第1章 年〜年

パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス:「驚安の殿堂」ドン・キホーテの圧縮陳列と深夜営業

1980年〜資本金300万円の現金問屋ジャストと、府中1号店の圧縮陳列

安田隆夫氏は1978年、東京都杉並区に20坪ほどの安売り店「泥棒市場」を個人で開業した。閉店後の片付け中にも客が入り、営業を深夜零時まで延ばすと夜の売上が昼を上回った。それでも少量を正規の卸値で仕入れていたため、利幅はほとんど残らなかった。安田隆夫氏は問屋やメーカーから半端品や返品物を安く引き取る仕入れを身につけ、店を売却して卸売に専念した。1980年9月に株式会社ジャストを資本金300万円で設立し、1982年6月には卸売事業の拡大を目的に主たる事業形態を卸売業へ変えた。1983年には埼玉県和光市に現金問屋リーダーを設け、全国の中小ディスカウント店やギフト店へ電話営業で商品を卸した。小売の採算を決めるのは売場より仕入れ値だという経験が、後の店づくりの前提になったと思われる。

  • 日経ビジネス 1999年3月22日号
    • [1]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
    • [2]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
    • [3]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
    • [4]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [5]1980年9月ジャストを杉並区に資本金300万円で設立、1982年6月卸売事業の拡大強化のため主たる事業形態を卸売業へ変更
  • 日経ビジネス 1996年7月29日号
    • [6]前身は1983年に埼玉県和光市で設立した現金問屋リーダー。現金仕入れした商品を電話セールスで全国の中小DS・ギフトショップへ卸した

独自の仕入れルートを持つ大型ディスカウント店が現れると、リーダーの卸先だった中小の小売店は衰えた。安田隆夫氏は自前の販路を確保するため、1988年に小売への再進出を決めた。卸売の事業はディスカウント店向けとして関東一の規模に育っており、そこで得た商品力と資金力を泥棒市場での深夜の体験と組み合わせる構想である。ジャストは1989年2月に本店を東京都府中市へ移し、翌3月にドン・キホーテ府中店を1号店として開設した。同じ月に主たる事業形態を卸売業から小売業へ戻し、良い品をより安く消費者に販売することを掲げた。卸の縮小に備える販路の確保と、店をもう一度持ちたいという安田隆夫氏自身の動機が重なった判断だったのだろう。

  • 日経ビジネス 1996年7月29日号
    • [7]独自の仕入れルートを持つ大型DSの登場で中小の卸先が衰え、自前の流通チャネル確保のため88年に小売への再進出を決めた
    • [8]独自の仕入れルートを持つ大型DSの登場で中小の卸先が衰え、自前の流通チャネル確保のため88年に小売への再進出を決めた
  • 日経ビジネス 1999年3月22日号
    • [9]卸業はディスカウント向け卸問屋として関東一の規模に。卸業で培った商品力・資金力と泥棒市場の深夜の原体験を一つにした業態を構想
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [10]1989年2月本店を府中市へ移転、同年3月府中店を1号店として開設し主たる事業形態を卸売業から小売業へ変更
    • [11]1989年2月本店を府中市へ移転、同年3月府中店を1号店として開設し主たる事業形態を卸売業から小売業へ変更

府中店の開業当初、安田隆夫氏が見にくく買いにくい売場を作るよう説いても社員には意図が伝わらず、売場は乱雑になっただけだった。毎月1000万円の赤字が出て、卸売の利益でその穴を埋めた。模範となる店がないまま、中途半端な売場の状態が1年半余り続いた。安田隆夫氏は大手量販店の幹部を招けば大手チェーンの縮小版になると考え、その道を採らなかった。代わりに売場ごとの担当者を独立した商店主に見立て、仕入れから売値の設定までを任せた。成果を上げた担当者には給与で報い、売場どうしの競争を通じて圧縮陳列が現場に根づいた。1997年1月時点では、入社2〜3カ月の社員にも仕入れから販売、人事管理の一部までを任せる体制である。圧縮陳列は図面どおりではなく、任された担当者の工夫を経て形になったといえる。

