市川忍

丸紅・元高島屋飯田を合併し丸紅飯田へ商号変更

Ichikawa Shinobu(敬称略)

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社長就任 1949年12月
生年月日 1897年1月1日
学歴 神戸高等商業学校
出自 大建産業
社長就任までの出自
出自

1919年に伊藤忠商事へ入社し、1941年9月には丸紅商店と伊藤忠商事が合併した三興の専務を務めた。両社の源流は1858年に初代伊藤忠兵衛が大阪で始めた麻布の持下り商いにあり、1918年に二代伊藤忠兵衛のもとで伊藤忠商事と丸紅商店が分離した。1949年の過度経済力集中排除法で大建産業は丸紅・伊藤忠商事・呉羽紡績・尼崎製釘所の4社に分割され、市川氏は伊藤忠の小菅氏と商事部門の財産分けを直接交渉した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1949年12月、大建産業の第二会社として発足した丸紅株式会社の初代社長に就任した。分割交渉で丸紅は綿ののれんを伊藤忠商事へ譲り、綿以外の商材を受け持つ条件で再出発した。1950年4月に東京証券取引所へ株式を上場した。三興の専務として合併会社の経営を見た経歴が、分割後の丸紅を託す判断につながったとみられる。

在任中の主な施策
施策

1955年2月に高島屋飯田を吸収し、羊毛と機械・金属の商権を取り込んだ。同年9月に商号を丸紅飯田へ改めた。1956年には売上高の3分の2を繊維が占める収益構造からの脱却を掲げた。1961年半期の非繊維売上高は丸紅1700億円に対し伊藤忠商事1306億円で、400億円の差がついた。1963年3月期の売上高は7640億円、経常利益は31億円だった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1897〜1964年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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