倉林育四郎

武田薬品工業・元代表取締役社長

Kurabayashi Ikushiro(敬称略)

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社長就任 1981年
生年月日 —
学歴 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

武田薬品工業で副社長を務め、1981年に社長へ昇格した。武田家の武田長兵衛氏、次いで小西新兵衛氏と続いた社長の席に、社内で育った人物が座った。1980年3月末の大株主は日本生命保険8.79%・第一生命保険8.75%が上位を占め、武田彰郎氏が5.92%で三番手に付ける。資本の裏づけを持たない立場での就任だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1981年、小西新兵衛氏の後任として社長に就任した。小西氏は取締役会長へ移り、1983年には会長として武田國男氏に米国合弁TAPへの赴任を命じている。就任前年度にあたる1981年3月期は連結売上4,505億円・純利益224億円だった。前任者が会長として人事を動かすなかでの昇格である。

在任中の主な施策
施策

米アボット・ラボラトリーズとの合弁TAPは、1985年5月に米国で設立された。これに先立つ1983年、会長の小西新兵衛氏は武田國男氏をTAPへ送り出し、國男氏は副社長として米国へ渡っていた。扱う品目には武田が得意とする抗生物質ではなく前立腺の抗がん剤リュープリンが選ばれたが、開発担当の森田桂常務は1985年、あいにく市場はそれほど大きくないとの見方を示し、社内の受け止めも冷ややかだった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1981〜1986年
在任中の業績
就任前(FY80)4,505億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
倉林育四郎の経歴

倉林育四郎の経歴社長就任に至るキャリア。就任年は有価証券報告書などの開示情報に基づく

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