IDOM:羽鳥兼市のガリバー創業と東証一部指定
1994年〜54歳の羽鳥兼市氏が再起した買取専業と、加盟店で展開した本部一括の査定
創業者の羽鳥兼市氏は1994年4月、福島県郡山市に中古車の買取専門店「ガリバー」を出店した。羽鳥兼市氏は同年10月にガリバーインターナショナル・コーポレーションを設立し、54歳で新しい事業を始めた。1号店は倉庫の一角を使い、男性社員1人とパートの主婦1人での営業。羽鳥兼市氏は1976年に経営する会社の倒産で約3億円の借金を負い、中古車販売で3年のうちに完済した。買取専業の着想は、下取りした車を店頭に並べられた元の持ち主から苦情を受けた経験に始まった。羽鳥兼市氏が1984年に郡山市で開設した買取専門店「日本流通センター」は、オークション市場が未成熟で在庫が滞留したので1年後に中止となった。90年代に各地でオークション会場が新設されたので、羽鳥兼市氏は買取車を展示せず業者オークションへ卸す方式で再び出店した。
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [1]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [4]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [5]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [6]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [7]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
- [2]1994年10月ガリバーインターナショナル設立、54歳からの挑戦
- ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち――「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
- [3]1994年郡山に1号店、男子社員1人とパート主婦1人で倉庫の一角から出発
羽鳥兼市氏は自前の資本で店を増やさず、フランチャイズ(FC)の加盟店を募って出店した。FC1号店の開設者は、中古車販売の経験がない青森県弘前市のりんご園の経営者である。羽鳥兼市氏は素人でも買い取れるよう、査定の手順をマニュアルにまとめた。加盟店は簡単な商談と査定票の作成に業務を絞り、買取価格は本部の査定士が約30万件のデータから約3分で決めた。1996年2月に千葉県浦安市へ本社を移した時点で、FC加盟店は55店に達した。羽鳥兼市氏は業界の慣習が染み込んでいない異業種からの参入者に加盟先を絞り込んだ。値付けを本部に集約したことで、加盟店の経験の差が買取価格に出にくくなり、出店の速度を支えたと考えられる。
- ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち――「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
- [8]異業種FC加盟店は商談と本部マニュアル査定のみ、買取価格はFAXの査定票と30万件のデータから本部査定士が約3分で決定。96年2月浦安へ本社移転時にFC55店
- [11]異業種FC加盟店は商談と本部マニュアル査定のみ、買取価格はFAXの査定票と30万件のデータから本部査定士が約3分で決定。96年2月浦安へ本社移転時にFC55店
- [12]異業種FC加盟店は商談と本部マニュアル査定のみ、買取価格はFAXの査定票と30万件のデータから本部査定士が約3分で決定。96年2月浦安へ本社移転時にFC55店
- 近代中小企業 1999年5月号
- [9]FC1号店は中古車販売経験のない弘前のりんご園経営者。素人でも買い取れるよう査定をマニュアル化
- [10]FC1号店は中古車販売経験のない弘前のりんご園経営者。素人でも買い取れるよう査定をマニュアル化
- 日経ビジネス 1999年12月6日号
- [13]羽鳥社長は中古車業界の慣習のない異業種からの参入にFCの対象を絞った
参考文献[1]-[13]
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [1]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [4]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [5]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [6]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- [7]1976年倒産で約3億円の借金、東京マイカー販売で3年で完済。84年郡山に買取専門店「日本流通センター」開設も流通未成熟で1年後に中止。90年代のオークション会場増加を見て94年4月「ガリバー」出店
- ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
- [2]1994年10月ガリバーインターナショナル設立、54歳からの挑戦
- ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち――「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
- [3]1994年郡山に1号店、男子社員1人とパート主婦1人で倉庫の一角から出発
- [8]異業種FC加盟店は商談と本部マニュアル査定のみ、買取価格はFAXの査定票と30万件のデータから本部査定士が約3分で決定。96年2月浦安へ本社移転時にFC55店
- [11]異業種FC加盟店は商談と本部マニュアル査定のみ、買取価格はFAXの査定票と30万件のデータから本部査定士が約3分で決定。96年2月浦安へ本社移転時にFC55店
- [12]異業種FC加盟店は商談と本部マニュアル査定のみ、買取価格はFAXの査定票と30万件のデータから本部査定士が約3分で決定。96年2月浦安へ本社移転時にFC55店
- 近代中小企業 1999年5月号
- [9]FC1号店は中古車販売経験のない弘前のりんご園経営者。素人でも買い取れるよう査定をマニュアル化
- [10]FC1号店は中古車販売経験のない弘前のりんご園経営者。素人でも買い取れるよう査定をマニュアル化
- 日経ビジネス 1999年12月6日号
- [13]羽鳥社長は中古車業界の慣習のない異業種からの参入にFCの対象を絞った
1997年〜在庫を持たずに販売するドルフィネットと、店頭登録を経て達成した500店