  • 日経ビジネス 1999年3月22日号
    • [12]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [13]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [15]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [16]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [17]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
  • 日経ビジネス 2003年6月2日号
    • [14]府中1号店は模範の店がなく中途半端な売場が1年半余り続き、すべて任せると現場が工夫を始めた
  • 証券アナリストジャーナル 1997年1月(安田隆夫社長講演)
    • [18]権限委譲を徹底し、入社2〜3カ月の社員にも仕入から販売、ある程度の人事管理まで権限を与えている(1997年1月の講演)
参考文献[1]-[18]
  • 日経ビジネス 1999年3月22日号
    • [1]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
    • [2]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
    • [3]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
    • [4]1978年に杉並で泥棒市場を開業、深夜零時まで延長し夜の売上が昼を上回る。正規卸値の少量仕入れで利幅が出ず、半端品・返品物の仕入れを覚え、店を売却して卸業に専念
    • [9]卸業はディスカウント向け卸問屋として関東一の規模に。卸業で培った商品力・資金力と泥棒市場の深夜の原体験を一つにした業態を構想
    • [12]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [13]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [15]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [16]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
    • [17]1号店は社員に真意が伝わらず乱雑な売場に、毎月1000万円の赤字を卸の利益で補填。大手の幹部スカウトを退け、売場担当者を商店主に見立て仕入れ・売値設定の権限を委譲、成果は給与で報い圧縮陳列が定着
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [5]1980年9月ジャストを杉並区に資本金300万円で設立、1982年6月卸売事業の拡大強化のため主たる事業形態を卸売業へ変更
    • [10]1989年2月本店を府中市へ移転、同年3月府中店を1号店として開設し主たる事業形態を卸売業から小売業へ変更
    • [11]1989年2月本店を府中市へ移転、同年3月府中店を1号店として開設し主たる事業形態を卸売業から小売業へ変更
  • 日経ビジネス 1996年7月29日号
    • [6]前身は1983年に埼玉県和光市で設立した現金問屋リーダー。現金仕入れした商品を電話セールスで全国の中小DS・ギフトショップへ卸した
    • [7]独自の仕入れルートを持つ大型DSの登場で中小の卸先が衰え、自前の流通チャネル確保のため88年に小売への再進出を決めた
    • [8]独自の仕入れルートを持つ大型DSの登場で中小の卸先が衰え、自前の流通チャネル確保のため88年に小売への再進出を決めた
  • 日経ビジネス 2003年6月2日号
    • [14]府中1号店は模範の店がなく中途半端な売場が1年半余り続き、すべて任せると現場が工夫を始めた
  • 証券アナリストジャーナル 1997年1月(安田隆夫社長講演)
    • [18]権限委譲を徹底し、入社2〜3カ月の社員にも仕入から販売、ある程度の人事管理まで権限を与えている(1997年1月の講演)

1990年〜1000平方メートル未満に収めた深夜の郊外店と、午前8時まで開ける新宿店

ジャストは1992年11月にPOS、1993年7月にEOSを導入し、店ごとの販売と発注を情報で押さえる仕組みを整えた。1996年7月時点の店舗面積は約600平方メートルで、2万点以上を並べ、午前10時から深夜2時まで営業した。売上の35%が夜8時以降の6時間に集中。府中、杉並の2店で運営の型を固めた後、1995年7月からの8カ月で開設した店は4店である。安田隆夫氏は1997年1月、複合商業施設への出店は大規模小売店舗法による営業時間の規制が障害だったと説明した。1999年時点でも売場面積1000平方メートル未満の店舗は同法の規制を受けなかった。店の広さを規制の外に収めたことが、閉店時刻を自ら決める深夜営業の多店舗化を可能にしたと推察される。

  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [19]1992年11月POSシステム、1993年7月EOSを導入
  • 日経ビジネス 1996年7月29日号
    • [20]店舗面積約600m²・2万点以上、10時〜深夜2時の16時間営業で売上の35%を夜8時以降の6時間で稼ぐ。府中・杉並でノウハウを蓄積し95年7月から8カ月で4店を出店
    • [21]店舗面積約600m²・2万点以上、10時〜深夜2時の16時間営業で売上の35%を夜8時以降の6時間で稼ぐ。府中・杉並でノウハウを蓄積し95年7月から8カ月で4店を出店
    • [22]店舗面積約600m²・2万点以上、10時〜深夜2時の16時間営業で売上の35%を夜8時以降の6時間で稼ぐ。府中・杉並でノウハウを蓄積し95年7月から8カ月で4店を出店
  • 証券アナリストジャーナル 1997年1月(安田隆夫社長講演)
    • [23]複合的商業集積への出店は大店法で営業時間に規制が出るのがネックだったと質疑で回答
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [24]店舗の売場面積は1000m²未満で現行の大店法の規制は受けない(1999年)

