23]1997年6月 河野栄子副社長が3代目社長に就任。「これからは全部営業利益で借金を返していかないといけない」
    • [24]1997年6月 河野栄子副社長が3代目社長に就任。「これからは全部営業利益で借金を返していかないといけない」
  • 日経ビジネス 2000年8月28日号
    • [25]OPT制度:満30歳以上の社員の退職時に退職金に加え1000万円を支給。1997年導入、2000年3月末までに440人が利用して退職。関一郎取締役「選択肢を与える責任がある」
    • [26]OPT制度:満30歳以上の社員の退職時に退職金に加え1000万円を支給。1997年導入、2000年3月末までに440人が利用して退職。関一郎取締役「選択肢を与える責任がある」
    • [27]OPT制度:満30歳以上の社員の退職時に退職金に加え1000万円を支給。1997年導入、2000年3月末までに440人が利用して退職。関一郎取締役「選択肢を与える責任がある」
    • [28]河野栄子社長:社員はある時期の五千数百人から約3000人に
  • 日経ビジネス 2000年1月31日号
    • [29]2000年1月 ダイエーグループ保有35.2%のうち25.2%を約1000億円(1株6600円)で買い戻し決着。柏木斉取締役「これまでは利益をすべて負債圧縮に充ててきたが…」
    • [34]2000年1月 ダイエーグループ保有35.2%のうち25.2%を約1000億円(1株6600円)で買い戻し決着。柏木斉取締役「これまでは利益をすべて負債圧縮に充ててきたが…」
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [30]1999年8月31日 鳥羽董ダイエー社長がリクルート株を2000年2月期中に売却と表明。河野社長は保有継続を要請の後、負債圧縮を続けられることを条件に同意
    • [31]1999年8月31日 鳥羽董ダイエー社長がリクルート株を2000年2月期中に売却と表明。河野社長は保有継続を要請の後、負債圧縮を続けられることを条件に同意
  • 日経ビジネス 1999年12月13日号
    • [32]3社連合・CSKなどが名乗り、リクルートは譲渡制限条項を盾に反発。興銀・さくら・三和の主要取引行が買い戻し資金の援助で合意
    • [33]3社連合・CSKなどが名乗り、リクルートは譲渡制限条項を盾に反発。興銀・さくら・三和の主要取引行が買い戻し資金の援助で合意

2000年〜ホットペッパーで始めた狭域ビジネスと、柏木斉社長のもとでのリクナビ競争

リクルートは2000年にホットペッパーを創刊し、人生の節目の情報からグルメなど日常消費の情報へ事業を多角化した。無料のクーポン誌の役割は、客を集めたい飲食店と店を探す読者を結び、地域の消費を促すことにあった。店選びでは何を食べるかより『どこで食べるか。現実的に出かけられるか』が決め手になるとして、リクルートはこの考え方を狭域と呼んだ。2004年12月時点で全国49エリア538万部を発行し、飲食店の取引件数は2万3024件に上った。2005年3月期には狭域ビジネスディビジョンカンパニーの営業収益が676億62百万円となり、前期比29.7%増えた。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(第65期・2025年3月期)【沿革】
    • [35]2000年 ホットペッパーを創刊。ライフイベントから日常消費関連の情報を扱うメディアへ事業展開を拡大
  • リクルート ニュースリリース(2004年12月20日)ホットペッパーのインターネットサービス開始
    • [36]ホットペッパーの役割は集客したい飲食店と店を探す読者のマッチングと地域消費の活性化。「どこで食べるか。現実的に出かけられるか」=狭域という考え方
    • [37]ホットペッパーの役割は集客したい飲食店と店を探す読者のマッチングと地域消費の活性化。「どこで食べるか。現実的に出かけられるか」=狭域という考え方
    • [38]2004年12月1日現在 全国49エリア538万部発行、全国49版合計の飲食取引件数2万3024件
  • リクルート 決算報告 第45期(2005年3月期)
    • [39]狭域ビジネスディビジョンカンパニー 営業収益676億62百万円(対前期比29.7%増)、ホットペッパーは当期末全国49版

