マーリース社からのディーゼル製造権取得(1918年・新潟鐵工所の決断)

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論点ディーゼル機関を自社開発するか技術を買うか
新潟鐵工所:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
自社開発ではなく英国メーカーからの製造権の買取りと、蒲田の専門工場の建設1918年1月、新潟鐵工所は英国のマーリース・ビッカートン・エンド・デイ社と、ディーゼル機関の製造権と特許権を買い取る契約を締結した。交渉は三井物産の本店とロンドン支店を窓口に進め、ロンドン駐在の海軍機関大佐らの助力も得た。

何をなぜ決めたか:自社開発ではなく英国メーカーからの製造権の買取りと、蒲田の専門工場の建設

概要

1918年1月、新潟鐵工所は英国のマーリース・ビッカートン・エンド・デイ社と、ディーゼル機関の製造権と特許権を買い取る契約を締結した。交渉は三井物産の本店とロンドン支店を窓口に進め、ロンドン駐在の海軍機関大佐らの助力も得た。

契約を締結すると、技術者の松浦春吉氏が職長2名を伴って渡英し、マーリース社の工場で担当の分野ごとに製造の実際を調べた。同じ1918年の2月から秋にかけて、東京府荏原郡蒲田村に専門工場の用地を2万余坪買い入れている。

背景

ディーゼル機関への関心は古い。笹村吉郎氏は1900年、欧米の視察中にパリ博覧会でディーゼル機関を見て、研究の志を抱いた。会社が製作を決めたのは1916年で、石油発動機を手がけた経験から、先進国の製造権を買って設計と製作を学ぶのが近道とみた。

決め手は技術者の加藤重男氏の建言書だった。農商務省の海外練習生として米国で内燃機関を学んだ加藤重男氏は、便箋50枚の建言書をまとめ、ディーゼル機関の製作の開始を求めた。建言書は『この機を逸すればふたたび立つことができないであろう』と結ばれている。

内容

相手は初めからマーリース社と決まっていたわけではない。加藤重男氏が提携先として最適とみたのはスウェーデンのA・Bディーゼル社で、会社もまず同社と交渉したが、先方が新しい条件を次々に持ち出し、1年近くを費やして断念した。マーリース社は陸用の専門メーカーで、舶用も望む新潟鐵工所には物足りなさがあった。

それでも同社は、加藤重男氏の視察時に示した条件をそのまま認めたため、交渉は早く進んだ。舶用は自社で補うことにし、輸入済みのA・Bディーゼル社の50馬力舶用機関を手本に、1918年春から自社設計の舶用100馬力機関に取りかかった。

含意

製品は2年ほどで出た。試作第1号機M4Z型の試運転は1919年5月である。1920年4月には舶用100馬力機関を静岡県の漁船「第二太洋丸」と「海運丸」に据え付け、同年6月には陸用第1号機のマーリース形300馬力を東京工場で公開運転し、京都・山科の日本絹布へ納めた。国内で製作した産業用ディーゼル機関の第1号である。

その後も製造権の買取りで品ぞろえを広げた。1924年7月には大形向けにスウェーデンのノベル社から2サイクル機関の製造権を得た。1929年4月には神戸の阪神鉄工所に製造販売のライセンスを与え、技術の導入元から供与元に転じた。

いつ何が起きたか12件
考察:時間を買い、足りない半分は自前で補う
考察

考察:時間を買い、足りない半分は自前で補う

なぜ自社開発ではなく製造権の買取りだったのか。製作には技術上の経験が欠かせず、国内では各所に製作者が現れようとしていた。一から設計すれば何年かかるか読めない。製造権を買えば、図面と工場の実地を短期間で獲得できる。一から設計する場合と比べ、試作の失敗にかける年数を省ける。新潟鐵工所が買ったのは技術そのものより、立ち上がりまでの時間だったと思われる。石油発動機で得た製造の経験があったからこそ、買った図面を短期間で製品に変えられると見込めたのだろう。

もっとも、相手選びは妥協を含んでいた。加藤重男氏が最適とみたのは舶用も持つA・Bディーゼル社で、マーリース社は陸用の専門だった。交渉が1年近く空回りしたことで、会社は条件の通りやすい相手へ乗り換えた。その代わり舶用は自力で設計するしかなく、A・Bディーゼル社の50馬力機関を手本に舶用100馬力を仕上げた。陸用は買った技術、舶用は自前という二本立ては、この妥協から生まれたものだろう。

この決断は成功だったと言ってよい。契約から2年で陸用・舶用の双方を実用に載せ、1920年には国内初の産業用ディーゼル機関を納めた。1924年には大形向けにノベル社の製造権を加え、1929年には阪神鉄工所へライセンスを供与するまでになった。製造権の買取りで得た時間を自社設計の力に変えたことが、ディーゼル機関を会社の主力に育てる起点になった。内燃機関はその後も長く会社の中核事業であり続けた。

Yutaka Sugiura, 2026年10月
参考文献

参考文献

参考
  • 新潟鉄工所七十年史(新潟鉄工所社史編纂委員会、1968年)第二章第三節「ディーゼル機関の製造開始」
  • 新潟鉄工所七十年史(新潟鉄工所社史編纂委員会、1968年)第二章「株式会社新潟鉄工所創立と発展」
  • 新潟鉄工所七十年史(新潟鉄工所社史編纂委員会、1968年)第二章
  • 新潟鉄工所100年史(新潟鉄工所、1996年)年表
  • 新潟鉄工所七十年史(新潟鉄工所社史編纂委員会、1968年)第二章(加藤重男の建言書『ディーゼル機関製作企業について』)
  • 新潟鐵工所 社史「新潟鉄工所七十年史(1968年)第二章「株式会社新潟鉄工所創立と発展」」
  • 新潟鐵工所 社史「新潟鉄工所100年史(1996年)年表」

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