ジャストは1995年6月、商品調達を強めるためリーダーの株式を取得し、同年9月に商号を株式会社ドン・キホーテへ改めた。1996年12月には日本証券業協会への株式の店頭登録。安田隆夫氏は1997年1月の講演で、2000年までに売上高500億円、経常利益35億円に達する目標を示した。年4店ほどを出店して2000年に約20店とし、首都圏を固めてから全国へ広げる計画である。1998年6月には東京証券取引所市場第二部に上場し、55万株を公募した。内部留保は事業拡大のための設備投資に充てる方針を掲げ、上場時の本社は東京都江戸川区に置いていた。店頭登録から東証二部上場までの1年半で、首都圏の出店に要る資金の調達先を銀行借入の外へ広げたとみられる。

  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [25]1995年6月マーチャンダイジング強化のためリーダーの株式取得、同年9月ドン・キホーテに商号変更、1996年12月店頭登録
    • [26]1995年6月マーチャンダイジング強化のためリーダーの株式取得、同年9月ドン・キホーテに商号変更、1996年12月店頭登録
  • 証券アナリストジャーナル 1997年1月(安田隆夫社長講演)
    • [27]2000年までに売上500億円・経常利益35億円が目標、年4店程度の出店で2000年に約20店、首都圏を押さえてから全国展開(1997年1月の講演)
    • [28]2000年までに売上500億円・経常利益35億円が目標、年4店程度の出店で2000年に約20店、首都圏を押さえてから全国展開(1997年1月の講演)
  • 証券 1998年
    • [29]1998年6月19日東証二部上場、550千株公募。内部留保は事業拡大のための設備投資資金に充当する方針。本店は江戸川区北葛西
    • [30]1998年6月19日東証二部上場、550千株公募。内部留保は事業拡大のための設備投資資金に充当する方針。本店は江戸川区北葛西

安田隆夫氏は1997年1月の講演で、今後は新宿、池袋、渋谷など都心の立地も検討すると述べた。郊外店は夜に客を呼び寄せる必要があるのに対し、繁華街には深夜も人がいるという理由だった。NHKの調査では午後10時の外出率が1980年から1990年にかけて各年齢層で上昇しており、安田隆夫氏はその背景に核家族化や車の普及を挙げた。1998年3月の葛西店と環八世田谷店の開設で、店舗数は10店に達した。1999年3月時点の13店は大半が深夜2時までの営業で、新宿店は早朝8時までの20時間営業である。1998年6月期の売上高は245億円、経常利益は15億円だった。深夜の人出がすでにある繁華街は、客を呼ぶ手間の要らない立地と位置づけられた。

