IDOM の歴史

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創業 1994年
創業者 羽鳥兼市
創業地 福島県郡山市
創業
1976年、羽鳥兼市氏が率いた羽鳥総業は、買収した同業に手形と営業資源を持ち逃げされて倒産した。3か月後、姉妹から集めたカンパで1台1万円の中古車を仕入れ、信用を失った『羽鳥』の名を社名から外して東京マイカー販売を興している。1980年代半ばに福島県で買取専門店を試したのち、全国のオークション会場へ自ら足を運んで相場のデータを調べ続け、市場が育つのを待った。1994年4月に郡山市で買取専門店を再び開き、同年10月に株式会社ガリバーインターナショナル・コーポレーションを設立した。設立時の拠点は本人と社員1名の富田店だけで、事務所の壁には1999年末までに全国500店という紙が貼ってあった。
決断
在庫を持つ前に、値段を決める仕組みのほうを先に作った。展示場へ200台を並べて月60台売る従来の中古車店では、売れ残りの値下がりを結局は客が負担する。羽鳥兼市氏はその構造を疑い、消費者から直接買い取ってオークションで売り切る形をとった。店頭で書いた査定票を本部へ送り、約30万件の落札データと突き合わせて3分で価格を返す本部一括査定を敷き、素人でも扱えるよう手順を文書にして加盟店へ配っている。1998年2月には通信衛星で結んだドルフィネットの本格運営に入り、出品までの数日間の在庫を全国から検索できるようにした。加盟店に任せたのは接客と査定票の記入までで、値決めは最後まで本部に残った。
現況
広げた業容のうち、現在も残っているのは国内の買取と販売だけである。2026年2月期の連結売上高は5,628億円、営業利益202億円、親会社株主に帰属する当期純利益119億円である。報告セグメントは日本が売上5,537億円・利益201億円、その他が90億円・利益0.4億円で、従業員は4,260名を数える。2021年4月に成長の軸を大型販売店と整備工場の2つへ定め、2022年7月には豪州の新車ディーラー事業から全面撤退した。大型店は2024年2月の53店を2027年2月までに100店へ広げる計画で、出店の可否は併設する整備工場の利益を勘案せず買取販売だけの採算で決めている。撤退で空いた資本を国内の大型店へ充当したことが、営業利益を200億円台へ押し上げた。
競合
上位3社を合わせてもシェアは15%程度で、寡占の起きない市場である。自動車販売に占める中古車の比率も3割にとどまり、7割の米国に遠い。相手は全国チェーンだけでなく各地の小規模店で、規模の差がそのまま価格の差にならない。IDOMは消費者から車を買い取る入口を持ち、大型ワンストップ店へ業態を転じたネクステージは大型店で車検や保険まで扱う販売側から同じ客へ向かう。2016年7月に社名をIDOMへ改め、サブスクのNORELや中国・豪州へ広げた業容は数年で整理され、現在は買取と整備を同じ店に載せる形へ戻った。自社の売場で売り切れれば業者間市場を通さずに済むため、買い取る入口を持つことがそのまま粗利の幅になる。
IDOM:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2002年2月期2026年2月期

創業ストーリー 福島県郡山市のガリバー創業と中古車流通DXの確立 (1994年〜)

郡山の倒産から買取専業へ──創業前史と1994年の設立

羽鳥兼市氏が率いた羽鳥総業は、買収した同業他社に手形と営業資源を持ち逃げされ、1970年代半ばに倒産する[1]。倒産の3か月後、羽鳥氏は姉妹から数千円ずつのカンパを集めて1台1万円の中古車を仕入れ、中古車販売の東京マイカー販売を興す[2]。信用を失った「羽鳥」の名は社名から外した。

  • 日経ビジネス 2001年7月2日号
    • [1]買収した同業他社に手形と営業資源を持ち逃げされ、1976年春に羽鳥総業が倒産(本人は別のインタビューで「1975年7月」と語り、証言に1年の幅がある)
  • ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
    • [2]倒産の3か月後に中古車販売の東京マイカー販売を創業。姉妹から数千円ずつのカンパを受け1台1万円の中古車を仕入れて開業し、「羽鳥」の名は信用を失ったため社名から外した

展示場に車を並べて売る従来型の中古車店では、200台を並べて月に60台売れれば良いほうで、売れ残った車の値下がり分は結局のところ客が負担する[3]。この構造への疑問から、羽鳥氏は1980年代半ばに福島県で買取専門店を立ち上げた。以後は全国のオークション会場に自ら足を運んで相場の傾向とデータを調べ続け、市場が育つのを待った[4]。1994年4月、蓄積したノウハウを携えて郡山市で買取専門店を再び開き、同年10月に株式会社ガリバーインターナショナル・コーポレーションを設立する[5][6]

  • ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
    • [3]展示場に200台並べて月60台売れれば御の字で、残り140台の目減り分を顧客が負担する構図という創業者の中古車流通観
    • [4]休眠後は全国のオークション会場に直接出向いて傾向とデータを調べ、分析を続けた
    • [5]1994年4月、福島県郡山市で買取専門店を再度立ち上げ、同年10月にガリバーインターナショナルを設立
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1994年10月 株式会社ガリバーインターナショナル・コーポレーションを福島県郡山市に設立(中古車買い取り業)

設立時の拠点は本人と社員1名の富田店だけで、事務所の壁に1999年末までに全国500店舗を達成すると書いた紙を貼り、毎朝二人で唱和したという[7]。加盟第1号は弘前で中古車販売を始めたいと相談してきた元客で、素人でも扱えるよう査定手順を綿密にマニュアル化した[8]。中古車業界の経験者ではなく異業種からの参入者をあえて選んだのは、過去の商習慣に縛られない担い手に新しい仕組みを託すためである[9]。1996年2月に千葉県浦安市へ東京本社を開設してFC本部機能を移し[10]、同年4月に商号を『株式会社ガリバーインターナショナル』[引用元]へ改めた[11]

  • ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
    • [7]設立時の拠点・富田店は本人と社員1名のみ。壁に「1999年12月31日までに全国500店舗達成」「グループ年商2500億円達成」と貼り毎朝唱和した
  • 近代中小企業 1999年5月号
    • [8]FC第1号店は青森・弘前で中古車販売を志した元顧客で、素人でも買い取りができるよう査定手順をマニュアル化した
  • 日経ビジネス 2001年7月2日号
    • [9]「中古車業界の人間に、これまでと違う方法でやってくださいと言っても、過去の体験から抜け出すのは無理な話だ。全くの素人に参加してもらって、一から新しい仕組みを作った方がいい」という創業者の加盟店選定方針
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [10]1996年2月 千葉県浦安市に東京本社を開設しFC本部機能を移転
    • [11]1996年4月 商号を株式会社ガリバーインターナショナルに変更
  • 日経ビジネス 2001年7月2日号
    • [1]買収した同業他社に手形と営業資源を持ち逃げされ、1976年春に羽鳥総業が倒産(本人は別のインタビューで「1975年7月」と語り、証言に1年の幅がある)
    • [9]「中古車業界の人間に、これまでと違う方法でやってくださいと言っても、過去の体験から抜け出すのは無理な話だ。全くの素人に参加してもらって、一から新しい仕組みを作った方がいい」という創業者の加盟店選定方針
  • ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
    • [2]倒産の3か月後に中古車販売の東京マイカー販売を創業。姉妹から数千円ずつのカンパを受け1台1万円の中古車を仕入れて開業し、「羽鳥」の名は信用を失ったため社名から外した
    • [3]展示場に200台並べて月60台売れれば御の字で、残り140台の目減り分を顧客が負担する構図という創業者の中古車流通観
    • [4]休眠後は全国のオークション会場に直接出向いて傾向とデータを調べ、分析を続けた
    • [5]1994年4月、福島県郡山市で買取専門店を再度立ち上げ、同年10月にガリバーインターナショナルを設立
    • [7]設立時の拠点・富田店は本人と社員1名のみ。壁に「1999年12月31日までに全国500店舗達成」「グループ年商2500億円達成」と貼り毎朝唱和した
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1994年10月 株式会社ガリバーインターナショナル・コーポレーションを福島県郡山市に設立(中古車買い取り業)
    • [10]1996年2月 千葉県浦安市に東京本社を開設しFC本部機能を移転
    • [11]1996年4月 商号を株式会社ガリバーインターナショナルに変更
  • 近代中小企業 1999年5月号
    • [8]FC第1号店は青森・弘前で中古車販売を志した元顧客で、素人でも買い取りができるよう査定手順をマニュアル化した

本部一括査定とドルフィネット──中古車流通DXの起点

客が車を持ち込むと店頭で傷や内装を確かめて査定票を本部へFAX送信し、本部の査定士がオークションでの最新落札価格を反映した車両データベースと突き合わせて価格を返す。参照するデータは1998年で約30万件、価格決定までおよそ3分[12]だった。2001年11月には査定価格算出業務でISO9001を取得している[13]

  • ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち──「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
    • [12]1998年時点で加盟店からFAXされた査定票を最新30万件のデータに照合し、買取価格決定までの処理時間は約3分
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [13]2001年11月 査定価格算出業務でISO9001取得

1997年9月にドルフィネットシステムを試験導入し[14]、1998年2月から本格運営に入った[15]。通信衛星で結んだ端末に買取車両の画像を載せ、オークションへ出品するまでの数日間の在庫を全国から検索できる仮想の展示場に変える設計だった[16]。1999年3月末には販売台数が1万台を超え、直営66店・加盟345店の店舗網と並ぶ柱に育つ[17]。2005年11月には自動査定システムの特許を取得した[18]

  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [14]1997年9月 ドルフィネットシステムを試験的に導入開始
    • [15]1998年2月 ドルフィネットシステムの本格運営を開始
    • [18]2005年11月 自動査定システムに関する特許を取得(第3738160号)
  • ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
    • [16]通信衛星を活用した画像による車販売システムで、オークション出品までの数日間の在庫をデータベース化・ネットワーク化して仮想販売展示場をつくる設計
  • 近代中小企業 1999年5月号
    • [17]1999年3月末でガリバーは直営66店・FC345店、1998年2月開始のドルフィネットの売上台数が1万台を突破

設立から3期の年商は約20億円、59億円、130億円と倍々に近い伸びを示した[19]。1998年12月11日に日本証券業協会へ株式を登録して公開市場に入り[20][21]、同年末には直営と加盟を合わせ563店舗を擁するに至る[22]。1999年9月には創業時に掲げた500店舗を目標どおり達成した[23]。2000年12月の東京証券取引所市場第二部上場は設立から6年1か月という当時の最短記録で[24]、2003年8月に市場第一部へ指定替えとなる[25]。設立10年以内に売上高10億ドルを達成した企業として、日本で唯一のハイパーグロースカンパニーに数えられた[26]

  • ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち──「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
    • [19]1994年10月設立から3期の年商は概数で20億円・59億円・130億円
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [20]1998年12月 日本証券業協会に株式を登録
    • [25]2000年12月 東京証券取引所市場第二部に上場、2003年8月 第一部指定
  • 証券アナリストジャーナル 1999年2月号 別冊付録 ガリバーインターナショナル(1999年1月14日 東京・会社説明会)
    • [21]店頭公開日は1998年12月11日(社長本人が会社説明会で言及)
    • [22]1998年末時点の買取・販売ネットワークは直営店と加盟店の合計で563店舗
  • 日経ビジネス 2001年7月2日号
    • [23]会社設立から5年後の1999年9月、目標どおり500店舗を達成
    • [24]2000年12月の東証2部上場は会社設立から6年1カ月という当時の過去最短記録
  • IDOM統合報告書2024
    • [26]2004年に世界で十数社、日本では唯一となるハイパーグロースカンパニー(設立10年以内に売上高10億ドルを達成する超成長企業)となった
  • ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち──「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
    • [12]1998年時点で加盟店からFAXされた査定票を最新30万件のデータに照合し、買取価格決定までの処理時間は約3分
    • [19]1994年10月設立から3期の年商は概数で20億円・59億円・130億円
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [13]2001年11月 査定価格算出業務でISO9001取得
    • [14]1997年9月 ドルフィネットシステムを試験的に導入開始
    • [15]1998年2月 ドルフィネットシステムの本格運営を開始
    • [18]2005年11月 自動査定システムに関する特許を取得(第3738160号)
    • [20]1998年12月 日本証券業協会に株式を登録
    • [25]2000年12月 東京証券取引所市場第二部に上場、2003年8月 第一部指定
  • ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)
    • [16]通信衛星を活用した画像による車販売システムで、オークション出品までの数日間の在庫をデータベース化・ネットワーク化して仮想販売展示場をつくる設計
  • 近代中小企業 1999年5月号
    • [17]1999年3月末でガリバーは直営66店・FC345店、1998年2月開始のドルフィネットの売上台数が1万台を突破
  • 証券アナリストジャーナル 1999年2月号 別冊付録 ガリバーインターナショナル(1999年1月14日 東京・会社説明会)
    • [21]店頭公開日は1998年12月11日(社長本人が会社説明会で言及)
    • [22]1998年末時点の買取・販売ネットワークは直営店と加盟店の合計で563店舗
  • 日経ビジネス 2001年7月2日号
    • [23]会社設立から5年後の1999年9月、目標どおり500店舗を達成
    • [24]2000年12月の東証2部上場は会社設立から6年1カ月という当時の過去最短記録
  • IDOM統合報告書2024
    • [26]2004年に世界で十数社、日本では唯一となるハイパーグロースカンパニー(設立10年以内に売上高10億ドルを達成する超成長企業)となった

創業者退任と兄弟共同代表期──羽鳥由宇介氏・羽鳥貴夫氏の二頭体制

創業者・羽鳥兼市氏が代表取締役社長を退任し、長男・羽鳥由宇介氏(戸籍名:羽鳥裕介、1971年生)と次男・羽鳥貴夫氏(1972年生)がそろって代表取締役社長に就いた[27][28]羽鳥兼市氏は社長退任後も代表取締役会長として代表権を保持し[29]、共同代表期の経営判断を補完する役回りに回った。

  • IDOM 有価証券報告書【役員の状況】
    • [27]2008年6月以降、羽鳥由宇介氏・羽鳥貴夫氏の兄弟2名がともに取締役社長(代表取締役)として在任。有報【役員の状況】は注記に「取締役社長羽鳥由宇介及び取締役社長羽鳥貴夫は、兄弟であります」と明示している
    • [29]羽鳥兼市氏は社長退任後も代表取締役会長として代表権を保持(FY08〜FY14 会長)
  • IDOM 有価証券報告書【大株主の状況】
    • [28]長男・羽鳥由宇介氏の戸籍名は羽鳥裕介(有報の大株主名でも『羽鳥 由宇介(戸籍名:羽鳥 裕介)』と併記)

上場企業で兄弟2名が同時に社長を務める構成は珍しい。会社はこの体制を、重要な意思決定をトップ1名の独断に委ねず弁証法によって議論を深めて最適解を出す仕組みと説明し、代表者間の牽制機能と経営判断の健全化・迅速化を狙いに掲げている[30]。由宇介氏自身も、どこを目指すか・どう社会に貢献するかといった抽象度の高い議題ほど二人で話し合うことで視野が広がり議論が深まると述べ、偏った意思決定が避けられる点を体制の特徴に挙げた[31]

  • IDOM統合報告書2024
    • [30]「経営上重要な意思決定をトップ1名の独断で行うのではなく、弁証法により議論を深めて最適解を出す。2008年より現体制に移行し今後も継続」「代表者間での『牽制機能』と『経営判断の健全化・迅速化』」
    • [31]羽鳥由宇介社長は社長2名体制の特徴を「偏った意思決定が避けられる点」とし、抽象度が高く概念的な議論が必要な経営において効率的に機能していると述べる
  • IDOM 有価証券報告書【役員の状況】
    • [27]2008年6月以降、羽鳥由宇介氏・羽鳥貴夫氏の兄弟2名がともに取締役社長(代表取締役)として在任。有報【役員の状況】は注記に「取締役社長羽鳥由宇介及び取締役社長羽鳥貴夫は、兄弟であります」と明示している
    • [29]羽鳥兼市氏は社長退任後も代表取締役会長として代表権を保持(FY08〜FY14 会長)
  • IDOM 有価証券報告書【大株主の状況】
    • [28]長男・羽鳥由宇介氏の戸籍名は羽鳥裕介(有報の大株主名でも『羽鳥 由宇介(戸籍名:羽鳥 裕介)』と併記)
  • IDOM統合報告書2024
    • [30]「経営上重要な意思決定をトップ1名の独断で行うのではなく、弁証法により議論を深めて最適解を出す。2008年より現体制に移行し今後も継続」「代表者間での『牽制機能』と『経営判断の健全化・迅速化』」
    • [31]羽鳥由宇介社長は社長2名体制の特徴を「偏った意思決定が避けられる点」とし、抽象度が高く概念的な議論が必要な経営において効率的に機能していると述べる

卸売依存の限界と中古車小売への転換

会社の収益は長く卸売に依存していた。この構造は仕入環境と相場の変動をそのまま損益に伝える。オークションでの販売平均単価は2000年2月期の95万8000円から2003年2月期には83万5000円まで下がり、小型車の主流化による新車価格の低下と買い替えサイクルの長期化がその理由に挙げられた[32]

  • 日経ビジネス 2004年1月19日号
    • [32]買い取った車をオークションで販売する際の平均単価は2000年2月期95万8000円から2003年2月期83万5000円に下落。理由は新車価格の低下と買い替えサイクルの長期化(同社・鈴木詳一自動車流通研究所所長の分析)

2012年からは小売の新業態が相次いだ。2013年11月には東京マイカー販売株式会社を完全子会社化した[33]

  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [33]2013年11月 東京マイカー販売株式会社を完全子会社化(全株式取得)
  • 日経ビジネス 2004年1月19日号
    • [32]買い取った車をオークションで販売する際の平均単価は2000年2月期95万8000円から2003年2月期83万5000円に下落。理由は新車価格の低下と買い替えサイクルの長期化(同社・鈴木詳一自動車流通研究所所長の分析)
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [33]2013年11月 東京マイカー販売株式会社を完全子会社化(全株式取得)

2015年豪州Buick取得──マルチブランド新車ディーラーへの転機

海外展開は試行の連続だった。2004年11月に全額出資子会社Gulliver USA, Inc.を設立して米州に足掛かりを求めたが[34]、十分な規模には育たなかった。国内出店も抑えた我慢の時期を経て海外へ再び向かい、最初に照準を定めたのはタイだった。2011年8月には株式会社ハコボーを吸収合併し、グループの整理も進めた[35]

  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2004年11月 全額出資子会社Gulliver USA, Inc.を設立
    • [35]2011年8月 株式会社ハコボーを吸収合併

2015年9月、Gulliver Australia Holdingsを通じて豪州Buick Holdings Pty Ltd.の株式67.0%を取得し子会社化した[36]。豪州のマルチブランド新車ディーラーを傘下に収めることで、中古車買取専業から新車ディーラー業態へ業容を広げ、海外で相応の規模を持つ事業基盤を初めて得た。買収は兄弟共同代表のもとで実行され[37]、創業から20年余りを経た第二世代経営の初期成果として組織内外に示された。

  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [36]2015年9月 Gulliver Australia Holdings経由で豪州Buick Holdings Pty Ltd.の株式67.0%を取得し子会社化(マルチブランド新車ディーラー)
  • IDOM 有価証券報告書【役員の状況】
    • [37]2015年(FY15)時点も羽鳥由宇介氏・羽鳥貴夫氏の2名がともに取締役社長(代表取締役)。共同代表は継続している
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2004年11月 全額出資子会社Gulliver USA, Inc.を設立
    • [35]2011年8月 株式会社ハコボーを吸収合併
    • [36]2015年9月 Gulliver Australia Holdings経由で豪州Buick Holdings Pty Ltd.の株式67.0%を取得し子会社化(マルチブランド新車ディーラー)
  • IDOM 有価証券報告書【役員の状況】
    • [37]2015年(FY15)時点も羽鳥由宇介氏・羽鳥貴夫氏の2名がともに取締役社長(代表取締役)。共同代表は継続している