2003年6月、柏木斉常務執行役員が代表取締役社長兼COOに就任し、河野栄子社長はCEOとして残った。ネット求人では、リクルートは2002年10月にヤフーと包括提携し、2003年12月にはネット求人事業の統合を発表した。ヤフーへの情報提供を断たれた残る求人会社9社は、2004年4月にほぼそろって楽天の提携相手となった。このときリクルートは、ネット転職市場の7割程度を占めていた。2005年3月期にはユーザーとの接点拡大を目的に各領域のネット商品を刷新し、社員求人のネット商品は営業収益を拡大した。最大のポータルと独占的に組んで求職者の入り口を押さえ、ネット求人での競争優位を固めようとしたと推察される。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
    • [40]2003年6月 柏木斉が代表取締役社長兼COOに就任、河野栄子はCEO
  • 日経ビジネス 2004年4月5日号
    • [41]2002年10月ヤフーとリクルートが包括提携、2003年12月ネット求人事業の統合を発表。ヤフーとの提携が切れた9社がほぼ揃って楽天の提携相手に。リクルートはネット転職市場の7割程度
    • [42]2002年10月ヤフーとリクルートが包括提携、2003年12月ネット求人事業の統合を発表。ヤフーとの提携が切れた9社がほぼ揃って楽天の提携相手に。リクルートはネット転職市場の7割程度
    • [43]2002年10月ヤフーとリクルートが包括提携、2003年12月ネット求人事業の統合を発表。ヤフーとの提携が切れた9社がほぼ揃って楽天の提携相手に。リクルートはネット転職市場の7割程度
  • リクルート 決算報告 第45期(2005年3月期)
    • [44]ユーザーとの接点拡大や行動促進を目的にインターネット商品を各領域でリニューアル。社員求人分野でインターネット商品の営業収益が拡大

2005年3月末、リクルートの金融機関借入金残高は2,072億円となり、前期末から29.3%減った。1994年3月末の長短借入金1兆4050億5100万円と比べると、およそ7分の1の水準であった。1999年3月末の時点でも、有利子負債はなお8357億円残っていた。一方でファーストファイナンスへの支援は続き、2005年3月期にも1,090億円の関係会社支援損を計上した。このため営業利益1,239億13百万円に対し、当期利益は21億98百万円にとどまった。中内㓛会長兼社長が1994年に求めた10年の期限にほぼ沿って借入金は減り、次の成長投資に向かえる財務が整ったとみられる。