  • 証券アナリストジャーナル 1997年1月(安田隆夫社長講演)
    • [31]都心立地も考える、新宿・池袋・渋谷は夜中に顧客を集めなくてもそこにいる。NHK調査で午後10時の外出率が1980→1990年に各年齢層で上昇、核家族化・モータリゼーション等が背景
    • [32]都心立地も考える、新宿・池袋・渋谷は夜中に顧客を集めなくてもそこにいる。NHK調査で午後10時の外出率が1980→1990年に各年齢層で上昇、核家族化・モータリゼーション等が背景
    • [33]都心立地も考える、新宿・池袋・渋谷は夜中に顧客を集めなくてもそこにいる。NHK調査で午後10時の外出率が1980→1990年に各年齢層で上昇、核家族化・モータリゼーション等が背景
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [34]1998年3月葛西店・環八世田谷店の開設で店舗数10店を達成
  • 日経ビジネス 1999年3月22日号
    • [35]関東中心の13店は大半が10時〜深夜2時営業、新宿店は早朝8時までの20時間営業。98年6月期売上高245億円・経常利益15億円
    • [36]関東中心の13店は大半が10時〜深夜2時営業、新宿店は早朝8時までの20時間営業。98年6月期売上高245億円・経常利益15億円
参考文献[19]-[36]
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [19]1992年11月POSシステム、1993年7月EOSを導入
    • [25]1995年6月マーチャンダイジング強化のためリーダーの株式取得、同年9月ドン・キホーテに商号変更、1996年12月店頭登録
    • [26]1995年6月マーチャンダイジング強化のためリーダーの株式取得、同年9月ドン・キホーテに商号変更、1996年12月店頭登録
    • [34]1998年3月葛西店・環八世田谷店の開設で店舗数10店を達成
  • 日経ビジネス 1996年7月29日号
    • [20]店舗面積約600m²・2万点以上、10時〜深夜2時の16時間営業で売上の35%を夜8時以降の6時間で稼ぐ。府中・杉並でノウハウを蓄積し95年7月から8カ月で4店を出店
    • [21]店舗面積約600m²・2万点以上、10時〜深夜2時の16時間営業で売上の35%を夜8時以降の6時間で稼ぐ。府中・杉並でノウハウを蓄積し95年7月から8カ月で4店を出店
    • [22]店舗面積約600m²・2万点以上、10時〜深夜2時の16時間営業で売上の35%を夜8時以降の6時間で稼ぐ。府中・杉並でノウハウを蓄積し95年7月から8カ月で4店を出店
  • 証券アナリストジャーナル 1997年1月(安田隆夫社長講演)
    • [23]複合的商業集積への出店は大店法で営業時間に規制が出るのがネックだったと質疑で回答
    • [27]2000年までに売上500億円・経常利益35億円が目標、年4店程度の出店で2000年に約20店、首都圏を押さえてから全国展開(1997年1月の講演)
    • [28]2000年までに売上500億円・経常利益35億円が目標、年4店程度の出店で2000年に約20店、首都圏を押さえてから全国展開(1997年1月の講演)
    • [31]都心立地も考える、新宿・池袋・渋谷は夜中に顧客を集めなくてもそこにいる。NHK調査で午後10時の外出率が1980→1990年に各年齢層で上昇、核家族化・モータリゼーション等が背景
    • [32]都心立地も考える、新宿・池袋・渋谷は夜中に顧客を集めなくてもそこにいる。NHK調査で午後10時の外出率が1980→1990年に各年齢層で上昇、核家族化・モータリゼーション等が背景
    • [33]都心立地も考える、新宿・池袋・渋谷は夜中に顧客を集めなくてもそこにいる。NHK調査で午後10時の外出率が1980→1990年に各年齢層で上昇、核家族化・モータリゼーション等が背景
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [24]店舗の売場面積は1000m²未満で現行の大店法の規制は受けない(1999年)
  • 証券 1998年
    • [29]1998年6月19日東証二部上場、550千株公募。内部留保は事業拡大のための設備投資資金に充当する方針。本店は江戸川区北葛西
    • [30]1998年6月19日東証二部上場、550千株公募。内部留保は事業拡大のための設備投資資金に充当する方針。本店は江戸川区北葛西
  • 日経ビジネス 1999年3月22日号
    • [35]関東中心の13店は大半が10時〜深夜2時営業、新宿店は早朝8時までの20時間営業。98年6月期売上高245億円・経常利益15億円
    • [36]関東中心の13店は大半が10時〜深夜2時営業、新宿店は早朝8時までの20時間営業。98年6月期売上高245億円・経常利益15億円

1999年〜住民の反対を受けた深夜営業と、テレビ電話薬局の60日戦争

1999年6月に開業した五日市街道小金井公園店では、東京都の大規模小売店舗審議会の調整で閉店時刻が午後11時と決まった。ドン・キホーテは開業から1カ月で閉店を午前3時に繰り下げ、反発した周辺住民は7月から毎日店の前で抗議。安田隆夫氏は9月6日から閉店を午後11時に戻す一方、深夜営業をやめれば会社の存在価値がなくなるとして方針は変えないと明言した。この店には午後11時以降に1000人以上が来店していた。騒音や渋滞をめぐる住民との対立で、出店のペースは一時鈍った。2003年時点では出店前に住民へ十分に説明し、社員教育も徹底する手順を取っていた。深夜の需要を維持しながら地域との摩擦を抑える手順を、出店の前段に組み込んだ対応だった。

  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [37]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
    • [38]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
    • [39]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
    • [40]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
  • 日経ビジネス 2002年10月14日号
    • [41]1999年に深夜営業による騒音・渋滞で周辺住民とトラブル、一時的に出店ペースが鈍った
  • 日経ビジネス 2003年6月2日号
    • [42]近隣騒音で住民ともめた店があり、現在は出店前に住民へ十分説明し社員教育を徹底(2003年)

