第2章 年〜年

ライブドア:サーバー事業の買収と旧ライブドアの営業譲受

旧ライブドアの営業譲受からエッジへの改称へ

2001年〜企業向け制作の単価下落とサーバー事業の取り込み

上場から一年を経た時点でも、オン・ザ・エッヂの事業は企業向けが中心であった。ところがホームページ制作をはじめとする企業向けの単価が急速に下がり、収益性の高い個人向けへ事業を広げる必要に迫られた。制作は人数に比例してしか伸びず、単価が下がれば人を増やしても売上は増えない。2001年9月期の連結売上高は36億1百万円、経常利益は3億3百万円で、連結の従業員数は219人であった。上場の翌期にあたるこの期の営業活動によるキャッシュ・フローは51百万円にとどまり、事業そのものが生む現金は乏しい。2001年7月にはシンガポールに駐在事務所を開き、同じ月にウェブプロデューサーの育成を目的とする教育機関イノベーションラボへ出資している。制作の受託で得る現金だけでは、次の事業を賄える水準になかった。

  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [1]それまでライブドアの事業は企業向けが中心だった
    • [2]ホームページ制作など企業向けビジネスの単価が急速に下落し、収益性が高い個人向けビジネスの拡大を迫られた
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [3]2001年9月期の連結売上高は36億1百万円、経常利益は3億3百万円、連結従業員数は219人
    • [4]2001年9月期の連結の営業活動によるキャッシュ・フローは51百万円
  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [5]2001年7月にシンガポール駐在事務所を開設し、同月にWebプロデューサーの育成を目的とする教育機関「イノベーションラボ」へ出資した

足りない機能は、作らずに買って取り込んだ。2001年5月にインスタントメッセンジャー事業"YABUMI"を引き継ぎ、同年12月には株式交換でパイナップルサーバーサービスを完全子会社とし、翌2002年3月にはアットサーバーを同じ手法で完全子会社とした。いずれもサーバの運用を担う会社であり、上場前に自前で築いたウェブ管理事業の土台を、今度は外から調達した形になる。2001年12月には全額出資の子会社であったエッヂコマースから営業の全部を譲り受け、電子商取引に特化した開発機能を本体へ戻している。海外では2002年5月にドイツへ現地法人を設け、7月にはタイの現地法人へ追加出資して子会社とした。

  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [6]2001年5月にインスタントメッセンジャー事業「YABUMI」を引き継いだ
    • [7]2001年12月に株式交換により株式会社パイナップルサーバーサービスを完全子会社化した
    • [8]2002年3月に株式交換により株式会社アットサーバーを完全子会社化した
    • [9]2001年12月に100%出資の株式会社エッヂコマースより営業の全部を譲り受けた
    • [10]2002年5月に海外展開の拠点作りの一環としてドイツにLivin'on the EDGE Europe GmbHを設立した
    • [11]2002年7月にAD4Portal(THAILAND)Co.,Ltd.へ追加出資を行い子会社化した

買収の目的は、利益の積み増し、顧客の取り込み、金融事業の拡大の三点で、買収額は安いほどよいとされた。判断の材料は数字に限られていた。まず担当者が分担して、対象企業の帳簿上の資産が実物と食い違っていないか、契約に欠陥がないかを確かめた。あわせて統合で浮く交際費や情報システム費を見積もり、将来の損益計算書を組んだ。そのうえで、見込まれるキャッシュフローの二、三年分と純資産を足した額が売り手の言い値を超えていれば、買収に踏み切った。代金を自社株で払えれば手元の資金を減らさずに済むので、株価は高いほど都合がよかった。2002年9月期の連結では、売上高が58億91百万円、経常利益が11億38百万円だった。

