第1章 年〜年

NTTドコモ:移動通信事業の営業譲受による発足と「iモード」の開始

1991年〜分離政策がつくった会社と、親会社から受け取った事業

1991年8月14日、日本電信電話の出資によってエヌ・ティ・ティ・移動通信企画が設立された。公正競争の促進を目的とした政府の措置に沿った分社であり、事業そのものは親会社が既に営んでいたものである。同年11月には北海道から九州までの八地域に移動通信企画を置き、1992年4月にエヌ・ティ・ティ移動通信網へ商号を改め、同年7月に日本電信電話から携帯・自動車電話、無線呼出、船舶電話、航空機公衆電話の営業を譲り受けて開業した。譲り受けたのは営業権だけではない。事業は親会社が積み上げてきた契約と設備の上に立っており、創業の元手にあたるものを、この会社は市場からではなく政策から受け取ったことになる。

  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1991年8月 日本電信電話㈱の出資によりエヌ・ティ・ティ・移動通信企画㈱を設立
    • [2]公正競争の促進を目的とした政府措置により日本電信電話から移動通信事業を分離して設立された
    • [3]1991年11月 北海道・東北・東海・北陸・関西・中国・四国・九州の各地域移動通信企画㈱8社を設立
    • [4]1992年4月 エヌ・ティ・ティ移動通信網㈱へ商号変更、同年7月 日本電信電話㈱より移動通信事業(携帯・自動車電話、無線呼出、船舶電話、航空機公衆電話)の営業譲受

全国を九つの会社に割る体制は、開業の翌年に整えられた。1993年4月に地域企画会社8社が各地域移動通信網へ商号を変え、同年7月にそれぞれの地域における携帯・自動車電話と無線呼出の営業を譲り受けている。同年10月にはエヌ・ティ・ティ中央移動通信を吸収合併し、あわせて地域の8社も各地域の移動通信会社と合併した。1998年に上場した時点でも、営業は全国九つのグループ会社が分担する形で続いていた。分けた理由は需要の違いではなく、地域ごとに事業者を置くという通信行政の枠組みにあった。網は全国で一つでありながら、それを運営する法人は九つに割れていた。

  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [5]1993年4月 地域企画会社8社が各地域移動通信網㈱へ商号変更、同年7月 各地域における移動通信事業(携帯・自動車電話、無線呼出)の営業譲渡
    • [6]1993年10月 エヌ・ティ・ティ中央移動通信㈱と合併、同時に地域ドコモ8社が各地域移動通信㈱と合併
  • 証券 1998年12月号
    • [7]1998年時点で全国を九つのグループ会社で営業を行っていた

競争は分離の直後に始まった。携帯電話のシェアは、1993年度末の62%から2、3年のうちに48%まで14ポイント下がっている。同じ市場には日本移動通信とセルラー系各社が入り、契約の奪い合いが起きていた。シェアが急落したとき、会社が選んだのは値引きではなく設備だった。『シェア回復につながる投資ではなく、ネットワークを充実させる設備投資を着々と続けたのが幸いしました』。回線が切れにくくなって通話品質が高まった結果シェアは戻り、1998年末には5割を超えている。値引きの効き目ではなく、かけたいときにつながるかという通信の基本で優位を取り直したことになる。

  • 日経ビジネス 1999年3月8日号
    • [8]1993年度末に62%あった携帯電話のシェアが2、3年で48%まで14ポイント低下した
    • [10]1998年末時点でNTTドコモの携帯電話シェアは50%を超えていた
  • 日経ビジネス 1994年2月7日号
    • [9]移動体通信では日本移動通信(IDO)とセルラー系各社が競合していた
参考文献[1]-[10]
  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1991年8月 日本電信電話㈱の出資によりエヌ・ティ・ティ・移動通信企画㈱を設立
    • [2]公正競争の促進を目的とした政府措置により日本電信電話から移動通信事業を分離して設立された
    • [3]1991年11月 北海道・東北・東海・北陸・関西・中国・四国・九州の各地域移動通信企画㈱8社を設立
    • [4]1992年4月 エヌ・ティ・ティ移動通信網㈱へ商号変更、同年7月 日本電信電話㈱より移動通信事業(携帯・自動車電話、無線呼出、船舶電話、航空機公衆電話)の営業譲受
    • [5]1993年4月 地域企画会社8社が各地域移動通信網㈱へ商号変更、同年7月 各地域における移動通信事業(携帯・自動車電話、無線呼出)の営業譲渡
    • [6]1993年10月 エヌ・ティ・ティ中央移動通信㈱と合併、同時に地域ドコモ8社が各地域移動通信㈱と合併
  • 証券 1998年12月号
    • [7]1998年時点で全国を九つのグループ会社で営業を行っていた
  • 日経ビジネス 1999年3月8日号
    • [8]1993年度末に62%あった携帯電話のシェアが2、3年で48%まで14ポイント低下した
    • [10]1998年末時点でNTTドコモの携帯電話シェアは50%を超えていた
  • 日経ビジネス 1994年2月7日号
    • [9]移動体通信では日本移動通信(IDO)とセルラー系各社が競合していた