  • リクルート 決算報告 第45期(2005年3月期)
    • [45]45期末の金融機関借入金残高2,072億円(対前期比29.3%減)。ファーストファイナンスへの支援を継続し1,090億円の関係会社支援損を計上
    • [48]45期末の金融機関借入金残高2,072億円(対前期比29.3%減)。ファーストファイナンスへの支援を継続し1,090億円の関係会社支援損を計上
    • [49]第45期 営業利益1,239億13百万円、当期利益21億98百万円
  • 日経ビジネス 1994年9月5日号
    • [46]リクルートの長短借入金は94年3月末1兆4050億5100万円
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [47]リクルートは子会社の不動産とノンバンク事業で8357億円(1999年3月期)の有利子負債
参考文献[35]-[49]
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(第65期・2025年3月期)【沿革】
    • [35]2000年 ホットペッパーを創刊。ライフイベントから日常消費関連の情報を扱うメディアへ事業展開を拡大
  • リクルート ニュースリリース(2004年12月20日)ホットペッパーのインターネットサービス開始
    • [36]ホットペッパーの役割は集客したい飲食店と店を探す読者のマッチングと地域消費の活性化。「どこで食べるか。現実的に出かけられるか」=狭域という考え方
    • [37]ホットペッパーの役割は集客したい飲食店と店を探す読者のマッチングと地域消費の活性化。「どこで食べるか。現実的に出かけられるか」=狭域という考え方
    • [38]2004年12月1日現在 全国49エリア538万部発行、全国49版合計の飲食取引件数2万3024件
  • リクルート 決算報告 第45期(2005年3月期)
    • [39]狭域ビジネスディビジョンカンパニー 営業収益676億62百万円(対前期比29.7%増)、ホットペッパーは当期末全国49版
    • [44]ユーザーとの接点拡大や行動促進を目的にインターネット商品を各領域でリニューアル。社員求人分野でインターネット商品の営業収益が拡大
    • [45]45期末の金融機関借入金残高2,072億円(対前期比29.3%減)。ファーストファイナンスへの支援を継続し1,090億円の関係会社支援損を計上
    • [48]45期末の金融機関借入金残高2,072億円(対前期比29.3%減)。ファーストファイナンスへの支援を継続し1,090億円の関係会社支援損を計上
    • [49]第45期 営業利益1,239億13百万円、当期利益21億98百万円
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
    • [40]2003年6月 柏木斉が代表取締役社長兼COOに就任、河野栄子はCEO
  • 日経ビジネス 2004年4月5日号
    • [41]2002年10月ヤフーとリクルートが包括提携、2003年12月ネット求人事業の統合を発表。ヤフーとの提携が切れた9社がほぼ揃って楽天の提携相手に。リクルートはネット転職市場の7割程度
    • [42]2002年10月ヤフーとリクルートが包括提携、2003年12月ネット求人事業の統合を発表。ヤフーとの提携が切れた9社がほぼ揃って楽天の提携相手に。リクルートはネット転職市場の7割程度
    • [43]2002年10月ヤフーとリクルートが包括提携、2003年12月ネット求人事業の統合を発表。ヤフーとの提携が切れた9社がほぼ揃って楽天の提携相手に。リクルートはネット転職市場の7割程度
  • 日経ビジネス 1994年9月5日号
    • [46]リクルートの長短借入金は94年3月末1兆4050億5100万円
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [47]リクルートは子会社の不動産とノンバンク事業で8357億円(1999年3月期)の有利子負債

1992年〜2006年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率 億円
1992年03月期 単体 3,100 n/a n/a n/a n/a n/a
1993年03月期 単体 3,039 ▲2.0% n/a n/a 31 n/a
1994年03月期 単体 2,648 ▲12.9% n/a n/a 20 n/a
1995年03月期 単体 2,700 +2.0% n/a n/a n/a n/a
1996年03月期 単体 3,000 +11.1% n/a n/a n/a n/a
1997年03月期 単体 3,300 +10.0% n/a n/a n/a n/a
1998年03月期 単体 3,400 +3.0% n/a n/a n/a n/a
1999年03月期 単体 2,889 ▲15.0% 718 24.9% n/a n/a
2000年03月期 単体 2,808 ▲2.8% 845 30.1% n/a n/a
2001年03月期 単体 3,265 +16.3% 1,012 31.0% n/a n/a
2002年03月期 単体 3,221 ▲1.3% 976 30.3% n/a n/a
2003年03月期 単体 3,081 ▲4.3% 955 31.0% n/a n/a
2004年03月期 単体 3,622 +17.6% 1,114 30.8% n/a n/a
2005年03月期 単体 4,078 +12.6% 1,223 30.0% n/a n/a
2006年03月期 単体 4,436 +8.8% 1,302 29.4% n/a n/a

出所:1994/9/5日経ビジネス、2000/8/28日経ビジネス、リクルート決算報告

出典・参考

15件
出典・参考
  • リクルート ニュースリリース(2004年12月20日)ホットペッパーのインターネットサービス開始
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(第65期・2025年3月期)【沿革】
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【役員の状況】
  • Decide 1992年6月号(白尾芳輝)
  • 日経ビジネス 1992年7月27日号
  • 日経ビジネス 1994年9月5日号
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号
  • 日経ビジネス 1999年10月11日号
  • 日経ビジネス 1999年9月13日号
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
  • 日経ビジネス 1999年12月13日号
  • 日経ビジネス 2000年8月28日号
  • 日経ビジネス 2000年1月31日号
  • 日経ビジネス 2004年4月5日号
  • リクルート 決算報告 第45期(2005年3月期)

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