坪井東

三井不動産・元代表取締役社長

Tsuboi Hajime(敬称略)

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社長就任 1974年5月
生年月日 —
学歴 東京商科大学
出自 —
社長就任までの出自
出自

1938年に東京商科大学を出て三井合名会社へ入り、1949年5月に三井不動産へ移った。1959年12月に業務部副部長、1960年2月に第一港湾開発の取締役を兼ね、1961年11月には臨海事業部長へ就任した。1962年9月から三井港湾開発の常務取締役を兼務し、1963年5月に取締役となった。江戸英雄氏が始めた埋立造成を現場で回してきた臨海畑の役員である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1974年5月に代表取締役社長へ就任し、江戸英雄氏は代表取締役会長へ回った。1967年11月に常務取締役、1969年11月に代表取締役専務取締役へ進み、1971年5月からは三井都市開発の取締役副社長を兼ねていた。同じ1974年5月に中井武彦氏と中井養一氏が代表取締役専務取締役へ並んで上がっており、序列を組み直す交代だった。就任から半年の1974年9月期は、経常利益42億円に対して支払金利が100億円を超えた。

在任中の主な施策
施策

就任5カ月の1974年10月、三井物産・三井農林と三井ホームを設け、三井港湾開発を吸収して三井不動産建設を設立した。不得意な分野は他社の資本と技術を借りる形へ切り替える選択で、プレハブ大手ミサワホームの方式を研究したうえで決めている。1980年5月には地主の土地に建てて床を等価交換する共同事業システム「レッツ」を始め、用地を抱えないまま開発機会を取り込んだ。1981年4月にはららぽーと船橋を開業した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1974〜1987年
在任中の業績
就任前(FY73)912億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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