第1章 年〜年

ユナイテッドアローズ:ビームスからの独立とセレクト編集型SPAの確立

1989年〜運営代行の売場で始め渋谷店を第1号店とした創業と、原宿本店への本社移転

1989年10月、重松理氏は東京都渋谷区神宮前二丁目に資本金5,000万円で株式会社ユナイテッドアローズを設立し、代表取締役社長に就任した。重松理氏は1982年5月、ビームスの設立に常務取締役として参加した経歴を持つ。ビームス出身の岩城哲哉氏・水野谷弘一氏・栗野宏文氏も、設立と同時に役員に就任した。設立の目的に掲げたのは、日本人の新しい生活・文化スタイルの規範を提案・創造して社会に貢献することである。アパレル企業のワールドは2000年3月末時点で株式の26.6%を保有し、ワールド代表取締役の畑崎廣敏氏も1996年4月から取締役を務めた。重松理氏の独立は、ファッションを入口に生活全体を提案する店を自らの経営で形にする試みだったとみられる。

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [1]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
    • [2]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
    • [3]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
    • [5]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [4]1989年10月、日本人の新たな生活・文化スタイルの規範を提案・創造し社会に貢献することを目的に設立

1990年7月、ユナイテッドアローズは東京都渋谷区神宮前六丁目に、業態の第1号店となる渋谷店を開店した。それに先立つ1989年11月には、パリのブティック「マリナ・ド・ブルボン」の国内店舗の運営代行を受託し、神宮前二丁目に最初の売場を設けた。重松理氏が企業コンセプトに据えたのは、百貨店の10分の1の商材でファッションに特化して生活を提案する「専門10貨店」である。創業当初は衣食住の全般に品ぞろえを広げたものの成果が出ず、ファッション以外へは参入しない方針に改めた。渋谷店の開店後は、1990年11月に福岡、1991年7月に名古屋へ出店して全国展開に着手した。創業期の失敗が、扱う領域をファッションに絞る規律を生んだのだろう。

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [6]1989年11月 マリナ・ド・ブルボンの国内店舗運営代行を開始し神宮前二丁目に第1号店(1995年3月終了)。1990年7月 神宮前六丁目にUA第1号店渋谷店。1990年11月福岡、1991年7月名古屋に出店
    • [7]1989年11月 マリナ・ド・ブルボンの国内店舗運営代行を開始し神宮前二丁目に第1号店(1995年3月終了)。1990年7月 神宮前六丁目にUA第1号店渋谷店。1990年11月福岡、1991年7月名古屋に出店
    • [10]1989年11月 マリナ・ド・ブルボンの国内店舗運営代行を開始し神宮前二丁目に第1号店(1995年3月終了)。1990年7月 神宮前六丁目にUA第1号店渋谷店。1990年11月福岡、1991年7月名古屋に出店
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [8]企業コンセプト「専門10貨店」(百貨店の1/10の商材でライフスタイル提案)。創業当初は衣食住全般に事業を拡大したが失敗し、ファッション以外に参入する計画はない
    • [9]企業コンセプト「専門10貨店」(百貨店の1/10の商材でライフスタイル提案)。創業当初は衣食住全般に事業を拡大したが失敗し、ファッション以外に参入する計画はない

1992年10月、ユナイテッドアローズは東京都渋谷区神宮前三丁目にフラッグシップとなる原宿本店を開店し、本店と本社を同所に移した。2001年の年次報告書も、原宿本店を旗艦店として開店した1992年10月を沿革の節目に挙げている。同じ1992年9月には、神戸市中央区にブルーレーベル神戸店を開店した。1996年3月には、実験店舗であるUAラボの第1号「W-SHOCK」を原宿本店ANNEX内に開設。売上高は1996年3月期に6,244,513千円となり、1998年3月期には9,662,121千円に達した。本社を旗艦店に置いたことで、店頭の売れ行きを本部が日々確かめながら次のレーベルを試す体制が整ったと考えられる。

