三井化学:三井化学の発足とプライムポリマー設立による誘導品の再編
1997年〜三井石化と三井東圧の対等合併と、住友化学との経営統合の発表
1997年10月、三井石油化学工業は三井東圧化学と合併し、商号を三井化学に改めた。規模を求めた合併だったが、1999年3月期の連結売上高は8559億円で、1兆円を超える三菱化学や旭化成工業に届かなかった。会社は発足後の3年間を合併効果の実現に充てた期間と位置づけ、1998年度の経常利益を439億円と示した。2000年度には、売上高9500億円・経常利益500億円まで伸ばす見通しを立てた。描いたのは、石油化学・基礎化学と機能性材料を2本の柱とし、製品と技術の相乗効果を追う総合化学の形だった。二つの三井系が統合したのは工場や販路にとどまらず、単独では過当競争から抜け出せない汎用品の塊だったとみられる。
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [1]1997年10月 三井東圧化学と合併し、商号を三井化学に変更した
- 日経ビジネス 1999年8月16日号
- [2]三井化学の1999年3月期の連結売上高は8559億円で、連結売上高1兆円超の三菱化学・旭化成工業に規模で見劣りした。規模のメリットを求めて合併した
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- [3]1997年の三井化学誕生後、1998〜2000年は合併効果の実現に全力を挙げた期間とされ、1998年度は売上高8559億円・経常利益439億円
- [4]成長ストーリーの図で、2000年度は売上高9500億円・経常利益500億円とした
- [5]目指す総合化学として、石油化学・基礎化学と機能性材料の2本の柱で製品・市場・技術のシナジーを追求するとした
1999年6月、合併準備を率いた副社長の中西宏幸氏が社長に就任した。中西宏幸氏は三井石化の予算管理で設備維持費を140億円から70億円へ半減させた人物で、合併後は整理の旗を振った。就任直後、中西宏幸社長は方針をこう語った『今後は機能性樹脂などの中核となる事業に焦点を絞り、今年中に不採算事業の再編など後ろ向きの仕事にめどをつける。そして、来年からは前向きの改革へアクセルを踏み込む』。研究拠点は1998年4月の10地区1456人から、2001年3月には7地区1350人に減った。工場は8から5へ絞り、電解の停止や三井製薬の日本シェーリングへの譲渡など、不採算事業の手放しも重ねた。攻めに転じる前に、固定費と不採算品の削減を先に済ませる順序を選んだのだろう。
- 日経ビジネス 1999年8月16日号
- [6]中西宏幸は1997年10月の合併後に副社長経営企画本部長となり、1999年6月に社長に就任した。合併前は準備作業の牽引役だった
- [7]中西は三井石化の予算管理課で設備維持の経費を140億円から70億円に半減させ、合併後はリストラの旗振り役を務めた
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- [8]研究開発拠点を1998年4月の10地区・1456人から2001年3月に7地区・1350人へ統合した
- [9]生産拠点を8工場から5工場体制へ集約し、名古屋・大阪の電解停止、三井製薬の日本シェーリングへの譲渡、石膏ボード・無水フタル酸などの譲渡を進めた
2000年11月17日、三井化学は住友化学工業と事業統合の基本合意書を結んだ。グローバルな競争が激しくなるなか、全面統合が企業価値を高める最善の選択だと両社は判断した。まず2001年10月に汎用樹脂を統合し、2003年10月までに全面統合する段取りだった。両社のキャッシュフローを足すと世界の化学で5位に入る計算だったが、首位のBASFとの差はなお大きかった。ポリプロピレンの能力も、BASFとシェルの合弁の年640万トン前後に対し、両社計で165万トンにとどまった。三井化学は2001年3月の中期経営計画で、2003年度に売上高1兆1500億円を置き、その先に住友化学との統合を据えた。
- 三井化学株式会社 プレスリリース「事業統合の見送りについて」(2003年3月31日)
- [10]三井化学と住友化学工業は2000年11月17日に「事業統合に関する基本合意書」を締結した
- [11]両社はグローバルな企業間競争の激化のなか、将来の事業の発展と企業価値向上のために全面統合が最善の選択と判断した
- 日経ビジネス 2001年1月1日号
- [12]両社は2001年10月にポリエチレンとポリプロピレンの事業を統合し、2003年10月までに全面的な経営統合をする計画だった
- [13]両社のキャッシュフローを単純合計すると化学で世界5位となるが、首位BASFとの差は大きい
- [14]BASFとシェルの合弁はポリプロピレンで年640万トン前後の能力を持ち、住友・三井化学は計165万トンにとどまる