羽鳥兼市氏は1997年9月にドルフィネットシステムを試験導入し、1998年2月に本格運営へ移した。ドルフィネットは通信衛星で結んだ端末に、買取車の画像や年式、走行距離、キズの有無を表示する仕組みである。販売対象は買取店がオークションへ出すまでの1週間から10日の在庫で、1999年12月時点で約8000台だった。売れ残った車は従来どおりオークションで卸すので、小売に伴う在庫リスクは生じない。羽鳥兼市氏は、中間の流通業者を省けるので、売値を下げても1台あたりの粗利が高まると説明した。ドルフィネットの店舗は1998年12月末時点で208店となり、販売台数は1999年5月時点で1万台を超えた。卸売に限った買取専業の薄い利幅を、在庫を持たない小売で補う狙いだったとみられる。
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- [14]1997年9月ドルフィネットシステム試験導入、1998年2月本格運営開始
- 日経ビジネス 1999年12月6日号
- [15]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- [16]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- [17]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- [18]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- 証券アナリストジャーナル 1999年2月号 別冊付録 ガリバーインターナショナル(1999年1月14日 東京・会社説明会)
- [19]1998年12月末のドルフィネット店舗は208店(直営7・加盟201)
- 近代中小企業 1999年5月号
- [20]ドルフィネットの売上台数が1万台を突破(1999年5月号時点)
羽鳥兼市氏の会社は1999年時点でアルバイトを含め従業員500名に達し、毎週6、7名を採用しても人手が足りなかった。羽鳥兼市氏は新入社員に経営者の意識で働くよう求め、毎週月曜日に1時間の研修会「ガリバー大学」を開催した。賃金では年俸制ではなく、半年ごとに業績を評価する半俸制を導入。羽鳥兼市氏の考えは、半年で評価しなければ遅すぎるというものである。本部では十数人の査定人が、1人あたり毎日100台以上を値付けした。査定人の多くはオークション会社や中古車販売会社の出身者で、買取価格と実際の落札価格の差が評価と給与に反映された。評価の周期を短くしたのは、急拡大で不足する人材を成果に応じて早く引き上げるためだったと思われる。
- 近代中小企業 1999年5月号
- [21]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- [22]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- [23]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- [24]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- 日経ビジネス 1999年12月6日号
- [25]査定人の多くはオークション会社・中古車販売会社出身。買取価格と落札価格の差が個人評価と給与に反映。本部の十数人の査定人が各自毎日100台以上を値付け
- [26]査定人の多くはオークション会社・中古車販売会社出身。買取価格と落札価格の差が個人評価と給与に反映。本部の十数人の査定人が各自毎日100台以上を値付け
ガリバーインターナショナルは1998年12月11日、日本証券業協会に株式を店頭登録した。1998年12月末の店舗は、直営店と加盟店の合計で563店。羽鳥兼市氏は1999年1月の説明会で、公開により買取専門店の認知が高まったとの認識を示した。1994年の創業当時、買取専門店は車の金融業と取り違えられていた。1999年2月期のフリーキャッシュフローは、1億76百万円のマイナスの見込みだった。不足する資金の手当ては、株式の売出しによる5億円と新規借入の5億円である。羽鳥兼市氏が設立時に掲げた5年で500店の目標は、1999年9月に達成した。1999年10月末の店舗は552店で、約8割をFC加盟店が占めた。
- 証券アナリストジャーナル 1999年2月号 別冊付録 ガリバーインターナショナル(1999年1月14日 東京・会社説明会)
- [27]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [29]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [30]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [31]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [32]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [33]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- [28]1998年12月日本証券業協会に株式を登録
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [34]設立5年後の99年9月に目標どおり500店舗を達成
- 日経ビジネス 1999年12月6日号
- [35]1994年設立から5年で店舗数552、約8割がFC加盟店
参考文献[14]-[35]
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- [14]1997年9月ドルフィネットシステム試験導入、1998年2月本格運営開始
- [28]1998年12月日本証券業協会に株式を登録
- 日経ビジネス 1999年12月6日号
- [15]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- [16]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- [17]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- [18]衛星利用の端末で画像・年式・走行距離等を表示。対象はオークション前の一時在庫約8000台。売れ残りはオークションへ流すので在庫リスクなし。中間業者を省き粗利が高い
