武田長兵衛
武田薬品工業・元代表取締役社長(六代長兵衛を襲名)
社長就任 1943年8月
生年月日 —
学歴 慶應義塾高等部
出自 —
社長就任までの出自
出自
1925年1月、武田長兵衛商店と、先に分離していた武田製薬とが合併し、資本金530万円の株式会社武田長兵衛商店が設立された。家名がそのまま商号だった会社である。1940年には五代長兵衛氏が武田家の"規"を定め、「公に向ひ国に奉ずるを第一義とすること」を筆頭に五箇条を掲げた。武田鋭太郎氏はその五代長兵衛氏から家業を承継し、1943年8月に六代目長兵衛を襲名した。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1943年8月、社名を武田薬品工業へ改めるのと同時に社長へ就任した。前社長の五代長兵衛氏は和敬と改名して相談役に退いている。国産医薬品の研究は1937年のビタミンC、1938年のB1、1942年のKの合成という成果に結びついており、翌1944年7月には東京の小西薬品とラヂウム製薬を吸収合併して資本金を3,570万円とした。襲名による同族の継承で、選考の記録は残らない。
在任中の主な施策
施策
戦後は生産設備が残り、手元の原料でビタミンB剤・C剤・ブドウ糖注射薬を作って、闇販売に回さず正規のルートで一般へ供給した。1946年5月には旧海軍光工廠跡を取得して光工場を建て、1949年5月に東京・大阪の両証券取引所へ株式を上場した。1962年8月には台湾武田Ltd.を設けている。1968年には製薬・医薬品販売・食品・化学品・農薬・外国の事業部制を敷き、売上高1,200億円・従業員1万1,611名に達した。 道修町の薬種仲買から創業
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1943〜1974年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-