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- [15]01年度中期経営計画(2001年3月15日)は2003年度に売上高1兆1500億円・経常利益920億円を掲げ、その先に住友化学との全面的事業統合を置いた
参考文献[1]-[15]
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [1]1997年10月 三井東圧化学と合併し、商号を三井化学に変更した
- 日経ビジネス 1999年8月16日号
- [2]三井化学の1999年3月期の連結売上高は8559億円で、連結売上高1兆円超の三菱化学・旭化成工業に規模で見劣りした。規模のメリットを求めて合併した
- [6]中西宏幸は1997年10月の合併後に副社長経営企画本部長となり、1999年6月に社長に就任した。合併前は準備作業の牽引役だった
- [7]中西は三井石化の予算管理課で設備維持の経費を140億円から70億円に半減させ、合併後はリストラの旗振り役を務めた
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- [3]1997年の三井化学誕生後、1998〜2000年は合併効果の実現に全力を挙げた期間とされ、1998年度は売上高8559億円・経常利益439億円
- [4]成長ストーリーの図で、2000年度は売上高9500億円・経常利益500億円とした
- [5]目指す総合化学として、石油化学・基礎化学と機能性材料の2本の柱で製品・市場・技術のシナジーを追求するとした
- [8]研究開発拠点を1998年4月の10地区・1456人から2001年3月に7地区・1350人へ統合した
- [9]生産拠点を8工場から5工場体制へ集約し、名古屋・大阪の電解停止、三井製薬の日本シェーリングへの譲渡、石膏ボード・無水フタル酸などの譲渡を進めた
- [15]01年度中期経営計画(2001年3月15日)は2003年度に売上高1兆1500億円・経常利益920億円を掲げ、その先に住友化学との全面的事業統合を置いた
- [10]三井化学と住友化学工業は2000年11月17日に「事業統合に関する基本合意書」を締結した
- [11]両社はグローバルな企業間競争の激化のなか、将来の事業の発展と企業価値向上のために全面統合が最善の選択と判断した
- 日経ビジネス 2001年1月1日号
- [12]両社は2001年10月にポリエチレンとポリプロピレンの事業を統合し、2003年10月までに全面的な経営統合をする計画だった
- [13]両社のキャッシュフローを単純合計すると化学で世界5位となるが、首位BASFとの差は大きい
- [14]BASFとシェルの合弁はポリプロピレンで年640万トン前後の能力を持ち、住友・三井化学は計165万トンにとどまる
2001年〜武田のウレタンを入れた三井武田ケミカルと、出光と組んだプライムポリマー
住友化学との統合を待つ間の2001年4月、三井化学は武田薬品工業とポリウレタン材料事業を統合し、三井武田ケミカルを設立した。2001年度の中期経営計画は機能性材料分野に1200億円の投資を充て、その筆頭に同社の設立を置いた。同じ計画には、大牟田工場でのTDIの増強と、韓国の錦湖三井でのMDIの増強も並んだ。住友化学のプロピレンオキサイドを三井のポリオール原料へつなぐ一貫生産も、統合の相乗効果に数えられた。増強は統合の行方と切り離して進み、2003年8月には同社の鹿島工場で新しいTDI設備が商業運転に入った。統合が成っても流れても、ウレタン原料で国内の主導的な位置を確保できる布陣だったと推察される。
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [16]2001年4月 三井化学と武田薬品工業のポリウレタン材料事業を統合し、三井武田ケミカルを設立(2006年4月に三井化学ポリウレタンへ商号変更)
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- [17]01中計は機能性材料分野の投資額を1200億円とし、コア事業強化の項目に三井武田ケミカル設立(01年4月)とTDI・MDIの設備能力拡大を挙げた
- [18]ウレタン原料の強化としてTDI(大牟田工場増強)とMDI(錦湖三井増強)を挙げた
- [19]住友化学との統合シナジーとして、ウレタン原料での一貫シナジー(住友のPO→三井のPPG)を挙げた
- 三井化学 Annual Report 2004(2004年3月期)
- [20]三井化学と武田薬品工業の合弁である三井武田ケミカルは、2003年8月1日に鹿島工場の新TDIプラントで商業運転を始めた
