日亜化学工業の歴史

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沿革

1948年に小川信雄氏が徳島県阿南市で興した協同医薬研究所が起源。

1993年に窒化ガリウムによる高輝度青色LEDを実用化し、1996年には白色LEDの開発に成功した。青色LEDで世界市場の首位に立った光半導体メーカーで、売上高3,640億円の7割を海外で上げる。

1956年1966年1989年1993年1996年2001年2026年日亜化学工業1956年設立決断照明用蛍光体1966年製造開始窒化ガリウム系LED1989年研究開始決断高輝度青色LED1993年開発に成功白色LED1996年開発に成功青色LED特許2001年ライセンス方針転換決断
  1. 阿南市で蛍光体原料開発[1]技術・R&D起点の攻勢
  2. 上中工場(現本社所在地)の操業開始[1]
  3. 照明用蛍光体の製造開始[1]
  4. オリエンタル産業(後の日亜電子化学)の設立[1]
  5. カラーテレビ用蛍光体の製造開始[1]
  6. 本社を阿南市新野町から上中町(現所在地)へ移転[1]
  7. 徳島工場の操業開始[1]
  8. 照明用三波長蛍光体の製造開始[1]
第1章復員後に興した協同医薬研究所と高純度塩化カルシウム
売上高
  • 売上高
日亜化学工業1976年12月期売上高31億円
  1. 赤外線LED用GaAlAsエピウエハの製造・販売開始[2]
  2. 台湾の連合照明股份有限公司に資本参加[1]
  3. 青色LEDの開発着手[2]技術・R&D起点の攻勢
  4. リチウムイオン二次電池用正極材料の開発開始[2]
第2章赤色LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムという選択
売上高
  • 売上高
日亜化学工業売上高—
成長期

1993年〜高輝度青色LEDの開発と十数件の特許訴訟

  1. 高輝度青色LEDの開発に成功[1]
  2. 高輝度青緑LEDの開発に成功[2]
  3. 純緑色LEDの開発と青系レーザーの発振に成功[2]
  4. 辰巳工場の操業開始[1]
  5. 白色LEDの開発に成功[1]
  6. 二次電池材料の量産製造開始[1]
  7. 青系レーザーで1万時間の連続発振を達成[2]
  8. 青紫色レーザーダイオードの量産販売開始[2]
  9. 青色LED特許の囲い込み[3]技術・R&D起点の攻勢
  10. 波長365nmの紫外線LEDの完成[2]
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
日亜化学工業1995年12月期売上高206億円売上高経常利益率9.2%
就任年社長氏名役職名
成熟期

2006年〜アルパッド買収とサファイア基板事業の譲受による垂直統合

  1. 鳴門工場の操業開始[1]
  2. 車載用リチウムイオン電池向け正極材料の採用[2]
  3. SmFeN磁性材料の自動車部品への採用[2]
  4. 波長280nmの深紫外LEDの量産化[2]
  5. 日信サファイアの設立[1]
  6. 信光社からのサファイア基板事業の譲受[1]
  7. アルパッドの全株式取得[1]
  8. ドイツに車載向け研究開発拠点を設立[1]
  9. アルパッドの吸収合併[1]
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • 営業利益
  • 経常利益率
日亜化学工業2025年12月期売上高3,640億円売上高経常利益率11.8%
出典・参考3件
出典・参考
  • [1]有価証券報告書
  • [2]日亜化学工業 公式サイト「わたしたちのあゆみ」
  • [3]日経ビジネス 2001年9月3日号

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