ドン・キホーテは2000年7月に東京証券取引所市場第一部に指定され、2002年6月に店舗数50店を達成した。2002年時点の営業組織は成沢潤治取締役と大原孝治取締役が率いる2つの本部に分かれ、人事交流を持たずに競い合った。2003年6月期末の70店でも、仕入れから価格設定、陳列までを店舗スタッフに委ねる方針を保った。2003年8月にはテレビ電話の先の薬剤師が応対する深夜の医薬品販売を始め、厚生労働省は薬事法違反の恐れを指摘した。9月1日からは23品目を小口で無料配布する方式に改め、特例販売業の許可申請も準備する。安田隆夫氏は2004年の年報で、夜中に急な用ができた客が安心して立ち寄れる店でありたいという考えが、この販売の出発点だったと述べた。

  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [43]2000年7月東証一部指定、2002年6月久留米店開設で店舗数50店を達成
  • 日経ビジネス 2002年10月14日号
    • [44]第一営業本部(成沢潤治取締役)と第二営業本部(大原孝治取締役)は人事交流を行わず競合(2002年)
  • ドン・キホーテ アニュアルレポート 2003
    • [45]当期末70店舗、スタッフに担当商品の仕入れから価格設定・陳列演出まで権限を委譲
  • 日経ビジネス 2003年10月6日号
    • [46]2003年8月からテレビ電話で薬剤師が遠隔対応する医薬品販売を開始、厚労省は薬事法違反の恐れと指摘。9月1日から23品目の無料配布に切替、特例販売業の許可申請を検討
    • [47]2003年8月からテレビ電話で薬剤師が遠隔対応する医薬品販売を開始、厚労省は薬事法違反の恐れと指摘。9月1日から23品目の無料配布に切替、特例販売業の許可申請を検討
  • ドン・キホーテ アニュアルレポート 2004(社長メッセージ)
    • [48]深夜営業の店舗は夜間の緊急時に頼れる存在であるべきとの考えからTV電話の医薬品販売が生まれ、規制緩和が認められた

2004年6月期末の店舗は18都道府県で93店となり、うち24店はその期の新規出店である。同年11月のピカソ港南台店の開設で、店舗数は100店に達した。安田隆夫氏は2004年8月、3年以内に売上高3000億円超、経常利益率7%超などを掲げる中期経営計画「7532計画」を発表する。規模の拡大を受けて、本部が商談だけを担い各店が仕入れを判断する一括商談を導入し、建築費や什器費の削減も進めた。2007年1月にホームセンターのドイトを子会社化し、同年10月には長崎屋と子会社7社を子会社化した。長崎屋は、食品への進出が遅れて衣料品に偏り、2000年2月に会社更生法の適用を申請した総合スーパーである。中型の深夜店では扱いにくい大型の売場と食品の客層を、再建途上の総合スーパーから得る狙いがあったと考えられる。