2003年3月31日、三井化学と住友化学は、同年10月に予定した全面統合を見送ると発表した。分科会を設けて準備を重ね、財務顧問も交えて協議したが、最も重要な統合比率で見解の隔たりが埋まらなかった。先行統合も遅れ、中期経営計画が2001年10月としたポリオレフィンの統合は、2002年4月の合弁設立にずれ込んだ。見送りを受け、三井化学は自社の立場を次のように示した『事業統合の見送りにともない、ある程度の戦略見直しは必要となりますが、基本戦略に変更はありません。』。住友化学とは個別事業の連携を探りつつ、互いの制約を受けず独立に運営すると定めた。同年は2001年からの3カ年計画の最終年で、会社はその成果を2004年度の計画へつなぐとした。統合を前提に組んだ戦略の骨組みを、単独のまま使い続ける選択だったといえよう。
- 三井化学株式会社 プレスリリース「事業統合の見送りについて」(2003年3月31日)
- [21]三井化学と住友化学は2003年10月に予定した全面的事業統合を見送ることで合意し、2003年3月31日に発表した
- [22]事業統合検討委員会のもと事業分科会・制度分科会を設け、ファイナンシャル・アドバイザーの知見も得て協議したが、最も重要な統合条件である統合比率で両社の見解の隔たりが埋まらなかった
- [24]両社は三井住友ポリオレフィンを2002年4月に設立しており、統合見送り後も同社への支援を求めた
- [25]両社は今後も個別事業での戦略的連携・協力の方向性を探るが、相互に制約や拘束を受けずそれぞれ独立に事業運営を行う
- [26]三井化学にとって2003年は2001年から始まった3カ年中期経営計画の仕上げの年で、2004年度中期経営計画に繋ぎ込む予定だった
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- [23]01中計はポリオレフィン事業(ポリエチレン・ポリプロピレン)を2001年10月に先行統合する予定とした
単独に戻った三井化学は2004年2月3日、汎用樹脂の相手に出光グループを選び、包括提携の検討で意向書を交わした。同年5月17日には、出光興産・出光石油化学とポリオレフィン事業の統合で基本合意した。提携は石油化学のコストを構造から下げる策の一つで、分解原料の多様化やプロピレンセンター化と組になっていた。2005年4月、両社のポリオレフィン事業を統合したプライムポリマーが発足した。資本金は200億円、出資は三井65・出光35で、年産能力はポリプロピレン136万トン・ポリエチレン71.4万トンを見込んだ。同時期の4カ年計画は汎用品から機能品への移行を掲げ、2008年3月期に経常利益1000億円、うち機能材料で5割以上を狙った。
- 三井化学 Annual Report 2004(2004年3月期)
- [27]2004年2月3日に出光グループと包括提携の検討に関する意向書を締結した
- [28]2004年5月17日の取締役会で、出光興産・出光石油化学とのポリオレフィン事業統合の基本合意を決め、同日締結した
- [29]出光との提携は石油化学事業の構造的なコスト削減の一環で、分解原料の多様化・プロピレンセンター化・差別化を進めるとした
- [31]新会社は資本金200億円(三井65:出光35)、2005年度合算売上高2200億円、年産能力PP136万トン・PE71.4万トンの計画
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [30]2005年4月 三井化学と出光興産のポリオレフィン事業を統合し、プライムポリマーを設立
- 三井化学 ANNUAL REPORT 2005(2005年3月期)
- [32]2004年策定の4カ年中期経営計画(2005年3月期〜2008年3月期)は「Shift from Commodities to Specialties」を掲げ、2008年3月期に経常利益1000億円、その50%以上を機能材料で稼ぐ目標を置いた
参考文献[16]-[32]
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [16]2001年4月 三井化学と武田薬品工業のポリウレタン材料事業を統合し、三井武田ケミカルを設立(2006年4月に三井化学ポリウレタンへ商号変更)
- [30]2005年4月 三井化学と出光興産のポリオレフィン事業を統合し、プライムポリマーを設立
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- [17]01中計は機能性材料分野の投資額を1200億円とし、コア事業強化の項目に三井武田ケミカル設立(01年4月)とTDI・MDIの設備能力拡大を挙げた
- [18]ウレタン原料の強化としてTDI(大牟田工場増強)とMDI(錦湖三井増強)を挙げた
- [19]住友化学との統合シナジーとして、ウレタン原料での一貫シナジー(住友のPO→三井のPPG)を挙げた
- [23]01中計はポリオレフィン事業(ポリエチレン・ポリプロピレン)を2001年10月に先行統合する予定とした
- 三井化学 Annual Report 2004(2004年3月期)
- [20]三井化学と武田薬品工業の合弁である三井武田ケミカルは、2003年8月1日に鹿島工場の新TDIプラントで商業運転を始めた
- [27]2004年2月3日に出光グループと包括提携の検討に関する意向書を締結した
- [28]2004年5月17日の取締役会で、出光興産・出光石油化学とのポリオレフィン事業統合の基本合意を決め、同日締結した
- [29]出光との提携は石油化学事業の構造的なコスト削減の一環で、分解原料の多様化・プロピレンセンター化・差別化を進めるとした
- [31]新会社は資本金200億円(三井65:出光35)、2005年度合算売上高2200億円、年産能力PP136万トン・PE71.4万トンの計画
- [21]三井化学と住友化学は2003年10月に予定した全面的事業統合を見送ることで合意し、2003年3月31日に発表した
- [22]事業統合検討委員会のもと事業分科会・制度分科会を設け、ファイナンシャル・アドバイザーの知見も得て協議したが、最も重要な統合条件である統合比率で両社の見解の隔たりが埋まらなかった
- [24]両社は三井住友ポリオレフィンを2002年4月に設立しており、統合見送り後も同社への支援を求めた
- [25]両社は今後も個別事業での戦略的連携・協力の方向性を探るが、相互に制約や拘束を受けずそれぞれ独立に事業運営を行う
- [26]三井化学にとって2003年は2001年から始まった3カ年中期経営計画の仕上げの年で、2004年度中期経営計画に繋ぎ込む予定だった
- 三井化学 ANNUAL REPORT 2005(2005年3月期)
- [32]2004年策定の4カ年中期経営計画(2005年3月期〜2008年3月期)は「Shift from Commodities to Specialties」を掲げ、2008年3月期に経常利益1000億円、その50%以上を機能材料で稼ぐ目標を置いた
2005年〜藤吉建二社長の2008年度中期経営計画と、三共アグロを入れた三井化学アグロ
2008年、藤吉建二社長は2011年度を最終年とする4カ年の中期経営計画を出した。前の計画は4年間の累計営業利益3200億円に対し、実績が3081億円で終わった。機能性材料が営業利益の5割を超えた一方、起点となる2007年度の営業利益は772億円にとどまった。新計画の目標は、次のとおり置かれた『08中計では、2011年度に営業利益1,300億円、ROA7.5%を目指します。』。その先の2015年近傍には、営業利益1500億円以上・ROA10%以上を長期目標に掲げた。資源は機能性ポリマーズへ集中して投じ、農業化学品やビジョンケア、触媒をM&Aで第3の柱へ育てる構想だった。2009年4月には、三井武田ケミカルから改称した三井化学ポリウレタンを本体に吸収した。
- 三井化学 アニュアルレポート2008(2008年3月期)
- [33]発足10周年の2007年に策定したグランドデザインのもと、2008年度を初年度とする4カ年の中期経営計画(08中計)を策定した
- [34]04中計(2004〜2007年度)の4カ年累計営業利益は計画3200億円に対し実績3081億円で、概ね達成とした
- [35]04中計期間に営業利益に占める機能性材料分野の割合は目標の5割を超えた。2007年度の連結営業利益は772億円、ROAは5.2%
- [36]グランドデザインの長期経営目標(2015年近傍)は営業利益1500億円以上・ROA10%以上
- [37]08中計は機能性ポリマーズへの経営資源の集中投入と、農業化学品・ビジョンケア・触媒事業のM&Aを中心とした規模拡大による第3の柱の獲得を掲げた
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [38]2009年4月 三井化学ポリウレタン(2006年4月に三井武田ケミカルから商号変更)を吸収合併
2008年秋の世界同時不況で、主要顧客である自動車と電子情報材料の需要が急減した。2009年3月期は営業損失455億円、当期純損失952億円となった。2002年3月期から7期続いた連結純利益の黒字は、ここで途切れた。2009年1月から報酬や経費の削減、投資案件の見直しを始め、3月までに50億円を削減した。2009年、藤吉建二社長は会長に回り、田中稔一氏が社長に就任した。田中稔一社長は緊急対策の目標をこう定めた『まずは2009年度下期の黒字回復、次に、2010年度の黒字化定着を必達目標とする緊急対策を策定しました。』。2009年度に300億円のコストダウンを見込み、投融資も2年間で1320億円圧縮する計画だった。2010年3月期も純損失280億円を出したが、上期の営業損失190億円から、下期は営業利益95億円へ黒字化した。
- 三井化学 アニュアルレポート2009(2009年3月期)
- [39]2008年度は世界同時不況で主要取引先の自動車・電子情報材料分野の需要が大幅に減り、販売数量と設備稼働率が大きく低下した
- [40]2009年3月期の連結業績は売上高1兆4876億円、営業損失455億円、経常損失508億円、当期純損失952億円
