中田乙一

三菱地所・元代表取締役社長

Nakata Otokazu(敬称略)

更新:
社長就任 1969年
生年月日 —
学歴 小樽高等商業学校
出自 —
社長就任までの出自
出自

大蔵省に勤めたのち、1939年に三菱地所へ入社した。1969年に渡辺武次郎氏の後任として社長へ就任し、1980年に会長へ移るまで11年間その職にあった。就任前の1961年3月時点の大株主は東京海上火災6.4%・明治生命4.9%・三菱銀行4.4%と、三菱系の金融機関が上位に並んでいた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

前任の渡辺武次郎氏は1952年から17年にわたって社長を務め、1969年に会長へ移った。中田乙一氏が引き継いだ丸ノ内は、31メートルの高さにそろえた統一景観をほぼ完成させていた。渡辺氏は会長となったのちも皇居前広場の美観を理由に超高層ビルへ反対し続けており、前任の方針をそのまま引き継ぐ役回りの人選だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

在任中、新丸ビルに隣接する東京海上が自社ビルを超高層へ建て替える計画を立てると、会長の渡辺武次郎氏が中止を申し入れた。申し入れの理由は、同じ三菱傘下でも実益のない高さ競争は困るという点にあった。皇居前の美観をめぐる論争で建築確認申請は建設省で3年近く滞り、25階へ変更する申請が出て決着する見通しとなった。31メートルの自主規制は法令ではなく、隣接地の計画まで止める力は持たなかったとみられる。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1939〜1986年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー