淡輪就直

三井化学・元取締役会長

Tannowa Naritada(敬称略)

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社長就任 1977年6月
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1937年3月に慶應義塾大学の法学部を出て三井鉱山へ入り、1946年7月に三池合成へ移った。1955年7月の三井石油化学工業の設立にあわせて同社へ入り、1963年5月に取締役、1966年11月に常務取締役、1971年11月に取締役副社長へ進んだ。前任の鳥居保治氏が応用化学の技術者だったのに対し、法学部の出身である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1977年6月、鳥居保治氏の後任として社長に就任した。鳥居保治氏は同じ月に取締役会長へ移っている。副社長を務めたのは1971年11月からの5年7か月である。同じ交代で中野精紀氏が専務取締役へ上がり、1981年には副社長として次の社長の位置に着いた。設立時に入った世代が続けて経営を承継する交代だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

在任は1977年6月から1982年12月までの5年半で、二度の石油危機のあと石油化学が設備過剰の処理へ向かった時期にあたる。岩国大竹工場のエチレン8万7000トンと千葉工場の14万3000トンを廃棄したのは1984年から1985年にかけてで、後任の中野精紀氏の代に実行された。淡輪就直氏の5年半は、1967年11月に日本石油化学と折半で設けた浮島石油化学へエチレンを寄せる前の期間にあたる。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1937〜1982年
在任中の業績
就任前(FY76)3,053億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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