- [42]2009年1月から緊急対策を実行し、役員・管理職の報酬減額で25億円、経費・固定費削減で15億円、変動費削減で10億円、1〜3月で計50億円を削減した
- [43]2009年3月期のアニュアルレポートで、田中稔一が代表取締役社長、藤吉建二が代表取締役会長として署名し、田中は経済危機の最中に社長に就任したとされた
- [44]2009年度は300億円のコストダウンを確実に実行し、投融資を中期経営計画比で2008年度300億円・2009年度1020億円、2年間で1320億円削減する
- 三井化学 有価証券報告書 第5期(2002年3月期)〜第12期(2009年3月期)
- [41]連結当期純利益は2002年3月期76億円から2008年3月期まで7期連続で黒字、2009年3月期は952億円の純損失
- 三井化学 アニュアルレポート2010(2010年3月期)
- [45]2010年3月期は上期に190億円の営業損失、下期に95億円の営業利益を計上し、通期では営業損失95億円・当期純損失280億円
田中稔一社長は不況下でも稼ぎを保った事業を次の収益源に選び、年報にその根拠を次のように記した『先端化学品事業における、農業化学品、ビジョンケアなどは、このような厳しい環境下においても安定的な収益を確保しており』。2009年4月、三共アグロと自社の農業化学品事業を統合し、原体と製剤を一体で担う三井化学アグロを発足させた。農薬では、2015年に売上高1000億円を達成する目標を置いた。有報の沿革は、両社の農業化学品事業の統合による同社の設立を2010年10月と記している。2011年3月期には営業利益405億円まで戻し、次の3カ年計画で戦略的M&A1000億円を含む3500億円の投融資を掲げた。市況に振られる汎用品の損益を、農薬と機能材料で支える方針が次の計画の前提になったと考えられる。
- 三井化学 アニュアルレポート2009(2009年3月期)
- [46]2009年4月、原体事業と製剤事業の一体化を目的に農業化学品事業と三共アグロを統合し、三井化学アグロとして発足させた。農業化学品で2015年に売上高1000億円を目指す
- [47]農業化学品事業では2015年に売上高1000億円を目指す
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [48]2010年10月 三井化学及び三共アグロの農業化学品事業を統合し、三井化学アグロを設立
- 三井化学 アニュアルレポート2011(2011年3月期)
- [49]2010年度(2011年3月期)は営業利益405億円を達成し、11中計期間に戦略的M&A1000億円を含む3500億円の投融資を計画した
参考文献[33]-[49]
- 三井化学 アニュアルレポート2008(2008年3月期)
- [33]発足10周年の2007年に策定したグランドデザインのもと、2008年度を初年度とする4カ年の中期経営計画(08中計)を策定した
- [34]04中計(2004〜2007年度)の4カ年累計営業利益は計画3200億円に対し実績3081億円で、概ね達成とした
- [35]04中計期間に営業利益に占める機能性材料分野の割合は目標の5割を超えた。2007年度の連結営業利益は772億円、ROAは5.2%
- [36]グランドデザインの長期経営目標(2015年近傍)は営業利益1500億円以上・ROA10%以上
- [37]08中計は機能性ポリマーズへの経営資源の集中投入と、農業化学品・ビジョンケア・触媒事業のM&Aを中心とした規模拡大による第3の柱の獲得を掲げた
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- [38]2009年4月 三井化学ポリウレタン(2006年4月に三井武田ケミカルから商号変更)を吸収合併
- [48]2010年10月 三井化学及び三共アグロの農業化学品事業を統合し、三井化学アグロを設立
- 三井化学 アニュアルレポート2009(2009年3月期)
- [39]2008年度は世界同時不況で主要取引先の自動車・電子情報材料分野の需要が大幅に減り、販売数量と設備稼働率が大きく低下した
- [40]2009年3月期の連結業績は売上高1兆4876億円、営業損失455億円、経常損失508億円、当期純損失952億円
- [42]2009年1月から緊急対策を実行し、役員・管理職の報酬減額で25億円、経費・固定費削減で15億円、変動費削減で10億円、1〜3月で計50億円を削減した
- [43]2009年3月期のアニュアルレポートで、田中稔一が代表取締役社長、藤吉建二が代表取締役会長として署名し、田中は経済危機の最中に社長に就任したとされた
- [44]2009年度は300億円のコストダウンを確実に実行し、投融資を中期経営計画比で2008年度300億円・2009年度1020億円、2年間で1320億円削減する