1994年〜端末のレンタルから販売へ移行した売り切り制

端末を貸す商売から売る商売へ移ったのは1994年4月である。会社は同月、携帯・自動車電話の「端末お買上げ制度」を導入している。移動電話の自由化にあわせて新規加入料は4万5,000円前後から1万円程度へ下げられ、月額基本料も引き下げられた。アナログ方式では、この会社の基本料が月額1万6,000円から9,500円になり、日本移動通信とセルラー系各社は8,500円とした。入口の負担を薄くしたことで、事業者各社の1994年度の新規加入見込みは合計80万から90万台に達し、前年度予想の35万台の2倍を超えた。

  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1994年4月 携帯・自動車電話「端末お買上げ制度」を導入
  • 日経ビジネス 1994年2月7日号
    • [12]移動電話自由化による1994年4月からの端末売り切り制導入に伴い、新規加入料を4万5,000円前後から1万円程度へ値下げ、月額基本料金も引き下げ
    • [13]アナログ方式の月額基本料はNTT移動通信網が1万6,000円から9,500円へ、日本移動通信とセルラー系各社は8,500円へ
    • [14]各社の1994年度新規加入見込みの合計は80万〜90万台で、1993年度予想の35万台の2倍以上

売り切り制は、通信料とは別の売上を会社に与えた。1998年3月期の単体の営業収益1兆2,759億円のうち、電気通信事業が1兆176億円で79.8%、携帯電話機器やポケットベル機器の販売などの附帯事業が2,583億円で20.2%を占めている。電話サービスだけを取り出すと8,783億円で、全体の68.9%にあたる。端末は販売代理店を通じて売られ、会社は代理店へ手数料を支払っており、その一要素が端末販売奨励金だった。のちに会社自身が、奨励金による安価な端末の販売は成長期の契約者拡大に適した仕組みだったと書いている。売上の5分の1が端末から立つ構造は、契約を取るための費用をそのまま売上の形で抱える構造でもあった。

  • 証券 1998年12月号
    • [15]1998年3月期の単体営業収益1,275,955百万円の内訳は電気通信事業1,017,608百万円(79.8%)、附帯事業258,347百万円(20.2%)
    • [16]1998年3月期の電話サービス(携帯・自動車電話、船舶電話、航空機電話)の営業収益は878,325百万円で構成比68.9%
  • NTTドコモ 有価証券報告書【対処すべき課題】(2009年3月期)
    • [17]端末販売奨励金は代理店に支払う手数料の一要素であった
    • [18]端末販売奨励金による安価な端末の販売を通じた契約者の獲得は成長期における契約者の拡大に適したビジネスモデルであった

契約は積み上がるものであり、積み上がった分だけ基本料と通話料が毎月立つ。携帯電話の加入者数は1995年度に1,000万を超え、その後も年に1,000万ずつ増えていった。1998年度末に累計4,000万を超えることは、1999年初めの時点で確実視されていた。連結の営業収益は1996年3月期の1兆2,371億円から1997年3月期に1兆9,628億円、1998年3月期に2兆6,261億円へ伸び、経常利益は766億円から3,116億円になった。1999年3月期は営業収益3兆60億円、経常利益2,820億円が利益計画に置かれていた。1998年3月末の携帯・自動車電話の契約者数はグループ全体で2,000万を超え、この時点で世界最大の移動通信会社グループとなっていた。

