アルプス技研の歴史
沿革
1968年に開業した松井設計事務所が起源。
1986年に技術研修センターを開設して技術者を自前で養成し、製造業の設計開発の現場へ送り出してきた。技術者派遣を主力とする企業で、農業・介護にも事業を拡大している。
創業期
1968年〜松井設計事務所の開業とアルプス技研の設立
- 松井設計事務所を開業[1]
- アルプス技研を設立[1]
- 第2次5ヵ年計画「優良取引先の拡大と内部資本の充実」を開始[1]
- 第3次5ヵ年計画「組織化の推進と技術レベルのアップ」を開始[1]
- 神奈川県相模原市共和に本店を移転[1]
- 株式会社アルプス技研に組織変更[1]
- 第4次5ヵ年計画「国際化への対応と人材開発」を開始[1]
- 福島県郡山市に東北事業所を開設[1]
- 長野県塩尻市に信州事業所を開設[1]
- 相模原市西橋本に社屋を建設し本店を移転[1]
売上高
- 売上高
アルプス技研売上高—
成長期
1986年〜技術研修センターの設立と蓼科テクノパークの開設
- 埼玉県深谷市に北関東事業所を開設[1]
- 技術研修センターを設立[1]
- アルプスビジネスサービスを設立[1]
- 第5次5ヵ年計画「組織再構築・独自技術の確立」を開始[1]
- 蓼科テクノパークを開設[1]
- 自社開発製品「メル・アート21」及び精密機械の設計製作を開始[1]
- 独立採算制を目指し東北事業部以下6事業部の事業部制に移行[1]
- 第6次5ヵ年計画「新たな企業求心力を探る」を開始[1]
- 日本証券業協会に店頭登録[1]
- 事業部を分離・新設して8事業部体制に移行[1]
- 第7次5ヵ年計画「事業領域とコアコンピタンスの再構築」を開始[1]
- 長野県塩尻市に中部事業部の新社屋を竣工[1]
- ALTECH SHINE CO.,LTD.を設立[2]
- 宇都宮工場を新設[1]
売上高
- 売上高
アルプス技研売上高—
安定成長期
2000年〜東証二部上場と市場第一部への指定替え
- 蓼科テクノパーク第二工場が竣工[1]
- 東京証券取引所市場第二部に上場[1]
- 新社屋ビルと総合研修センターが完成[1]
- 確定拠出年金を導入[1]
- 事業部制から全国4ブロックの事業本部制に移行[1]
- 第8次5ヵ年計画「新たな企業価値を創造する」を開始[1]
- 中国青島科技大学と技術提携し「機械設計教育プログラム」を開講[1]
- 東京証券取引所市場第一部に指定替え[1]
- 事業本部制から事業推進部門と管理部門の体制に移行[1]
- 本社など4拠点でISO14001の認証を取得[1]
- 中国石油大学と技術提携し国際エンジニア教育センターを設立[1]
- 第1回無担保転換社債型新株予約権付社債20億円を発行[1]
- 日本エンジニアリングアウトソーシング協会の設立に参加[1]
- 中国・青島市に子会社阿爾卑斯科技(青島)有限公司を設立[1]
- ALPS青島教育開発センターを開校[1]
- 三河営業所を開設[1]
- 第9次5ヵ年計画「リーディングカンパニーへの飛躍」を開始[1]
- 中国上海市に阿邇貝司機電技術(上海)有限公司を設立[1]
- 本店を横浜市西区みなとみらいに移転[1]
- 東京都千代田区にアルプスキャリアデザイニングを設立[1]
- 第10次5ヵ年計画「イノベーションによる企業規模の拡大」を開始[1]
- 子会社アルプスの杜の株式を譲渡し連結対象から除外[1]
安定成長期
2016年〜パナR&Dの完全子会社化と介護事業への多角化
- パナR&Dを完全子会社化[2]
- アルプスビジネスサービスがアルプスキャリアデザイニングを吸収合併[1]
- TVCM・ラジオCMの放送を開始[1]
- アグリ&ケアを設立[2]
- 第11次5ヵ年計画「新産業革命時代に向けた経営資源の再投資」を開始[1]
- アルプス技研第2ビルが竣工[1]
- DONKEYを関連会社化[1]
- デジタル・スパイスを完全子会社化[1]
- ALPSGIKEN MYANMAR CO.,LTD.を設立[2]
- アルプスケアハートを設立[1]
- DONKEYを連結子会社化[1]
- プライム市場に移行[1]
- パナR&Dの受託部門をデジタル・スパイスに承継させる吸収分割を実施[1]
- 第12次5ヵ年計画「技術を活用し共創社会のパートナーへ挑戦」を開始[1]
- たんぽぽ四季の森を完全子会社化[1]
- アルプスケアハートがたんぽぽ四季の森を吸収合併[1]
- 須藤泰志氏が社長に就任[3]
- アルプスリージョナルパートナーズを設立[1]