決断
社員が増加して技術者の応対や常識の不足が顕在化したとき、技術教育だけでなく人を育てる研修に手を付けた会社である。1980年ごろ、アルプス技研では技術者の意思疎通の力や社会常識の不足から問題が目立ち始め、松井利夫氏は対策を教育に求めた。後年には、技術力と人材しか経営資源のない会社にとって教育は生命線だと振り返っている。研修の軸には、人の成長も会社の成長も人と人との関係に根ざすとする創業以来の理念「Heart to Heart」を据えた。1981年3月に資本金10,000千円の株式会社へ組織を変え、1985年7月には相模原市西橋本に社屋を建てて本店を移し、翌1986年4月に技術研修部門を子会社として独立させた。