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [11]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
    • [13]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
    • [14]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
    • [15]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2001
    • [12]Oct. 1992 Opened UNITED ARROWS Harajuku Store as the flagship store(沿革)
参考文献[1]-[15]
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [1]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
    • [2]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
    • [3]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
    • [5]1989年10月 神宮前二丁目32番4号に資本金5,000万円で設立。重松理は1982年5月ビームス設立時の常務取締役、1989年10月に代表取締役社長。岩城哲哉・水野谷弘一・栗野宏文はビームス出身で1989年10月に専務・常務。ワールドが26.6%保有、畑崎廣敏(ワールド代表取締役)が1996年4月から取締役
    • [6]1989年11月 マリナ・ド・ブルボンの国内店舗運営代行を開始し神宮前二丁目に第1号店(1995年3月終了)。1990年7月 神宮前六丁目にUA第1号店渋谷店。1990年11月福岡、1991年7月名古屋に出店
    • [7]1989年11月 マリナ・ド・ブルボンの国内店舗運営代行を開始し神宮前二丁目に第1号店(1995年3月終了)。1990年7月 神宮前六丁目にUA第1号店渋谷店。1990年11月福岡、1991年7月名古屋に出店
    • [10]1989年11月 マリナ・ド・ブルボンの国内店舗運営代行を開始し神宮前二丁目に第1号店(1995年3月終了)。1990年7月 神宮前六丁目にUA第1号店渋谷店。1990年11月福岡、1991年7月名古屋に出店
    • [11]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
    • [13]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
    • [14]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
    • [15]1992年10月 神宮前三丁目に原宿本店をフラッグシップとして開店し本店・本社を移転。1992年9月ブルーレーベル神戸店。1996年3月UAラボ1号W-SHOCKを原宿本店ANNEX内に開設。売上高 1996年3月期6,244,513千円、1998年3月期9,662,121千円
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [4]1989年10月、日本人の新たな生活・文化スタイルの規範を提案・創造し社会に貢献することを目的に設立
    • [8]企業コンセプト「専門10貨店」(百貨店の1/10の商材でライフスタイル提案)。創業当初は衣食住全般に事業を拡大したが失敗し、ファッション以外に参入する計画はない
    • [9]企業コンセプト「専門10貨店」(百貨店の1/10の商材でライフスタイル提案)。創業当初は衣食住全般に事業を拡大したが失敗し、ファッション以外に参入する計画はない
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2001
    • [12]Oct. 1992 Opened UNITED ARROWS Harajuku Store as the flagship store(沿革)

1998年〜エスレフルとの合併で整えた店頭登録と、6〜7割の値で出したグリーンレーベル

1998年4月、ユナイテッドアローズは株式額面を50,000円から500円に改めるため、株式会社エスレフルと合併した。合併後も旧ユナイテッドアローズが実質上の存続会社であり、1998年8月には500円額面株式1株を50円額面株式10株に分割している。1998年9月には新株引受権の行使で430,000株を発行し、1999年3月にも1株を3株に分割。資本金は1998年3月期の218百万円から、1999年3月期に352百万円となった。1998年7月には神宮前三丁目に本社ビルを竣工し、本社を移している。額面の変更と2度の株式分割は、店頭登録に向けて流通する株式の単位を整える手当てであったと解される。

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [16]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
    • [17]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
    • [18]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
    • [20]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
  • ユナイテッドアローズ 決算説明会補足資料(2001年4月)
    • [19]資本金 1998年3月期218百万円、1999年3月期352百万円

1999年7月、ユナイテッドアローズは日本証券業協会に株式を店頭登録し、同月30日に公募新株式900,000株を発行した。資本金は2000年3月期に3,030,000千円となり、自己資本比率は前期の38.5%から75.9%に上がった。2000年3月期の投資活動によるキャッシュ・フローは△4,898,158千円である。1999年12月には、店舗の自己所有で営業基盤を強化するため、ワールドから賃借していた原宿本店の土地と建物を取得した。商品面で掲げたのは自主企画商品を50%以上持つ「SELECT編集型SPA」であり、その比率は最大60%まで高める計画である。公開で得た資金は、旗艦店の保有と自主企画の拡大の双方に充当されたと推察される。

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [21]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
    • [22]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
    • [23]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
    • [24]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [25]自主企画商品を50%以上持つ「SELECT編集型SPA」を標榜し、自主企画商品を最大60%まで拡大する計画

1999年9月、ユナイテッドアローズはルミネ新宿内にグリーンレーベル リラクシング新宿店を開店し、新業態の本格出店を始めた。重松理氏の説明では、既存業態は価格帯が高く、結婚や育児を迎えた年代の客が他社へ流れる傾向にある。新業態は既存業態の60〜70%の価格帯とし、向こう5年間で24店舗を出す計画を立てた。前年の1998年8月には、次代の主力業態を育てる目的でUAラボとして神宮前三丁目に試験店を開設した。新業態の品ぞろえは、自主企画商品が75%を占める。2000年の年次報告書も、手頃な価格と幅広いサイズを新業態の特徴に挙げた。客層の年齢に合わせて業態を分けたことで、ユナイテッドアローズ業態は20〜25歳の中心客層を動かさずに済んだと思われる。