  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [12]執行役員上級副社長の羽田寛によれば買収目的は利益の上積み、顧客獲得、金融事業の拡大の3つで、買収金額は安ければ安いほどよかった
    • [13]買収対象の企業について帳簿上と現状の資産の違い、契約書の問題を手分けして調べ、経営統合で削れる交際費や情報システム費用を探して将来の損益計算書を作った
    • [14]2〜3年分の想定キャッシュフローの合算値と純資産の合計が売却先の提示金額を上回れば買収に乗り出した
    • [15]買収相手が株式交換に応じれば現金を使わずに済むため、株価は高い方がよかった
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [16]2002年9月期の連結売上高は58億91百万円、経常利益は11億38百万円
参考文献[1]-[16]
  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [1]それまでライブドアの事業は企業向けが中心だった
    • [2]ホームページ制作など企業向けビジネスの単価が急速に下落し、収益性が高い個人向けビジネスの拡大を迫られた
    • [12]執行役員上級副社長の羽田寛によれば買収目的は利益の上積み、顧客獲得、金融事業の拡大の3つで、買収金額は安ければ安いほどよかった
    • [13]買収対象の企業について帳簿上と現状の資産の違い、契約書の問題を手分けして調べ、経営統合で削れる交際費や情報システム費用を探して将来の損益計算書を作った
    • [14]2〜3年分の想定キャッシュフローの合算値と純資産の合計が売却先の提示金額を上回れば買収に乗り出した
    • [15]買収相手が株式交換に応じれば現金を使わずに済むため、株価は高い方がよかった
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [3]2001年9月期の連結売上高は36億1百万円、経常利益は3億3百万円、連結従業員数は219人
    • [4]2001年9月期の連結の営業活動によるキャッシュ・フローは51百万円
    • [16]2002年9月期の連結売上高は58億91百万円、経常利益は11億38百万円
  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [5]2001年7月にシンガポール駐在事務所を開設し、同月にWebプロデューサーの育成を目的とする教育機関「イノベーションラボ」へ出資した
    • [6]2001年5月にインスタントメッセンジャー事業「YABUMI」を引き継いだ
    • [7]2001年12月に株式交換により株式会社パイナップルサーバーサービスを完全子会社化した
    • [8]2002年3月に株式交換により株式会社アットサーバーを完全子会社化した
    • [9]2001年12月に100%出資の株式会社エッヂコマースより営業の全部を譲り受けた
    • [10]2002年5月に海外展開の拠点作りの一環としてドイツにLivin'on the EDGE Europe GmbHを設立した
    • [11]2002年7月にAD4Portal(THAILAND)Co.,Ltd.へ追加出資を行い子会社化した

2002年〜ユードラの販売権取得から旧ライブドアの営業譲受へ

個人向けへの転回は、一本のソフトウェアの販売権から始まった。2002年2月、アップルコンピュータのパソコン向け電子メールソフト"ユードラ"の国内独占販売権を譲り受け、これを機に個人向けの事業を持つ会社の買収を矢継ぎ早に進めた。同年6月にはアスキーイーシーから営業の全部を譲り受け、8月にはビットキャットとビットキャットコミュニケーションズの株式を全部取得して子会社とした。9月には、DVDを複製できる海外製ソフトの日本語版を開発・販売していたプロジーグループを子会社としている。

  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [17]2002年2月にアップルコンピュータ社製パソコン「マッキントッシュ」用電子メールソフト「ユードラ」の国内独占販売権を譲り受けた
    • [18]ユードラの販売権取得を機に、個人向けビジネスを手がける企業を矢継ぎ早に買収した
    • [21]2002年9月にDVDを複製できる海外製パソコン用ソフトの日本語版を開発・販売していたプロジーグループを子会社化した
  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [19]2002年6月に株式会社アスキーイーシーより営業の全部を譲り受けた
    • [20]2002年8月にビットキャット株式会社およびビットキャットコミュニケーションズ株式会社の株式を100%取得して子会社化した

最も大きな取り込みは、無料接続の会員であった。2002年11月、日本最大の無料プロバイダーを運営していたライブドアから営業の全部を譲り受ける。旧ライブドアは米ライブドアグループの日本法人で、1999年10月29日に会員の募集を始め、初回募集分の5万人がすぐに埋まった会社である。広告収入と電子商取引の仲介手数料を収入源とし、2000年中に100万人、2002年に500万人という会員数の目標を掲げていた。無料の接続そのものは、当時まだ余地の大きい分野と見られていた。日本で会員数が最大の富士通アット・ニフティでも350万人程度にとどまり、英国では利用者の6割以上が無料接続を使うまでになっていたためである。その旧ライブドアが民事再生法の適用を申請し、同時に営業が譲渡された。当時の会員は150万人。