  • ドン・キホーテ アニュアルレポート 2004(社長メッセージ)
    • [49]2004年6月期末93店(うち新規24店)・18都道府県。2004年8月に7532計画(3年以内売上高3000億円超・経常利益率7%超等)を発表。一括商談の導入と建築費・什器費等のコストダウン
    • [51]2004年6月期末93店(うち新規24店)・18都道府県。2004年8月に7532計画(3年以内売上高3000億円超・経常利益率7%超等)を発表。一括商談の導入と建築費・什器費等のコストダウン
    • [52]2004年6月期末93店(うち新規24店)・18都道府県。2004年8月に7532計画(3年以内売上高3000億円超・経常利益率7%超等)を発表。一括商談の導入と建築費・什器費等のコストダウン
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [50]2004年11月ピカソ港南台店で100店達成、2007年1月ドイト及びDIYプロモーションの全株式を取得し子会社化
    • [53]2004年11月ピカソ港南台店で100店達成、2007年1月ドイト及びDIYプロモーションの全株式を取得し子会社化
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第28期(2008年6月期)沿革
    • [54]2007年10月株式会社長崎屋及び同子会社7社を取得し子会社化、グループ店舗数200店舗を達成
  • 日経ビジネス 2000年2月21日号
    • [55]長崎屋は2000年2月に会社更生法を申請、負債総額3800億円。食品への進出を怠り衣料品に特化していた
参考文献[37]-[55]
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
    • [37]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
    • [38]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
    • [39]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
    • [40]小金井公園店は大店審調整で午後11時閉店、開店1カ月で午前3時に変更、住民が7月から毎日抗議。9月6日から午後11時に戻すが深夜営業政策は変えない、11時以降1000人以上来店
  • 日経ビジネス 2002年10月14日号
    • [41]1999年に深夜営業による騒音・渋滞で周辺住民とトラブル、一時的に出店ペースが鈍った
    • [44]第一営業本部(成沢潤治取締役)と第二営業本部(大原孝治取締役)は人事交流を行わず競合(2002年)
  • 日経ビジネス 2003年6月2日号
    • [42]近隣騒音で住民ともめた店があり、現在は出店前に住民へ十分説明し社員教育を徹底(2003年)
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
    • [43]2000年7月東証一部指定、2002年6月久留米店開設で店舗数50店を達成
    • [50]2004年11月ピカソ港南台店で100店達成、2007年1月ドイト及びDIYプロモーションの全株式を取得し子会社化
    • [53]2004年11月ピカソ港南台店で100店達成、2007年1月ドイト及びDIYプロモーションの全株式を取得し子会社化
  • ドン・キホーテ アニュアルレポート 2003
    • [45]当期末70店舗、スタッフに担当商品の仕入れから価格設定・陳列演出まで権限を委譲
  • 日経ビジネス 2003年10月6日号
    • [46]2003年8月からテレビ電話で薬剤師が遠隔対応する医薬品販売を開始、厚労省は薬事法違反の恐れと指摘。9月1日から23品目の無料配布に切替、特例販売業の許可申請を検討
    • [47]2003年8月からテレビ電話で薬剤師が遠隔対応する医薬品販売を開始、厚労省は薬事法違反の恐れと指摘。9月1日から23品目の無料配布に切替、特例販売業の許可申請を検討
  • ドン・キホーテ アニュアルレポート 2004(社長メッセージ)
    • [48]深夜営業の店舗は夜間の緊急時に頼れる存在であるべきとの考えからTV電話の医薬品販売が生まれ、規制緩和が認められた
    • [49]2004年6月期末93店(うち新規24店)・18都道府県。2004年8月に7532計画(3年以内売上高3000億円超・経常利益率7%超等)を発表。一括商談の導入と建築費・什器費等のコストダウン
    • [51]2004年6月期末93店(うち新規24店)・18都道府県。2004年8月に7532計画(3年以内売上高3000億円超・経常利益率7%超等)を発表。一括商談の導入と建築費・什器費等のコストダウン
    • [52]2004年6月期末93店(うち新規24店)・18都道府県。2004年8月に7532計画(3年以内売上高3000億円超・経常利益率7%超等)を発表。一括商談の導入と建築費・什器費等のコストダウン
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第28期(2008年6月期)沿革
    • [54]2007年10月株式会社長崎屋及び同子会社7社を取得し子会社化、グループ店舗数200店舗を達成
  • 日経ビジネス 2000年2月21日号
    • [55]長崎屋は2000年2月に会社更生法を申請、負債総額3800億円。食品への進出を怠り衣料品に特化していた

1980年〜2007年の業績

決算期 区分 売上高 営業利益経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 億円 利益率 億円
1980年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1981年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1982年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1983年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1984年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1985年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1986年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1987年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1988年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1989年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1990年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1991年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1992年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1993年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1994年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1995年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1996年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1997年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1998年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1999年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2000年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2001年06月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a n/a
2002年06月期 連結 1,154 n/a n/a 77 6.7% 40 n/a
2003年06月期 連結 1,586 +37.4% n/a 102 6.4% 56 n/a
2004年06月期 連結 1,928 +21.6% n/a 126 6.5% 68 n/a
2005年06月期 連結 2,328 +20.7% n/a 128 5.5% 72 n/a
2006年06月期 連結 2,608 +12.0% 119 144 5.5% 107 n/a
2007年06月期 連結 3,007 +15.3% 136 158 5.3% 106 n/a

出典・参考

13件
出典・参考
  • ドン・キホーテ アニュアルレポート 2003
  • ドン・キホーテ アニュアルレポート 2004(社長メッセージ)
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第27期(2007年6月期)沿革
  • 株式会社ドン・キホーテ 有価証券報告書 第28期(2008年6月期)沿革
  • 日経ビジネス 1996年7月29日号
  • 証券アナリストジャーナル 1997年1月(安田隆夫社長講演)
  • 日経ビジネス 1999年3月22日号
  • 日経ビジネス 1999年9月6日号
  • 日経ビジネス 2000年2月21日号
  • 日経ビジネス 2002年10月14日号
  • 日経ビジネス 2003年6月2日号
  • 日経ビジネス 2003年10月6日号
  • 証券 1998年

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