ケンコーマヨネーズ 業務用マヨネーズ専業による再建 家庭用の売り場を大手2社に委ねた業務筋への絞り込みと、キユーピー出身の工場次長による再建の引き受け

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時期 1970年11月
当時の社長 松生睦
論点 弱小メーカーの再建と市場の選び方
何をなぜ決めたか
概要

1970年8月、キユーピーの工場次長だった松生睦氏は、経営の傾いたケンコー・マヨネーズの再建を命じられ、専務として神戸へ移った。当時の同社は従業員約30人、年商3億円程度の弱小メーカーである。同年11月、ケンコー・マヨネーズは業務用マヨネーズの専門メーカーとなり、12月に松生睦氏が社長に就いた。

家庭用の売り場はキユーピーと味の素が押さえている。そこを争わず、惣菜店・製パン・ホテル・レストランといった、味と原価で仕入れを決める業務筋だけで大手と勝負する再建だった。松生睦社長はキユーピーから退職金を受け取り、神戸に家を買って、出向ではなく移籍として腰を据えた。

背景

ケンコー・マヨネーズの前身は1958年3月設立の森本油脂で、1961年9月に業務用サラダ向けの「ケンコーマヨネーズAS」を始めて食用油の販売をやめ、1966年6月に現社名の前身へ商号を改めた。1967年10月には神戸市灘区に工場を建て、本社を移している。

それでも1970年の同社は、業界で1年半もてばよいと陰口をたたかれる規模にとどまった。問屋やレストランは、商品の良さは認めても信用と知名度がないとして納品を断った。売上の目標に届かなければ社員に辞めてもらうしかない、という低空飛行が続いた。

内容

松生睦社長が打った手は3つある。第1は営業の量で、競合が問屋を3回訪ねれば4回、取引先を3件取られれば4件取り返した。社員は「スッポン」とあだ名され、深夜まで営業と商品開発に当たる働き方が1976年ごろまで続いた。第2は商材の開発で、洋風化で伸び悩んでいた神戸・関西の煮豆・佃煮店を毎日回り、サラダの作り方・配合・原価・陳列の仕方まで示して自社のマヨネーズを使ってもらった。

第3は直営工場で、1976年1月の稲城工場を皮切りに自前の生産拠点を積み増した。のちに松生睦社長は、他社との違いを 『一般家庭用のマヨネーズを手掛けるのではなく、スタートの段階から業務用製品に絞ってきたことですね』 と要約している。

含意

売上高は1976年2月期の28億円から1978年2月期に44億円、1985年度に140億円弱へ伸び、1991年度まで22年続けて2ケタの増収を重ねた。1994年3月期の売上高は360億円で、同年11月1日に株式を店頭公開した。公開を機にキユーピー創業家の中島家から保有株を放出してもらい、ケンコーマヨネーズは名実ともに独立する。

店頭公開の翌日、松生睦社長は 『業務筋での事業に100%絞ってやってきました。これは結果的に見ていい判断だったと思います』 と総括した。マヨネーズ全体のシェアは、1995年時点でキユーピー59%、味の素13.5%に対しケンコーマヨネーズ13.4%と、2位に並ぶところまで来ていた。

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筆者の見解
筆者の見解

大手の外で勝つという再建

この再建の芯は、資金の注入ではなく戦う市場の選び直しにあった。家庭用マヨネーズは店頭の知名度で決まり、従業員約30人の会社が棚を取り返す見込みはない。これに対して業務筋は、惣菜店やコックが自分の舌と原価で採否を決める市場で、信用の無さは訪問の回数と試作の数で埋められた。キユーピーの工場で10年を過ごした松生睦氏は、大手が本気で取りに来ない客がどこにいるかを、内側から知っていたのだろう。1976年2月期に28億円へ届いた売上高は、その読みが数年で数字になったことを示している。

もっとも、この勝ち方は社員の長時間労働と、社長自身が口説いて集めた人材に支えられていた。直営工場を増やす投資も、2ケタ増収が続くことを前提に組まれており、1993年3月期から増収率が1ケタ台に鈍ると重荷として表に出る。店頭公開を機にした中島家からの独立は、業務筋で積み上げた力を資本の面でも自前にする仕上げだったとみられる。キユーピーの工場次長として送られた人物が、24年かけて味の素とシェアで並ぶ3番手を作ったことが、この再建の到達点である。

Yutaka Sugiura, 2026年9月

業績の推移
再建前後5期の売上高

ケンコーマヨネーズ:再建前後5期の売上高

(百万円) 売上高税引利益 備考
1976年2月期 2,85495 1976年1月に稲城工場が竣工

出所:日本経済新聞神戸支社 編『神戸の中堅百三十社』日本経済新聞社, 1979年(最近の業績) / 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年

店頭公開までの売上高

ケンコーマヨネーズ:店頭公開までの売上高

(百万円) 売上高 備考
1976年2月期 2,854
1977年2月期 3,621
1978年2月期 4,419 1979年刊の会社概要で従業員210人
1992年3月期 31,181 第35期。1990年代初めに2月期から3月期へ決算期を変更
1993年3月期 33,491 第36期。増収率が1ケタ台(前年比107〜108%)まで鈍る
1994年3月期 36,037 第37期。1994年11月1日に株式を店頭公開
店頭公開までの売上高
売上高(百万円)

出所:日本経済新聞神戸支社 編『神戸の中堅百三十社』日本経済新聞社, 1979年(最近の業績) / 総合食品 第9巻第11号(通巻107号・1986年4月)「ザ・メーカー メニュー提案の実績を生かし開発・開拓型企業に前進」 / 総合食品 1994年11月号「企業ピックアップ 業務用重点政策で事業拡大――店頭公開したケンコーマヨネーズの実力」(最近3事業年度の主要品目別売上高)

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参考文献
出典・参考
  • 徳永卓三『ドラマを創った企業家たち』日経BP社, 1995年「弱い会社の悲哀を味わった男の「大きくて強い会社」への執念」
  • 日本経済新聞神戸支社 編『神戸の中堅百三十社』日本経済新聞社, 1979年「ケンコーマヨネーズ㈱ プロに人気、業務用ではトップ」
  • 総合食品 第9巻第11号(通巻107号・1986年4月)「ザ・メーカー メニュー提案の実績を生かし開発・開拓型企業に前進」
  • 総合食品 1994年11月号「企業ピックアップ 業務用重点政策で事業拡大――店頭公開したケンコーマヨネーズの実力」
  • ケンコーマヨネーズ 有価証券報告書「第69期(2026年3月期)【沿革】」

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