  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [22]2002年11月に日本最大の無料プロバイダーを運営する株式会社ライブドアの営業全部を譲り受けた
  • 日経ビジネス 1999年11月22日号
    • [23]日本で無料接続サービスを始めた1社は米ライブドアグループの日本法人ライブドア社で、1999年10月29日から会員を募集し初回募集分の5万人が埋まった
    • [24]無料接続サービスはオンライン広告収入や電子商取引の仲介手数料を収入源とし、ライブドアは2000年中に100万人、2002年に500万人の会員獲得を掲げた
    • [25]日本は最大の会員数を持つ富士通のアット・ニフティですら350万人程度で無料サービスが普及する余地が十分残っており、英国では利用者約600万人のうち60%以上が無料接続サービスを利用していた
  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [26]旧ライブドアが民事再生法の適用を申請したと同時に営業譲渡を受けた
    • [27]営業譲渡を受けた当時、旧ライブドアには150万人の会員がいた

無料接続サービスについては、利用者が他社の無料接続へ移りやすく、つなぎ留めるにはブランド力を育てるか内容を充実させるほかなく、どちらにも巨額の投資が伴うことが開始当初から指摘されていた。堀江氏の見立ては、過去の買収と同様に、無駄な費用を切り詰めて稼ぎの構造を組み替えれば赤字は解消するというものだった。ところが旧ライブドアの会員は急な勢いで減っていった。2003年9月期の連結売上高は108億25百万円と前期の1.8倍になったが、その伸びは買い取った事業の売上を合算した結果である。

  • 日経ビジネス 1999年11月22日号
    • [28]無料接続サービスは一度獲得した利用者をつなぎ留めることが課題で、ブランドイメージの構築かコンテンツの拡充が要り、いずれも巨額の投資が必要とされた
  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [29]堀江は旧ライブドアについても、それまで買収した企業のように不要な経費を削り収益源を変えれば黒字化できると踏んでいた
    • [30]旧ライブドアの会員はみるみる減っていった
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [31]2003年9月期の連結売上高は108億25百万円、経常利益は13億14百万円
参考文献[17]-[31]
  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [17]2002年2月にアップルコンピュータ社製パソコン「マッキントッシュ」用電子メールソフト「ユードラ」の国内独占販売権を譲り受けた
    • [18]ユードラの販売権取得を機に、個人向けビジネスを手がける企業を矢継ぎ早に買収した
    • [21]2002年9月にDVDを複製できる海外製パソコン用ソフトの日本語版を開発・販売していたプロジーグループを子会社化した
    • [26]旧ライブドアが民事再生法の適用を申請したと同時に営業譲渡を受けた
    • [27]営業譲渡を受けた当時、旧ライブドアには150万人の会員がいた
    • [29]堀江は旧ライブドアについても、それまで買収した企業のように不要な経費を削り収益源を変えれば黒字化できると踏んでいた
    • [30]旧ライブドアの会員はみるみる減っていった
  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [19]2002年6月に株式会社アスキーイーシーより営業の全部を譲り受けた
    • [20]2002年8月にビットキャット株式会社およびビットキャットコミュニケーションズ株式会社の株式を100%取得して子会社化した
    • [22]2002年11月に日本最大の無料プロバイダーを運営する株式会社ライブドアの営業全部を譲り受けた
  • 日経ビジネス 1999年11月22日号
    • [23]日本で無料接続サービスを始めた1社は米ライブドアグループの日本法人ライブドア社で、1999年10月29日から会員を募集し初回募集分の5万人が埋まった
    • [24]無料接続サービスはオンライン広告収入や電子商取引の仲介手数料を収入源とし、ライブドアは2000年中に100万人、2002年に500万人の会員獲得を掲げた
    • [25]日本は最大の会員数を持つ富士通のアット・ニフティですら350万人程度で無料サービスが普及する余地が十分残っており、英国では利用者約600万人のうち60%以上が無料接続サービスを利用していた
    • [28]無料接続サービスは一度獲得した利用者をつなぎ留めることが課題で、ブランドイメージの構築かコンテンツの拡充が要り、いずれも巨額の投資が必要とされた
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [31]2003年9月期の連結売上高は108億25百万円、経常利益は13億14百万円