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IDOMの沿革1994〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1994〜2007年福島県郡山市のガリバー創業と中古車流通DXの確立羽鳥兼市ガリバーインターナショナル・コーポレーションを設立
羽鳥兼市商号をガリバーインターナショナルに変更
羽鳥兼市ドルフィネットシステムを試験的に導入開始
羽鳥兼市ドルフィネットシステムの本格運営を開始★★
羽鳥兼市日本証券業協会に株式を登録
羽鳥兼市全国で500店舗を達成
羽鳥兼市ジー・トレーディングを共同出資で設立
羽鳥兼市東京証券取引所市場第二部に上場
羽鳥兼市査定価格算出業務でISO9001取得
羽鳥兼市中古車「買取専業」モデルの確立と最短記録での株式上場

1994年、羽鳥兼市氏が福島県郡山市に設立したガリバーインターナショナルが、新車店・中古車店の付帯業務にすぎなかった『下取り』を独立した買取専業へ切り出し、本部が査定価格を決めるフランチャイズで全国に広げた経営判断。会社設立から8年10カ月で東京証券取引所市場第一部へ上場した。

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★★★
羽鳥兼市全額出資子会社Gulliver USA, Inc.を設立
羽鳥兼市子会社・ジー・トレーディングがジャスダック証券取引所に上場
羽鳥兼市自動査定システムに関する特許を取得
羽鳥兼市ポーター賞受賞
2008〜2015年創業者退任後の兄弟共同代表期と海外展開の試行羽鳥兼市創業者・羽鳥兼市が代表取締役社長を退任し代表取締役会長へ
羽鳥由宇介ジー・トレーディングを株式交換により完全子会社化
羽鳥由宇介ハコボーを吸収合併
羽鳥由宇介モトーレングローバルを100%出資で設立
羽鳥由宇介東京マイカー販売を完全子会社化
羽鳥由宇介個人間売買サービス「クルマジロ」を開始
羽鳥由宇介Buick Holdings Pty Ltd.の株式67.0%を取得し子会社化★★
2016〜2025年モビリティ事業への業容拡大と中期経営計画(2023-2027)の起動羽鳥由宇介「ガリバー」から「IDOM」への社名変更とモビリティ事業への業容拡大

2016年7月、羽鳥由宇介社長が中古車買取『ガリバー』で知られる株式会社ガリバーインターナショナルの企業名を『株式会社IDOM』へ改めた経営判断。中古車買取・販売の『ガリバー事業』は社内の一事業として残し、企業名だけを切り離した。

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★★★
羽鳥由宇介月額定額クルマ乗り換え放題サービス「NOREL」開始★★
羽鳥由宇介宜多梦(江蘇)商貿有限公司を100%出資子会社として設立
羽鳥由宇介中国1号店をオープン
羽鳥由宇介個人間カーシェアリングサービス「GO2GO」を開始
羽鳥由宇介IDOM CaaS Technologyを設立
羽鳥由宇介豪州マルチブランド新車ディーラーへの参入と、7年での全面撤退

中古車買取で国内網を築いたIDOM(旧ガリバーインターナショナル)が、2015年に豪州のマルチブランド新車ディーラーBuick Holdingsを取得し、2018年に追加買収で拡大したのち、2022年4月に全株式を譲渡して豪州新車ディーラー事業から全面撤退した経営判断。

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★★★
羽鳥由宇介中期経営計画(2023-2027)を公表
出典・参考
  • IDOM統合報告書2024
  • IDOM統合報告書2025
  • IDOM 有価証券報告書【沿革】
  • IDOM 有価証券報告書【役員の状況】
  • IDOM 有価証券報告書【大株主の状況】
  • 近代中小企業 1999年5月号
  • 証券アナリストジャーナル 1999年2月号 別冊付録 ガリバーインターナショナル(1999年1月14日 東京・会社説明会)
  • 日経ビジネス 2001年7月2日号
  • 日経ビジネス 2004年1月19日号
  • ダイヤモンド(2016年8月25日, ダイヤモンド社)
  • ビジネス・インテリジェンス 1998年「新起業家たち──「ガリバーインターナショナル」代表取締役・羽鳥兼市」(河野實)
  • ドリームゲート起業家インタビュー 第48回「株式会社ガリバーインターナショナル 羽鳥兼市」(2007年9月11日)

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