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [26]1998年8月 次代の主力業態育成を目的にGREEN LABEL RELAXINGをUAラボとして神宮前三丁目に開設。1999年9月 ルミネ新宿にGLR新宿店(町田店も)を開店し本格出店。自主企画商品75%
    • [29]1998年8月 次代の主力業態育成を目的にGREEN LABEL RELAXINGをUAラボとして神宮前三丁目に開設。1999年9月 ルミネ新宿にGLR新宿店(町田店も)を開店し本格出店。自主企画商品75%
    • [30]1998年8月 次代の主力業態育成を目的にGREEN LABEL RELAXINGをUAラボとして神宮前三丁目に開設。1999年9月 ルミネ新宿にGLR新宿店(町田店も)を開店し本格出店。自主企画商品75%
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [27]既存業態は価格帯が高く結婚・育児期の顧客が他社に流れるため、既存業態の60〜70%の価格帯の新業態を考案。5年で24店舗。UA業態の中心顧客は20〜25歳
    • [28]既存業態は価格帯が高く結婚・育児期の顧客が他社に流れるため、既存業態の60〜70%の価格帯の新業態を考案。5年で24店舗。UA業態の中心顧客は20〜25歳
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2000
    • [31]Green Label Relaxing:fashionable, wide range of sizes, priced reasonably、品ぞろえの約4分の3がオリジナル
参考文献[16]-[31]
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [16]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
    • [17]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
    • [18]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
    • [20]1998年4月1日 額面50,000円→500円のためエスレフルと合併(旧UAが実質上の存続会社)。1998年8月1日 1株→10株(50円額面)、1998年9月30日 新株引受権行使で430,000株、1999年3月25日 1株→3株。1998年7月 神宮前三丁目に本社ビル竣工
    • [21]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
    • [22]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
    • [23]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
    • [24]1999年7月 店頭登録、7月30日公募新株式900,000株。資本金3,030,000千円(2000年3月期)、自己資本比率38.5%→75.9%、投資CF△4,898,158千円。1999年12月 営業基盤強化のためワールドから原宿本店(神宮前三丁目)の土地・建物を取得
    • [26]1998年8月 次代の主力業態育成を目的にGREEN LABEL RELAXINGをUAラボとして神宮前三丁目に開設。1999年9月 ルミネ新宿にGLR新宿店(町田店も)を開店し本格出店。自主企画商品75%
    • [29]1998年8月 次代の主力業態育成を目的にGREEN LABEL RELAXINGをUAラボとして神宮前三丁目に開設。1999年9月 ルミネ新宿にGLR新宿店(町田店も)を開店し本格出店。自主企画商品75%
    • [30]1998年8月 次代の主力業態育成を目的にGREEN LABEL RELAXINGをUAラボとして神宮前三丁目に開設。1999年9月 ルミネ新宿にGLR新宿店(町田店も)を開店し本格出店。自主企画商品75%
  • ユナイテッドアローズ 決算説明会補足資料(2001年4月)
    • [19]資本金 1998年3月期218百万円、1999年3月期352百万円
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [25]自主企画商品を50%以上持つ「SELECT編集型SPA」を標榜し、自主企画商品を最大60%まで拡大する計画
    • [27]既存業態は価格帯が高く結婚・育児期の顧客が他社に流れるため、既存業態の60〜70%の価格帯の新業態を考案。5年で24店舗。UA業態の中心顧客は20〜25歳
    • [28]既存業態は価格帯が高く結婚・育児期の顧客が他社に流れるため、既存業態の60〜70%の価格帯の新業態を考案。5年で24店舗。UA業態の中心顧客は20〜25歳
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2000
    • [31]Green Label Relaxing:fashionable, wide range of sizes, priced reasonably、品ぞろえの約4分の3がオリジナル

1999年〜6年半の試験販売を経たクロムハーツ業態と、神宮前二丁目への本社集約

1999年12月、ユナイテッドアローズは東京都港区南青山一丁目にCHROME HEARTS TOKYOを開店した。シルバーアクセサリーと皮革製品を中心とする米国ブランドを、この開店で一つの業態として本格展開し始めた。重松理氏によれば、6年半のテストマーケティングの間に、15坪のUAラボが年間8億円を売り上げた。この実績をもとにした計画は、毎年1店舗のペースで全国に8店舗を出し、最終的に200億円の規模まで育てるものである。2001年1月には2店目のCHROME HEARTS OSAKAを開店し、2001年の年次報告書では出店の速度を2年に1店舗とした。2001年3月期のクロムハーツ業態の売上高は1,461百万円。小さな売場での長い試験販売が、出店の判断を数字で裏づける手順として機能したようだ。

