鈴木治雄

レゾナックHD・元取締役社長

Suzuki Haruo(敬称略)

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社長就任 1970年
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1939年6月に昭和電工へ入社し、6年後の1945年5月に常務取締役へ就任した。1947年1月に退任したのち、1951年1月に常務取締役として戻り、1955年8月に専務取締役、1959年1月に取締役副社長へ進んだ。1960年12月に昭和ネオプレンの取締役副社長、1964年11月にエー・エー・ケミカルの取締役社長、1965年5月に日本オレフィン化学の取締役副社長を兼ね、合弁会社の経営を並行して預かっている。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1971年2月に取締役社長へ就任した。前任の安西正夫氏は同じ月に取締役会長へ移っている。副社長を12年務めての昇格で、同時に副社長へ就任した小谷喜一氏は富士銀行の常務を経て1967年8月に昭和電工へ入った銀行出身者だった。1970年12月期の単体売上高は1543億円・経常利益65億円で、1960年12月期の366億円から4倍に伸びていた。合弁会社を率いた経歴の近い後継へ渡す交代だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

単体売上高は1971年12月期の1665億円から1980年12月期の4432億円へ伸びた。この間に1972年12月期は16億円、1975年12月期は74億円、1976年12月期は124億円の経常損失を計上している。組織は事業部制から事業本部制へ組み替え、1980年4月の時点では化学製品・電炉製品・開発事業の各本部が置かれていた。1977年3月には富士銀行の常務だった三浦仁正氏を専務取締役・企画本部長に迎え、1979年3月に副社長へ据えた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1970〜1980年
在任中の業績
就任前(FY69)1,543億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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