リンガーハット:とんかつ浜かつの創業から浜勝商事の設立まで
1962年〜長崎・鍛冶屋町のとんかつ浜かつと、資本金100万円の株式会社浜かつ
1962年7月、長崎市鍛冶屋町にとんかつ店の浜かつが開業した。店を切り盛りしたのは、米濵家5人兄弟の長兄の米濵豪氏。四男の米濵和英氏は大学受験で不合格となった後、兄の店に入って働いた。創業時の業態はとんかつ専門店であり、のちの主力となるちゃんぽんはまだ扱っていなかった。長崎ちゃんぽんのリンガーハット1号店が開業したのは、創業から12年後の1974年だった。とんかつの事業はその後も続き、1987年時点でもグループの株式会社浜勝がとんかつ専門店7店舗を運営していた。兄弟が人手を出し合う家業として、店は出発したとみられる。
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1962年7月、長崎市鍛冶屋町にとんかつ浜かつを創業
- 日経ビジネス 1988年6月13日号増刊
- [2]前身は1962年(昭和37年)に長崎で創業したとんかつ屋。米濵5人兄弟の長兄豪氏が切り盛りし、大学受験に失敗した四男和英氏が手伝った
- [3]前身は1962年(昭和37年)に長崎で創業したとんかつ屋。米濵5人兄弟の長兄豪氏が切り盛りし、大学受験に失敗した四男和英氏が手伝った
- 証券 50(9)(594) 1998年(新規上場会社紹介)
- [4]1962年(昭和37年)にとんかつ専門店として創業し、1974年(昭和49年)にリンガーハット1号店を開店
- [5]1962年(昭和37年)にとんかつ専門店として創業し、1974年(昭和49年)にリンガーハット1号店を開店
- 証券アナリストジャーナル 25(10) 1987年10月(米濵和英)
- [6]1987年時点でグループに㈱浜勝というとんかつ専門店があり、7店舗を持ち次の上場会社に育てる計画
開業から1年8カ月後の1964年3月7日、店の経営主体として株式会社浜かつが発足した。資本金は100万円。米濵和英氏は1987年の講演録で、会社の起点をとんかつ屋の株式会社浜かつに置いて説明した。1998年の上場時の会社紹介も、法律上の設立日とは別に1964年3月7日を実質の設立日として掲げた。株式会社浜かつは1973年4月に株式会社浜勝へ商号を改め、1979年3月1日に浜勝商事株式会社へ吸収合併された。この経緯から、株式会社浜かつは現在のリンガーハットの実質上の存続会社にあたる。法人化には、取引先や金融機関に対する信用を整える狙いがあったと推察される。
- 証券 50(9)(594) 1998年(新規上場会社紹介)
- [7]設立年月日は1970年(昭和45年)6月13日、実質は1964年(昭和39年)3月7日
- [10]設立年月日は1970年(昭和45年)6月13日、実質は1964年(昭和39年)3月7日
- 有価証券報告書【沿革】
- [8]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1964年3月に資本金100万円で設立、1973年4月に㈱浜勝に商号変更、1979年3月1日に浜勝商事株式会社に吸収合併
- [11]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1964年3月に資本金100万円で設立、1973年4月に㈱浜勝に商号変更、1979年3月1日に浜勝商事株式会社に吸収合併
- [12]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1964年3月に資本金100万円で設立、1973年4月に㈱浜勝に商号変更、1979年3月1日に浜勝商事株式会社に吸収合併
- 証券アナリストジャーナル 25(10) 1987年10月(米濵和英)
- [9]創業はとんかつ屋で、「株式会社浜かつ」として発足した
参考文献[1]-[12]
- 有価証券報告書【沿革】
- [1]1962年7月、長崎市鍛冶屋町にとんかつ浜かつを創業
- [8]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1964年3月に資本金100万円で設立、1973年4月に㈱浜勝に商号変更、1979年3月1日に浜勝商事株式会社に吸収合併
- [11]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1964年3月に資本金100万円で設立、1973年4月に㈱浜勝に商号変更、1979年3月1日に浜勝商事株式会社に吸収合併
- [12]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1964年3月に資本金100万円で設立、1973年4月に㈱浜勝に商号変更、1979年3月1日に浜勝商事株式会社に吸収合併
- 日経ビジネス 1988年6月13日号増刊
- [2]前身は1962年(昭和37年)に長崎で創業したとんかつ屋。米濵5人兄弟の長兄豪氏が切り盛りし、大学受験に失敗した四男和英氏が手伝った
- [3]前身は1962年(昭和37年)に長崎で創業したとんかつ屋。米濵5人兄弟の長兄豪氏が切り盛りし、大学受験に失敗した四男和英氏が手伝った
- 証券 50(9)(594) 1998年(新規上場会社紹介)
- [4]1962年(昭和37年)にとんかつ専門店として創業し、1974年(昭和49年)にリンガーハット1号店を開店
- [5]1962年(昭和37年)にとんかつ専門店として創業し、1974年(昭和49年)にリンガーハット1号店を開店
- [7]設立年月日は1970年(昭和45年)6月13日、実質は1964年(昭和39年)3月7日
- [10]設立年月日は1970年(昭和45年)6月13日、実質は1964年(昭和39年)3月7日
- 証券アナリストジャーナル 25(10) 1987年10月(米濵和英)
- [6]1987年時点でグループに㈱浜勝というとんかつ専門店があり、7店舗を持ち次の上場会社に育てる計画
- [9]創業はとんかつ屋で、「株式会社浜かつ」として発足した
1965年〜チェーンを志した米濵豪氏・米濵和英氏と、資本金130万円の浜勝商事
米濵豪氏と米濵和英氏がチェーン化を志したのは、昭和40年代半ばだった。各地の飲食店がチェーン展開を通じて『生業から企業へ』の脱皮を進めており、2人はその動きを間近に見て同じ方向を目指した。程なく次兄の米濵鉦二氏も経営に参画し、長兄・次兄・四男の3人が経営に加わった。兄弟が志したチェーンは、1974年の1号店以降、工場で自社生産した食材を毎日配送し、全店を直営で運営する仕組みとして形になった。1号店の開業後、兄弟は幹線道路沿いの立地を中心に100店舗という目標を掲げた。とんかつ店1軒の家業から抜け出すには、店数を増やして規模を得るチェーン化が現実的な選択肢だったと思われる。
- 日経ビジネス 1988年6月13日号増刊
- [13]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- [14]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- [15]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- [17]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- 証券 50(9)(594) 1998年(新規上場会社紹介)
- [16]1974年(昭和49年)のリンガーハット1号店開店以来、工場による自社生産と毎日配送、全店直営方式を採用
1970年6月13日、浜勝商事株式会社が資本金130万円で設立された。株式会社浜かつの設立から6年3カ月後で、とんかつ店を営む会社とは別の法人である。1974年8月に開店した「長崎ちゃんめん」の1号店も、浜勝本体ではなく子会社の株式会社サン・ナガサキが運営した。浜勝商事は1979年3月に株式会社浜勝を吸収合併し、商号を株式会社浜勝に改めた。合併時の資本金は9,500万円だった。この合併で浜勝商事は法律上の存続会社となり、1998年の上場時の会社紹介も設立年月日を1970年6月13日と記した。兄弟は新しい事業を既存のとんかつ店の会社から切り離し、損益を分けて見ようとしたと考えられる。
- 有価証券報告書【沿革】
- [18]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [19]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [20]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [21]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [22]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- 証券 50(9)(594) 1998年(新規上場会社紹介)
- [23]設立年月日は1970年(昭和45年)6月13日(実質1964年3月7日)
1973年4月、株式会社浜かつは株式会社浜勝へ商号を変更。次の事業にちゃんぽんを選んだ理由として、のちに会長となった米濵鉦二氏は洋食チェーンとの規模の差を挙げ、『当時すでに洋食チェーンのロイヤルやすかいらーくはお城のように見えました。うちみたいな小さなところは追随しても太刀打ちできない』と振り返った。もう1つの決め手は、全国に広がり長崎へも進出した札幌ラーメンのチェーンが不振だったことにある。郷土料理のちゃんぽんが札幌ラーメンとの競争で劣位に置かれなかったのを見て、兄弟は長崎の外でも通用すると判断した。1号店は1974年に開業し、店名はグラバーの貿易会社で番頭を務めたフレデリック・リンガー氏の名にちなむ。大手と同じ洋食で規模を競うより、地元の料理で競争の焦点をずらす方が競争優位を築きやすいと見たのだろう。
