小高敏夫

東京エレクトロン・元代表取締役社長

Kotaka Toshio(敬称略)

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社長就任 1980年12月
生年月日 —
学歴 慶応義塾大学工学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

入社の1週間後に渡米し、1964年5月末にサームコ社の拡散炉の輸入販売を開始した。同年10月には総合商社との競り合いを制してフェアチャイルド社の総代理店となり、ICの実用化に否定的な見方が多かった日本で、日本電気・日立製作所・東芝・富士通の開発責任者に同行して同社のIC工場を案内した。1974年9月の社報では、大型テスターを日本で約180台納入し日本市場のシェアは1位だと報告した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1974年12月の社報で不採算部門の縮小と廃止を打ち出し、扱う商品を選ぶ7つの条件を並べたのは専務時代の小高氏である。輸出撤退が完了した1979年9月期の売上高は312億円、1980年9月期は445億円へ伸び、1980年6月には東京証券取引所市場第二部へ上場した。同年12月、久保徳雄氏の後任として社長に就任した。

在任中の主な施策
施策

1983年、熊本に初の自社工場を建設した。1984年2月にはIC製造装置メーカーのテルメックを吸収合併し、同年3月に東証第一部への指定替えを果たした。一部昇格にあわせて業種区分を商社から電機へ改めるよう求めたが、これは認められなかった。自社工場の建設も吸収合併も一部上場も、いずれも技術者を集めるための手段だった。1986年10月には吉田稔氏が業績の悪化を理由に社長を退き、その後任として社長に復帰した。1988年2月にはテル・サームコの全株式を取得している。 電卓・カーステレオからの撤退

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1959〜1990年
在任中の業績
就任前(FY79)445億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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