住友不動産 の歴代社長

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1956年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

瀬山誠五郎退任

1956年社長就任

代表取締役社長

安藤太郎退任

1974年社長就任

取締役社長

高島準司退任

1994年社長就任

1971年入社1979年取締役取締役社長

小野寺研一退任

2007年社長就任

1970年入社1998年取締役2004年執行役員取締役社長

仁島浩順現任

2013年社長就任

1984年入社2004年執行役員2009年取締役取締役社長
創業社長の関係
創業

1949年12月、財閥解体で解散した住友本社の不動産部門を継ぐ第二会社・泉不動産として設立された。個人の創業者はおらず、1957年5月に住友不動産へ商号を改め、1963年4月には清算中の住友本社を吸収して戦後処理を終えている。創業家の社長は一度も置かれず、歴代の社長は住友グループ各社から送り込まれてきた。

社長登用の傾向
登用

直近20年の社長は小野寺研一氏と仁島浩順氏の2人で、いずれも住友不動産で役員まで上がった生え抜きである。それ以前は住友商事専務の瀬山誠五郎氏、住友銀行副頭取の安藤太郎氏、住友石炭鉱業から移った高島準司氏と、グループ他社からの転入が3代続いた。2007年を境に、社長の供給源が外から内へ入れ替わっている。

社長任期の傾向
任期

都心オフィス賃貸への集中を決めた安藤太郎氏の20年が最長で、商号変更から上場までを率いた瀬山誠五郎氏の17年、高島準司氏の13年が続く。直近3代は13年・6年・就任13年目で、6年で退いた小野寺研一氏だけが短い。路線が任期をまたいで変わらないため、社長を替える理由が生じにくいと思われる。

いまの体制への含意
含意

創業家も支配株主もいないまま、社長は70年で5人しか代わっていない。建てたビルを売らず借入で持ち続ける形は、有利子負債3兆8,919億円を抱えたまま、賃料の伸びが支払利息の伸びを上回る間だけ成り立つ。路線を敷いた銀行出身者のあとは、それを続ける人を内から選んできたように見える。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
瀬山誠五郎(1956年就任)1956〜1974年1956年就任18年退任外部出身代表取締役社長
安藤太郎(1974年就任)1974〜1994年1974年就任20年退任外部出身取締役社長
高島準司(1994年就任)1994〜2007年1994年就任13年退任取締役社長決断1995年都心ビル路線での事業整理
小野寺研一(2007年就任)2007〜2013年2007年就任6年退任生え抜き取締役社長
仁島浩順(2013年就任)2013年〜現任2013年就任14年現任生え抜き取締役社長1984年4月に住友不動産へ入社し、20年後の2004年4月に執行役員へ就任した。2007年4月に常務執行役員、2009年6月に取締役、2010年6月に代表取締役と進み、2013年6月に取締役社長へ就任した。入社から社長までは29年で、他社を経ずに社内の階段を順に上がった。2010年3月期の大株主は日本トラスティ・サービス信託銀行5.52%を筆頭に、信託銀行と三井住友銀行・鹿島建設・清水建設などの取引先法人が占め、個人は上位10位に入らない。決断2025年エリオットの株主提案

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