- [46]2009年4月、原体事業と製剤事業の一体化を目的に農業化学品事業と三共アグロを統合し、三井化学アグロとして発足させた。農業化学品で2015年に売上高1000億円を目指す
- [47]農業化学品事業では2015年に売上高1000億円を目指す
- 三井化学 有価証券報告書 第5期(2002年3月期)〜第12期(2009年3月期)
- [41]連結当期純利益は2002年3月期76億円から2008年3月期まで7期連続で黒字、2009年3月期は952億円の純損失
- 三井化学 アニュアルレポート2010(2010年3月期)
- [45]2010年3月期は上期に190億円の営業損失、下期に95億円の営業利益を計上し、通期では営業損失95億円・当期純損失280億円
- 三井化学 アニュアルレポート2011(2011年3月期)
- [49]2010年度(2011年3月期)は営業利益405億円を達成し、11中計期間に戦略的M&A1000億円を含む3500億円の投融資を計画した
1997年〜2011年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 営業利益 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 億円 | 億円 | 利益率 | |||
| 1997年03月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | 三井ビスフェノールシンガポールを設立(1997) |
| 1998年03月期 | 連結 | 6,812 | n/a | n/a | n/a | 117 | 1.7% | n/a |
| 1999年03月期 | 連結 | 8,559 | +25.6% | n/a | n/a | 77 | 0.9% | n/a |
| 2000年03月期 | 連結 | 8,842 | +3.3% | n/a | n/a | 160 | 1.8% | n/a |
| 2001年03月期 | 連結 | 9,397 | +6.3% | n/a | n/a | 170 | 1.8% | n/a |
| 2002年03月期 | 連結 | 9,526 | +1.4% | n/a | n/a | 76 | 0.8% | Mitsui Hygiene Materials(Thailand)を設立(2001/07) |
| 2003年03月期 | 連結 | 10,531 | +10.6% | n/a | n/a | 203 | 1.9% | n/a |
| 2004年03月期 | 連結 | 10,895 | +3.5% | n/a | n/a | 124 | 1.1% | n/a |
| 2005年03月期 | 連結 | 12,275 | +12.7% | n/a | n/a | 261 | 2.1% | 三井化学複合塑料(中山)有限公司を設立(2004/10) |
| 2006年03月期 | 連結 | 14,724 | +20.0% | 587 | 620 | 441 | 3.0% | n/a |
| 2007年03月期 | 連結 | 16,880 | +14.6% | 917 | 955 | 522 | 3.1% | 上海中石化三井化工有限公司を設立(2006/08) |
| 2008年03月期 | 連結 | 17,866 | +5.8% | 772 | 661 | 428 | 2.4% | n/a |
| 2009年03月期 | 連結 | 14,876 | ▲16.7% | ▲455 | ▲508 | ▲952 | ▲6.4% | n/a |
| 2010年03月期 | 連結 | 12,077 | ▲18.8% | ▲95 | ▲131 | ▲280 | ▲2.3% | n/a |
| 2011年03月期 | 連結 | 13,917 | +15.2% | 405 | 389 | 248 | 1.8% | 三井化学Brasilを設立(2010/06) |
出所:会社年鑑、有価証券報告書
出典・参考
12件
- 三井化学 有価証券報告書 第5期(2002年3月期)〜第12期(2009年3月期)
- 三井化学株式会社 プレスリリース「事業統合の見送りについて」(2003年3月31日)
- 三井化学 アニュアルレポート2008(2008年3月期)
- 三井化学 アニュアルレポート2009(2009年3月期)
- 三井化学 アニュアルレポート2010(2010年3月期)
- 三井化学 アニュアルレポート2011(2011年3月期)
- 三井化学 有価証券報告書 第28期(2025年3月期)「沿革」
- 日経ビジネス 1999年8月16日号
- 日経ビジネス 2001年1月1日号
- 三井化学「2001年度中期経営計画」(2001年3月)
- 三井化学 Annual Report 2004(2004年3月期)
- 三井化学 ANNUAL REPORT 2005(2005年3月期)