- 有価証券報告書【沿革】
- [24]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1973年4月に㈱浜勝に商号変更
- 日経ビジネス 1988年6月13日号増刊
- [25]ちゃんぽんを選んだのは、ロイヤルやすかいらーくの洋食チェーンには追随しても太刀打ちできないとの判断(鉦二会長)と、長崎に攻勢をかけた札幌ラーメンチェーンの不振を見て郷土料理の商品力が通用すると考えたため
- [26]ちゃんぽんを選んだのは、ロイヤルやすかいらーくの洋食チェーンには追随しても太刀打ちできないとの判断(鉦二会長)と、長崎に攻勢をかけた札幌ラーメンチェーンの不振を見て郷土料理の商品力が通用すると考えたため
- [27]ちゃんぽんを選んだのは、ロイヤルやすかいらーくの洋食チェーンには追随しても太刀打ちできないとの判断(鉦二会長)と、長崎に攻勢をかけた札幌ラーメンチェーンの不振を見て郷土料理の商品力が通用すると考えたため
- 証券アナリストジャーナル 25(10) 1987年10月(米濵和英)
- [28]1974年(昭和49年)に長崎ちゃんぽんの1号店を開店し、グラバーの貿易会社の番頭だったフレデリック・リンガー氏の名からリンガーハットと名付けた
参考文献[13]-[28]
- 日経ビジネス 1988年6月13日号増刊
- [13]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- [14]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- [15]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- [17]米濵豪氏と和英氏は昭和40年代半ば、各地の飲食店がチェーン展開で「生業から企業へ」脱皮するのを見て同じ道を志し、ほどなく次兄鉦二氏も経営に参画した。1号店開業後、ロードサイド中心に100店舗の目標を掲げた
- [25]ちゃんぽんを選んだのは、ロイヤルやすかいらーくの洋食チェーンには追随しても太刀打ちできないとの判断(鉦二会長)と、長崎に攻勢をかけた札幌ラーメンチェーンの不振を見て郷土料理の商品力が通用すると考えたため
- [26]ちゃんぽんを選んだのは、ロイヤルやすかいらーくの洋食チェーンには追随しても太刀打ちできないとの判断(鉦二会長)と、長崎に攻勢をかけた札幌ラーメンチェーンの不振を見て郷土料理の商品力が通用すると考えたため
- [27]ちゃんぽんを選んだのは、ロイヤルやすかいらーくの洋食チェーンには追随しても太刀打ちできないとの判断(鉦二会長)と、長崎に攻勢をかけた札幌ラーメンチェーンの不振を見て郷土料理の商品力が通用すると考えたため
- 証券 50(9)(594) 1998年(新規上場会社紹介)
- [16]1974年(昭和49年)のリンガーハット1号店開店以来、工場による自社生産と毎日配送、全店直営方式を採用
- [23]設立年月日は1970年(昭和45年)6月13日(実質1964年3月7日)
- 有価証券報告書【沿革】
- [18]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [19]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [20]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [21]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [22]1970年6月に浜勝商事株式会社(法律上の存続会社)を資本金130万円で設立。1974年8月の長崎ちゃんめん1号店は子会社㈱サン・ナガサキが開店。1979年3月に㈱浜勝を吸収合併(資本金9,500万円)し、㈱浜勝に商号変更
- [24]実質上の存続会社の株式会社浜かつは1973年4月に㈱浜勝に商号変更
- 証券アナリストジャーナル 25(10) 1987年10月(米濵和英)
- [28]1974年(昭和49年)に長崎ちゃんぽんの1号店を開店し、グラバーの貿易会社の番頭だったフレデリック・リンガー氏の名からリンガーハットと名付けた
出典・参考
4件
- 有価証券報告書【沿革】
- 証券アナリストジャーナル 25(10) 1987年10月(米濵和英)
- 日経ビジネス 1988年6月13日号増刊
- 証券 50(9)(594) 1998年(新規上場会社紹介)