- [25]査定人の多くはオークション会社・中古車販売会社出身。買取価格と落札価格の差が個人評価と給与に反映。本部の十数人の査定人が各自毎日100台以上を値付け
- [26]査定人の多くはオークション会社・中古車販売会社出身。買取価格と落札価格の差が個人評価と給与に反映。本部の十数人の査定人が各自毎日100台以上を値付け
- [35]1994年設立から5年で店舗数552、約8割がFC加盟店
- 証券アナリストジャーナル 1999年2月号 別冊付録 ガリバーインターナショナル(1999年1月14日 東京・会社説明会)
- [19]1998年12月末のドルフィネット店舗は208店(直営7・加盟201)
- [27]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [29]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [30]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [31]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [32]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- [33]1998年12月11日店頭公開。98年末店舗563。94年当時は買取専門店が車の金融業と誤解、公開で認知向上。99/2期FCF▲1億76百万円を売出し5億円・借入5億円で手当て
- 近代中小企業 1999年5月号
- [20]ドルフィネットの売上台数が1万台を突破(1999年5月号時点)
- [21]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- [22]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- [23]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- [24]従業員はアルバイト含め500名、毎週6〜7名採用でも不足。毎週月曜1時間の研修「ガリバー大学」。半年で評価しないと遅いので半俸制を導入
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [34]設立5年後の99年9月に目標どおり500店舗を達成
2000年〜設立6年1カ月の東証2部上場と、創業9年目の東証1部指定
ガリバーインターナショナルは2000年12月、東京証券取引所市場第二部に上場した。会社設立から6年1カ月での上場は、当時の最短記録である。上場に先立つ2000年5月、ガリバーインターナショナルは本店を千葉県浦安市から東京都千代田区へ移転した。2001年2月期の売上高は583億円、経常利益は25億円だった。2001年3月の就職説明会には多数の大学生が参加した。羽鳥兼市氏は、1994年の設立当時に新卒の学生が中古車業者へ就職する例は無かったと振り返った。羽鳥兼市氏は設立時から、質の高い車を仕入れるために全国的な知名度を高めたいと考えた。取引所への上場は、店網を運営する人材を新卒から採用するための知名度づくりだったと推察される。
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- [36]2000年5月本店を東京都千代田区へ移転、2000年12月東証2部上場
- [38]2000年5月本店を東京都千代田区へ移転、2000年12月東証2部上場
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [37]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [39]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [40]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [41]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [42]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
ガリバーインターナショナルは2001年11月、査定価格の算出業務でISO9001(2000年度版)を取得した。羽鳥兼市氏は、名刺を出して中古車を扱うと名乗ると疑いの目で見られた経験を悔しさとともに振り返った。2001年には同業大手ジャック・ホールディングスの創業者が業務上横領容疑で逮捕され、業界の印象が損なわれた。本部の査定士は店頭の査定票と約45万件の落札データをもとに買取価格を決めた。買取価格が落札価格を大きく下回れば、会社の利益が増えても査定士の人事評価を下げる制度も導入した。羽鳥兼市氏は、どの店舗でも公正な価格を示す安心感を事業の基盤に据えた。査定業務に第三者の認証を求めたのは、値付けの公正さを外部の基準で示すためだったと解される。
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- [43]2001年11月査定価格算出業務でISO9001(2000年度版)取得
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [44]中古車を扱うと名乗ると疑いの目で見られた。ジャック・ホールディングス創業者が業務上横領容疑で逮捕され業界イメージに傷
- [45]中古車を扱うと名乗ると疑いの目で見られた。ジャック・ホールディングス創業者が業務上横領容疑で逮捕され業界イメージに傷
- 週刊東洋経済 2005年3月19日号
- [46]本部一括査定は査定票と約45万件の車両データで本部査定士が値付け。買取価格と落札価格の差が大きいと利益増でも査定士の評価を下げる
- [47]本部一括査定は査定票と約45万件の車両データで本部査定士が値付け。買取価格と落札価格の差が大きいと利益増でも査定士の評価を下げる
- ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
- [48]いつどの店舗でも公正な価格を表示する安心感をつくり出した
ガリバーインターナショナルは2003年8月、東京証券取引所市場第一部に指定された。1998年の店頭登録は、当時の史上最速の上場にあたる。2001年時点の年間買取台数は約25万台で、全国のオークションで売買される約500万台の5%に相当する。2003年度の推定買取台数はガリバーの30万台に対し、ラビットが10万台、アップルが7.5万台、T-UPが6.5万台だった。羽鳥兼市氏は次の目標を年間100万台に置き、社名の「インターナショナル」に込めた海外進出も視野に入れた。1部への上場は、1994年の創業から10年を待たずに実現した。1部指定で得た信用が、次章の米国進出と査定の仕組みの刷新に向かう足場になったのだろう。
