池田守男

資生堂・元代表取締役社長

Ikeda Morio(敬称略)

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社長就任 2000年
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1961年に資生堂へ入社し、取締役副社長を経て2000年に代表取締役社長へ就任した。入社から社長就任まで39年を社内で過ごした生え抜きであり、前任は弦間明氏である。営業や商品開発で数字を作った実績ではなく、本社の管理部門から歴代の社長を近くで支えた経歴による登用とみられる。

社長に選ばれた経緯
抜擢

2000年、弦間明氏の後任として社長に就任した。1997年4月に再販売価格維持が撤廃され、小売段階の値引きが広がって低価格帯のブランドが力を伸ばしていた。連結売上高は1998年3月期の6209億円を頂点に伸び悩み、就任翌期の2001年3月期には連結決算開始以来初となる450億円の最終赤字を計上する。価格で守られてきた販売の仕組みが前提を失うなかで、販売店との関係を作り直す役が回ってきたとみられる。

在任中の主な施策
施策

1994年ごろから毎年20から30の新ブランドを投入した結果、数は約100に膨らみ経営資源が分散していた。池田氏は改革の的を新しい販路の開拓ではなく既存の販売店組織の再生に置き、創業以来のスキンケアを中心に据える仕組みへブランドを絞り込んだ。リベートの基準を仕入れ高から店頭売上高へ改め、押し込む営業から店と一緒に売る営業へ転換している。2003年4月には大阪資生堂と資生堂化工を吸収合併して生産を整理し、同年12月に上海へ持株会社の資生堂(中国)投資有限公司を設けた。連結最終損益は2003年3月期に244億円の黒字へ戻った。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 2000〜2005年
在任中の業績 FY99→FY04
就任前(FY99)5,966億円
退任時(FY04)6,398億円
変化(5カ年)+7%
就任前-
退任時-
変化-

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