2003年〜エッジへの改称と株式分割による調達への傾斜

2003年の春、集客の構造がはっきりした。個人向けの事業では、膨大な利用者を既に抱えるヤフーが新しいサービスを始めればすぐ会員が増えるのに対し、同じサービスを出してもエッジの会員は増えない。資金も技術も手当てはできたが、決定的に欠けていたのは社名の認知度だった。2003年春の段階で、ポータルサイト運営を率いる伊地知晋一氏は、利用者が最後に行き着く先はポータルサイトだと結論づけていた。これを受けて堀江氏は、ヤフーが周辺のサービスを次々に取り込んだ前例を手本とした。個人向けサービスを自社サイトに揃えるのが最も早い道だという判断である。

  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [32]個人向けビジネスでは既に膨大な利用者数を抱えるヤフーが新サービスを始めるとすぐ会員が増え、同じサービスを開始してもライブドアの会員は増えなかった
    • [33]資金と技術は何とかなるが、圧倒的に足りないのは知名度だった
    • [34]ポータルサイト運営を担当する執行役員上級副社長の伊地知晋一は、2003年春くらいから結局はヤフーのようなポータルサイトに利用者を持っていかれると気づいたと振り返った
    • [35]堀江は、ヤフー自体が他のサービスを真似て取り込んできたのだからヤフーと同じことをやるのが成功への近道だとし、自社サイトに個人向けのサービスを取り揃えた

社名と法人の形は、同じ年にまとめて変えた。2003年3月にエッジテレコムを設立して固定電話業へ参入し、4月にはオン・ザ・エッヂからエッジへ商号を改め、本店を品川区へ移す。同じ月、パイナップルサーバーサービス、アットサーバー、ビットキャット、プロジーグループの4社を吸収合併した。買って並べた会社を一つの法人へ畳み直し、組織の重複を除く作業である。5月には株式取得でバガボンドを子会社に加え、連結の従業員数は2002年9月期の296人から2003年9月期に359人となった。

  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [36]2003年3月にエッジテレコム株式会社を設立し固定電話業へ参入した
    • [37]2003年4月に株式会社オン・ザ・エッヂからエッジ株式会社へ社名を変更し、本店を品川区二葉二丁目9番15号へ移転した
    • [38]2003年4月に株式会社パイナップルサーバーサービス、株式会社アットサーバー、ビットキャット株式会社、プロジーグループ株式会社を吸収合併した
    • [39]2003年5月に株式取得により株式会社バガボンドを子会社化した
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [40]連結従業員数は2002年9月期296人、2003年9月期359人

当時の株式市場では、分割を公表した企業の株価が直後に急上昇する現象が目立ち、次の分割銘柄を予想する記事がよく読まれていた。2003年6月の株式の10分割も、株主数ではなく株価を押し上げるための施策で、働きかける相手が利用者から株主へ移ったことを示していた。同年10月には公募増資で資本金が46億5562万円となり、電子商取引に必要な決済の機能を獲得するためイーバンク銀行へも出資した。2003年9月期に最も稼いだのは金融・投資事業で、その営業利益は8億8700万円である。制作でも接続でもない部門が稼ぎ頭になった。