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- [49]2003年8月東京証券取引所市場第一部に指定
- IDOM統合報告書2024
- [50]1994年創業、1998年当時史上最速上場、1999年500店舗、2003年東証一部上場
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [51]2001年時点の年間買取約25万台、全国オークション約500万台の5%。次の目標100万台、社名のインターナショナルに込めた海外進出も視野
- [53]2001年時点の年間買取約25万台、全国オークション約500万台の5%。次の目標100万台、社名のインターナショナルに込めた海外進出も視野
- 週刊東洋経済 2005年3月19日号
- [52]03年度推定買取台数:ガリバー30万台、ラビット10万台、アップル7.5万台、T-UP6.5万台
- ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
- [54]10年を待たず2003年8月に東証1部上場
参考文献[36]-[54]
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- [36]2000年5月本店を東京都千代田区へ移転、2000年12月東証2部上場
- [38]2000年5月本店を東京都千代田区へ移転、2000年12月東証2部上場
- [43]2001年11月査定価格算出業務でISO9001(2000年度版)取得
- [49]2003年8月東京証券取引所市場第一部に指定
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- [37]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [39]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [40]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [41]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [42]設立6年1カ月の過去最短記録で東証2部上場。01/2期売上高583億円・経常利益25億円。01年3月の就職説明会に大学生。設立当時は新卒が就職する中古車業者は皆無。仕入の質のため全国的知名度を上げたかった
- [44]中古車を扱うと名乗ると疑いの目で見られた。ジャック・ホールディングス創業者が業務上横領容疑で逮捕され業界イメージに傷
- [45]中古車を扱うと名乗ると疑いの目で見られた。ジャック・ホールディングス創業者が業務上横領容疑で逮捕され業界イメージに傷
- [51]2001年時点の年間買取約25万台、全国オークション約500万台の5%。次の目標100万台、社名のインターナショナルに込めた海外進出も視野
- [53]2001年時点の年間買取約25万台、全国オークション約500万台の5%。次の目標100万台、社名のインターナショナルに込めた海外進出も視野
- 週刊東洋経済 2005年3月19日号
- [46]本部一括査定は査定票と約45万件の車両データで本部査定士が値付け。買取価格と落札価格の差が大きいと利益増でも査定士の評価を下げる
- [47]本部一括査定は査定票と約45万件の車両データで本部査定士が値付け。買取価格と落札価格の差が大きいと利益増でも査定士の評価を下げる
- [52]03年度推定買取台数:ガリバー30万台、ラビット10万台、アップル7.5万台、T-UP6.5万台
- ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
- [48]いつどの店舗でも公正な価格を表示する安心感をつくり出した
- [54]10年を待たず2003年8月に東証1部上場
- IDOM統合報告書2024
- [50]1994年創業、1998年当時史上最速上場、1999年500店舗、2003年東証一部上場
1994年〜2003年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 利益率 | 億円 | |||
| 1994年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1995年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1996年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1997年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1998年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1999年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2000年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2001年02月期 | 単体 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2002年02月期 | 連結 | 849 | n/a | 42 | 4.9% | 19 | n/a |
| 2003年02月期 | 連結 | 950 | +11.9% | 53 | 5.6% | 28 | n/a |
出典・参考
9件
- 株式会社ガリバーインターナショナル 有価証券報告書 第12期(2006年2月期)【沿革】
- IDOM統合報告書2024
- 近代中小企業 1999年5月号
- 日経ビジネス 1999年12月6日号
- 証券アナリストジャーナル 1999年2月号 別冊付録 ガリバーインターナショナル(1999年1月14日 東京・会社説明会)
- 日経ビジネス 2001年7月2日号
- 週刊東洋経済 2005年3月19日号
- ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち――「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
- ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)