  • 日経ビジネス 1999年3月8日号
    • [19]携帯電話の加入者数は1995年度に1,000万を超え、その後も年間1,000万ずつ増加した
    • [20]1998年度末に携帯電話の累計加入者数が4,000万を超えることは確実との社長発言
  • 証券 1998年12月号
    • [21]連結営業収益は1996年3月期1,237,176百万円、1997年3月期1,962,850百万円、1998年3月期2,626,119百万円。連結経常利益は76,658百万円から311,640百万円へ
    • [22]1999年3月期の連結予想は営業収益3,006,000百万円、経常利益282,000百万円(利益計画による)
    • [23]携帯・自動車電話サービスの契約者数は2,000万を超えて増加を続けており、世界最大の移動通信会社グループであった
参考文献[11]-[23]
  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [11]1994年4月 携帯・自動車電話「端末お買上げ制度」を導入
  • 日経ビジネス 1994年2月7日号
    • [12]移動電話自由化による1994年4月からの端末売り切り制導入に伴い、新規加入料を4万5,000円前後から1万円程度へ値下げ、月額基本料金も引き下げ
    • [13]アナログ方式の月額基本料はNTT移動通信網が1万6,000円から9,500円へ、日本移動通信とセルラー系各社は8,500円へ
    • [14]各社の1994年度新規加入見込みの合計は80万〜90万台で、1993年度予想の35万台の2倍以上
  • 証券 1998年12月号
    • [15]1998年3月期の単体営業収益1,275,955百万円の内訳は電気通信事業1,017,608百万円(79.8%)、附帯事業258,347百万円(20.2%)
    • [16]1998年3月期の電話サービス(携帯・自動車電話、船舶電話、航空機電話)の営業収益は878,325百万円で構成比68.9%
    • [21]連結営業収益は1996年3月期1,237,176百万円、1997年3月期1,962,850百万円、1998年3月期2,626,119百万円。連結経常利益は76,658百万円から311,640百万円へ
    • [22]1999年3月期の連結予想は営業収益3,006,000百万円、経常利益282,000百万円(利益計画による)
    • [23]携帯・自動車電話サービスの契約者数は2,000万を超えて増加を続けており、世界最大の移動通信会社グループであった
  • NTTドコモ 有価証券報告書【対処すべき課題】(2009年3月期)
    • [17]端末販売奨励金は代理店に支払う手数料の一要素であった
    • [18]端末販売奨励金による安価な端末の販売を通じた契約者の獲得は成長期における契約者の拡大に適したビジネスモデルであった
  • 日経ビジネス 1999年3月8日号
    • [19]携帯電話の加入者数は1995年度に1,000万を超え、その後も年間1,000万ずつ増加した
    • [20]1998年度末に携帯電話の累計加入者数が4,000万を超えることは確実との社長発言

1998年〜上場とiモードが定めた網の上を自社で掌握する設計

1998年10月22日、東京証券取引所市場第一部に上場した。公募・売出価格は1株390万円、上場時の発行済株式総数は1,915,200株だった。ただし支配の所在は動いていない。上場直前の同年8月17日時点で日本電信電話が1,503,720株、発行済株式総数の94.68%を保有しており、1999年7月に親会社が純粋持株会社体制へ移ったあとも出資比率は67%だった。市場に出た株式は少なく、2001年時点の流動性は4%以下とみられていた。資金は市場から取り、決定権は親会社に残す。上場はこの会社にとって資金調達の手段であって、独立の手続きではなかった。

  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [24]1998年10月 東京証券取引所市場第一部に上場
  • 証券 1998年12月号
    • [25]公募・売出価格390万円、上場時の発行済株式総数1,915,200株
    • [26]1998年8月17日現在の大株主は日本電信電話㈱1,503,720株・94.68%
  • 日経ビジネス 2000年4月24日号
    • [27]日本電信電話のNTTドコモに対する出資比率は67%
  • 日経ビジネス 2001年4月2日号
    • [28]日本電信電話の保有によりNTTドコモ株の流動性は4%以下にとどまっていた

1999年2月に始まった「iモード」は、回線を貸す商売の上に、何を載せるかを自社で決める層を重ねたものだった。前提にあったのは1997年3月に始めたパケット通信で、送った情報量に応じて課金する仕組みがあって初めて、つなぎっぱなしで使う料金が成り立つ。海外ではパケット通信網が整備されておらず、情報量に応じた安価な料金で使えるというiモードの魅力を生かせなかった。サービスは1年余りで600万人近くを集めた。会社にとってiモードは次世代サービスの前段にあたり、音声以外のやり取りが支持を得ることの確認でもあった。上に載せる層の強さは、その下にある自社の網の作りに縛られていた。

