コーセーホールディングス:協約販売制度による小林コーセーの化粧品事業の創業
1946年〜小売店から先に資金を調達した協約販売制度
コーセーは、1946年3月に小林孝三郎氏が東京都北区王子に設立した小林合名会社に始まる。敗戦の焦土で国民が生活不安に怯えていた時期に、小林氏は化粧品が人々の心を明るくし、復興の一助を担うと考えて創業した。資金の裏づけを持たなかった小林氏は、小売店から先に協約金を受け取ってから商品を配給する協約販売制度をつくり、全国の小売店に声をかけて回った。わずかな商品でも荷づくりし、運賃を負担して物資のない地方の小売店へ1軒ずつ送った。1948年6月には会社組織を変更し、株式会社小林コーセーを設立した。
- コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1946年3月に小林孝三郎が東京都北区王子に小林合名会社を設立
- [5]1948年6月に会社組織を変更し株式会社小林コーセーを設立
- KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
- [2]小林孝三郎は化粧品が復興の一助を担うと考えて創業した
- [3]小売店から先に協約金を受け取って商品を配給する協約販売制度をつくった
- [4]わずかな商品でも荷づくりし運賃を負担して地方の小売店へ1軒ずつ送った
1951年11月には販売部門を分離してコーセー商事を設立し、製造と販売を別の会社に置いた。同じ年に発売した"パーライトスキン"は、結晶ができない機能を備え、長く売れる商品になった。当時は品物さえあれば売れた時代で、粗悪品も出回っていた。小林氏は品質に見合わない価格で売られる状況を憂い、原料と香料はできる限り高品質のものを選んだ。大量に生産して規模を拡大するべきだという声も社内にはあったが、小林氏が採ったのは量ではなく質の道で、優秀な商品の開発と組織・人材の育成に力を傾け、小さくても優れた内容で戦える企業を目指した。
- コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
- [6]1951年11月に販売部門を分離しコーセー商事を設立
- KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
- [7]1951年に発売したパーライトスキンは結晶ができない機能を備えたロングセラーになった
- [8]創業期の1950年代は品物さえあれば売れた時代で粗悪品も横行していた
- [9]小林孝三郎は原料と香料をできる限り高品質のものにする方針を取った
- [10]小林孝三郎は量より質を求めると表明し小さくても優れた内容で闘える企業を目指すと述べた
参考文献[1]-[10]
- コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
- [1]1946年3月に小林孝三郎が東京都北区王子に小林合名会社を設立
- [5]1948年6月に会社組織を変更し株式会社小林コーセーを設立
- [6]1951年11月に販売部門を分離しコーセー商事を設立
- KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」
- [2]小林孝三郎は化粧品が復興の一助を担うと考えて創業した
- [3]小売店から先に協約金を受け取って商品を配給する協約販売制度をつくった
- [4]わずかな商品でも荷づくりし運賃を負担して地方の小売店へ1軒ずつ送った
- [7]1951年に発売したパーライトスキンは結晶ができない機能を備えたロングセラーになった
- [8]創業期の1950年代は品物さえあれば売れた時代で粗悪品も横行していた
- [9]小林孝三郎は原料と香料をできる限り高品質のものにする方針を取った
- [10]小林孝三郎は量より質を求めると表明し小さくても優れた内容で闘える企業を目指すと述べた
出典・参考
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- コーセーホールディングス 有価証券報告書 第84期(2025年12月期)【沿革】
- KOSÉ REPORT 2024(コーセー、2024年)「価値創造の軌跡」