  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [32]1999年12月 南青山一丁目にCHROME HEARTS TOKYOを開店し業態の本格展開。クロムハーツはシルバーアクセサリーと皮製品中心の米国ブランド
    • [33]1999年12月 南青山一丁目にCHROME HEARTS TOKYOを開店し業態の本格展開。クロムハーツはシルバーアクセサリーと皮製品中心の米国ブランド
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [34]6年半のテストマーケティングで15坪のUAラボが年間売上高8億円。毎年1店舗で全国8店舗、最終的に200億円規模の計画
    • [35]6年半のテストマーケティングで15坪のUAラボが年間売上高8億円。毎年1店舗で全国8店舗、最終的に200億円規模の計画
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2001
    • [36]Jan. 2001 CHROME HEARTS OSAKA 開店。今後は2年に1店舗の速度で主要都市に出店
  • ユナイテッドアローズ 決算説明会補足資料(2001年4月)
    • [37]CHROME HEARTS 業態売上高 2001年3月期1,461百万円(TOKYO 1,333・OSAKA 128)

2001年2月、ユナイテッドアローズは本社機能を1カ所に集約するため、本社を東京都渋谷区神宮前二丁目31番12号に移した。店舗は2000年3月末に、ユナイテッドアローズ業態20店舗、グリーンレーベル リラクシング業態3店舗、クロムハーツ業態1店舗となった。重松理氏の考えは、どの業態も出店数を24以内にとどめ、小さなチェーンの規模で運営するというものである。2001年6月14日の取締役会では、旧本社の土地・建物・構築物を売却する決議をした。2001年3月期の営業利益は1,631百万円で前期比68.6%にとどまり、売上高に対する販管費の比率は41.5%から44.3%に上がった。複数の業態を一つの本部で回す体制が、東証への上場とレーベルの多重化に進む次の段階の前提になったと推測される。

  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2001
    • [38]Feb. 2001 全本社機能を一か所にまとめるため新住所へ移転(Headquarters 2-31-12 Jingumae)。2001年6月14日 旧本社ビルの土地・建物・構築物の売却を取締役会決議
    • [41]Feb. 2001 全本社機能を一か所にまとめるため新住所へ移転(Headquarters 2-31-12 Jingumae)。2001年6月14日 旧本社ビルの土地・建物・構築物の売却を取締役会決議
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [39]2000年3月末 UA業態20店舗、GLR業態3店舗、CH業態1店舗。全業態を24店舗以内のミニチェーンに抑える方針
    • [40]2000年3月末 UA業態20店舗、GLR業態3店舗、CH業態1店舗。全業態を24店舗以内のミニチェーンに抑える方針
  • ユナイテッドアローズ 決算説明会補足資料(2001年4月)
    • [42]営業利益 2001年3月期1,631百万円(前期比68.6%)、販管費比率 2000年3月期41.5%→2001年3月期44.3%
参考文献[32]-[42]
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
    • [32]1999年12月 南青山一丁目にCHROME HEARTS TOKYOを開店し業態の本格展開。クロムハーツはシルバーアクセサリーと皮製品中心の米国ブランド
    • [33]1999年12月 南青山一丁目にCHROME HEARTS TOKYOを開店し業態の本格展開。クロムハーツはシルバーアクセサリーと皮製品中心の米国ブランド
    • [39]2000年3月末 UA業態20店舗、GLR業態3店舗、CH業態1店舗。全業態を24店舗以内のミニチェーンに抑える方針
    • [40]2000年3月末 UA業態20店舗、GLR業態3店舗、CH業態1店舗。全業態を24店舗以内のミニチェーンに抑える方針
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
    • [34]6年半のテストマーケティングで15坪のUAラボが年間売上高8億円。毎年1店舗で全国8店舗、最終的に200億円規模の計画
    • [35]6年半のテストマーケティングで15坪のUAラボが年間売上高8億円。毎年1店舗で全国8店舗、最終的に200億円規模の計画
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2001
    • [36]Jan. 2001 CHROME HEARTS OSAKA 開店。今後は2年に1店舗の速度で主要都市に出店
    • [38]Feb. 2001 全本社機能を一か所にまとめるため新住所へ移転(Headquarters 2-31-12 Jingumae)。2001年6月14日 旧本社ビルの土地・建物・構築物の売却を取締役会決議
    • [41]Feb. 2001 全本社機能を一か所にまとめるため新住所へ移転(Headquarters 2-31-12 Jingumae)。2001年6月14日 旧本社ビルの土地・建物・構築物の売却を取締役会決議
  • ユナイテッドアローズ 決算説明会補足資料(2001年4月)
    • [37]CHROME HEARTS 業態売上高 2001年3月期1,461百万円(TOKYO 1,333・OSAKA 128)
    • [42]営業利益 2001年3月期1,631百万円(前期比68.6%)、販管費比率 2000年3月期41.5%→2001年3月期44.3%

出典・参考

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出典・参考
  • ユナイテッドアローズ 有価証券報告書(1999年4月)
  • ユナイテッドアローズ 決算説明会補足資料(2001年4月)
  • 証券アナリストジャーナル 別冊付録「企業」1999年8月 重松理「ユナイテッドアローズ」
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2000
  • ユナイテッドアローズ ANNUAL REPORT 2001

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