  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [29]1999年2月 「iモード」サービスの開始
    • [30]1997年3月 パケット通信サービスの開始
  • 日経ビジネス 2000年4月24日号
    • [31]海外ではパケット通信網が整備されていないため、情報量に応じた安価な料金で済むというiモードの魅力を生かせないとの社長発言
    • [32]iモードは1年余りで600万人近い利用者を集めた
    • [33]iモードは次世代携帯電話のリハーサルの目的もあり、音声以外のデータのやり取りが利用者の支持を得られることが分かったとの社長発言

設備の元手は二方向から来ていた。会社は2001年2月、1兆円規模の公募増資を行った。株価が1年前の半値に落ちていたこともあり、なぜこの時期なのかと疑う投資家もいた。もっとも、事業のもう一つの元手である周波数は市場調達に頼っておらず、欧米の携帯電話会社が落札におよそ1兆円を投じたのに対し、この会社は国内で事実上無償の割り当てを受けていた。2001年5月に試験サービスとして始まった第3世代の「FOMA」は、10月に本格サービスへ移った。需要が育たないうちに設備投資を先行させれば過剰設備を招くという見方も出るなか、立川社長は1番手にこだわり抜く姿勢を示した。

  • 日経ビジネス 2001年4月2日号
    • [34]2001年2月に1兆円規模の公募増資を実施
    • [35]株価は1年前と比べて半値の水準で、投資家から増資時期への疑問が出ていた
    • [36]欧米の携帯電話会社は電波の落札に1兆円近い資金を費やしたが、NTTドコモは周波数を日本で事実上無償で割り当てられた
    • [38]次世代携帯電話で1番手にこだわるとの社長発言に対し、需要のないまま新サービスに踏み切れば過剰設備を積み増すとの指摘があった
  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [37]2001年5月 「FOMA」試験サービスの開始、同年10月 「FOMA」本格サービスの開始
参考文献[24]-[38]
  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
    • [24]1998年10月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [29]1999年2月 「iモード」サービスの開始
    • [30]1997年3月 パケット通信サービスの開始
    • [37]2001年5月 「FOMA」試験サービスの開始、同年10月 「FOMA」本格サービスの開始
  • 証券 1998年12月号
    • [25]公募・売出価格390万円、上場時の発行済株式総数1,915,200株
    • [26]1998年8月17日現在の大株主は日本電信電話㈱1,503,720株・94.68%
  • 日経ビジネス 2000年4月24日号
    • [27]日本電信電話のNTTドコモに対する出資比率は67%
    • [31]海外ではパケット通信網が整備されていないため、情報量に応じた安価な料金で済むというiモードの魅力を生かせないとの社長発言
    • [32]iモードは1年余りで600万人近い利用者を集めた
    • [33]iモードは次世代携帯電話のリハーサルの目的もあり、音声以外のデータのやり取りが利用者の支持を得られることが分かったとの社長発言
  • 日経ビジネス 2001年4月2日号
    • [28]日本電信電話の保有によりNTTドコモ株の流動性は4%以下にとどまっていた
    • [34]2001年2月に1兆円規模の公募増資を実施
    • [35]株価は1年前と比べて半値の水準で、投資家から増資時期への疑問が出ていた
    • [36]欧米の携帯電話会社は電波の落札に1兆円近い資金を費やしたが、NTTドコモは周波数を日本で事実上無償で割り当てられた
    • [38]次世代携帯電話で1番手にこだわるとの社長発言に対し、需要のないまま新サービスに踏み切れば過剰設備を積み増すとの指摘があった

出典・参考

7件
出典・参考
  • NTTドコモ 有価証券報告書【対処すべき課題】(2009年3月期)
  • NTTドコモ 有価証券報告書【沿革】
  • 日経ビジネス 1994年2月7日号
  • 証券 1998年12月号
  • 日経ビジネス 1999年3月8日号
  • 日経ビジネス 2000年4月24日号
  • 日経ビジネス 2001年4月2日号

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