岩永巌

三井化学・元取締役社長

Iwanaga Iwao(敬称略)

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社長就任 1963年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学工学部機械工学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1926年3月に東京帝国大学工学部の機械工学科を出て東洋レーヨンへ入り、1947年8月に取締役、1948年7月に常務取締役、1960年3月に代表取締役副社長へ進んだ。三井石油化学工業の社長に就任したのは1963年11月で、同じ時期に三井ポリケミカルの社長も兼ねている。合成繊維の設備を扱ってきた機械系の技術者が、石油化学の現場を持たない母体から基礎化学品の会社へ移った。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1963年11月、安居喜造氏の後任として社長に就任した。前任と同じく三井系他社から迎えられた社長で、東洋レーヨンでは1960年3月から代表取締役副社長を務めていた。三井石油化学工業は1962年10月に東京・大阪両証券取引所の第二部へ上場したばかりで、千葉県五井姉崎の埋立地に新工場を建設する計画を抱えていた。設備を建てる段階に、出資会社から機械系の技術者を据えた交代だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

在任は1963年11月から1969年11月までの6年である。1965年に東京・大阪両証券取引所の第一部へ指定替えとなり、1967年3月には千葉工場が操業を開始した。エチレン能力は年産12万トンで、当時の日本では最大、世界でも最大級だった。同年11月には日本石油化学との折半出資で浮島石油化学を設立し、能力の増強を単独で抱えない形をとった。1966年7月から1968年2月まで石油化学工業協会の会長を務めている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1947〜1969年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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