  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [41]株式市場では当時、分割を発表した途端に株価が急騰する企業が増え、次はどの企業が分割を発表するか予想するリポートが注目を集めた
    • [42]ライブドアは100分割の前の2003年6月に一度10分割をしており、その目的は株主数の増加ではなく株価を上げることだった
    • [44]ネットでの商品販売に不可欠な銀行の決済サービスを取り込むため、2003年10月にイーバンク銀行に出資した
    • [45]2003年9月期には金融・投資業務の営業利益が8億8700万円と一番の稼ぎ頭になった
  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [43]2003年10月に公募による新株式発行を行い、増資後の資本金額は4,655,624千円となった
参考文献[32]-[45]
  • 日経ビジネス 2004年9月6日号
    • [32]個人向けビジネスでは既に膨大な利用者数を抱えるヤフーが新サービスを始めるとすぐ会員が増え、同じサービスを開始してもライブドアの会員は増えなかった
    • [33]資金と技術は何とかなるが、圧倒的に足りないのは知名度だった
    • [34]ポータルサイト運営を担当する執行役員上級副社長の伊地知晋一は、2003年春くらいから結局はヤフーのようなポータルサイトに利用者を持っていかれると気づいたと振り返った
    • [35]堀江は、ヤフー自体が他のサービスを真似て取り込んできたのだからヤフーと同じことをやるのが成功への近道だとし、自社サイトに個人向けのサービスを取り揃えた
    • [41]株式市場では当時、分割を発表した途端に株価が急騰する企業が増え、次はどの企業が分割を発表するか予想するリポートが注目を集めた
    • [42]ライブドアは100分割の前の2003年6月に一度10分割をしており、その目的は株主数の増加ではなく株価を上げることだった
    • [44]ネットでの商品販売に不可欠な銀行の決済サービスを取り込むため、2003年10月にイーバンク銀行に出資した
    • [45]2003年9月期には金融・投資業務の営業利益が8億8700万円と一番の稼ぎ頭になった
  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
    • [36]2003年3月にエッジテレコム株式会社を設立し固定電話業へ参入した
    • [37]2003年4月に株式会社オン・ザ・エッヂからエッジ株式会社へ社名を変更し、本店を品川区二葉二丁目9番15号へ移転した
    • [38]2003年4月に株式会社パイナップルサーバーサービス、株式会社アットサーバー、ビットキャット株式会社、プロジーグループ株式会社を吸収合併した
    • [39]2003年5月に株式取得により株式会社バガボンドを子会社化した
    • [43]2003年10月に公募による新株式発行を行い、増資後の資本金額は4,655,624千円となった
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
    • [40]連結従業員数は2002年9月期296人、2003年9月期359人

筆者考察

買って増やす形は売上を増やしたが、集客は増やさなかった。2001年9月期に36億1百万円だった連結売上高は、2003年9月期に108億25百万円へ伸びる。三年で三倍だが、その多くは買い取った会社の売上を合算した結果である。2002年11月の旧ライブドアの営業譲受は、150万人の会員を一度に手にした取引だった。それでも会員は減り続けた。会員の名簿は買えても、会員が使い続ける理由は買えない。ヤフーが新しいサービスを出せば会員が増え、同じものを出してもエッジの会員は増えない。2003年春に突き当たったのは、この非対称である。

足りないものを知名度と定めた時点で、集める相手は利用者から株主へ移った。2003年6月の株式10分割は株主の数を増やすためではなく株価を上げるための手であり、同年10月の公募増資も事業の資金需要から出た手ではない。市場での目立ち方が、そのまま買収の通貨である株価を決めるからである。同じ2003年9月期に最も稼いだ部門が金融・投資業務だったことは、稼ぎ頭が制作からも接続からも離れていた事実を示す。オン・ザ・エッヂからエッジへの改称は、事業の内容を表す名を捨てて通りの良い名を取る動きの最初の一歩だった。

売上高(連結) 2001年9月期〜2003年9月期(億円)

36.01 01.9 58.91 02.9 108.25 03.9 会員の一括取得 150万人
  • 2002年11月 旧ライブドアの営業譲受。当時の会員は150万人
  • 棒はすべて連結。出所はライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】。
  • 期間の伸びには買収した会社の売上が合算されている。

2001年〜2003年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率 億円
2001年09月期 連結 36 n/a 3 8.4% 1 n/a
2002年09月期 連結 58 +63.6% 11 19.3% 4 n/a
2003年09月期 連結 108 +83.8% 13 12.1% 4 n/a

出所:第10期有報

出典・参考

4件
出典・参考
  • ライブドア 有価証券報告書 第10期(2005年9月期)【主要な経営指標等の推移】
  • ライブドア 有価証券報告書 第11期(2006年9月期)【沿革】
  • 日経ビジネス 1999年11月22日号
  • 日経ビジネス 2004年9月6日号

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