京セラケミカル製品のUL認証不正:30年続いた試験サンプルのすり替えと、外部委員会による全容の解明

更新:

時期 2021年1月
当時の社長 谷本秀夫
論点 買収した事業に残った品質不正と、その是正
概要

2020年秋、ケミカル事業部の若手社員が、ULのフォローアップ検査で指定とは異なる試験片を提出していると申告した。社内調査で5つの製品群に及ぶことが判明し、2021年1月8日に事実を公表、15日に外部の専門家で構成する特別調査委員会を設置した。

ULは2021年3月17日時点で465品番の登録について認証の取消措置を行い、委員会は5月13日に調査報告書を提出した。京セラは翌14日、報告書とともに是正措置及び再発防止策を公表している。

背景

ケミカル事業は、2002年8月に東芝ケミカルを子会社化して京セラケミカルとし、2016年4月に吸収合併してケミカル事業部とした経緯を持つ。不正が確認できた最も古い時期は不飽和ポリエステル樹脂成形材料の1972年で、東芝ケミカル時代に始まった行為が、社名と資本関係が変わったあとも引き継がれていた。

買収は社名と資本関係の変更にとどまり、業務手順は大きく変わっていなかった。セラミック製品を主に扱ってきた京セラにケミカル事業の経験がなく、日常業務は旧東芝ケミカル出身者に委ねる部分が多かった。

内容

委員会は2021年1月15日から5月13日まで13回開かれ、延べ81名・約127時間のヒアリングと、川崎工場・福島郡山工場・栃木真岡事業所での現地調査を延べ6回行った。不正が確認された品番は封止材379、プリミックス39、レジン21、フェノール11、絶縁ワニス8。いずれも過去2年間に製造実績のある品番を数えた。

2009年以降、代表取締役を含む複数の幹部層が不正を認識しながら黙認していた。ただし各製品担当へ不正を指示または命令した事実までは認められていない。ケミカル事業部以外で同種の事案が疑われたのは1件にとどまった。

含意

再発防止策の骨格は、事業部・事業本部の品質保証部・本社のCS推進部・グローバル統括監査部の4段階の砦を立て直すことに置かれた。UL認証は技術部門だけが扱い品質保証部門が関与していなかったため、3拠点の品質保証課に承認行為を担わせる体制へ2021年4月1日に改めている。黙認してきた役職者層は刷新し、人事処分を行うとした。

業績への影響は不明とされ、第67期の有価証券報告書にも損失の計上はない。ケミカル事業はその後、2026年1月に住友ベークライトへの譲渡が決議された。

筆者の見解

買えなかったのは、事業ではなく仕事のやり方だった

この一件が突きつけたのは、品質の不正というより、買収した事業をどこまで自分のものにできていたのかという問いであった。1972年に始まった行為は、東芝ケミカルから京セラケミカル、そしてケミカル事業部へと、資本関係が二度変わっても途切れなかった。セラミックを本業とする買い手にケミカルの技術を測る物差しがなく、日常の業務は旧経営の出身者に委ねられた。京セラフィロソフィもアメーバ経営も、この事業部の内側には届いていなかったことになる。再発防止策がPMIの見直しを一項目として掲げたのは、原因の所在を自らそう認めたということだろう。

もっとも、不正を止められなかった責任を仕組みだけに帰すのは早い。2009年以降だけを見ても代表取締役を含む幹部層が事実を知りながら是正しきれず、報告が京セラ本体へ正面から上がることもなかった。会社の存亡にかかわると認識していた取締役までいたのだから、分かっていなかったのではなく、引き受ける者がいなかったのである。30年続いた行為を表に出したのが、面談の席に着いた一人の若手社員だったという事実が、その落差を最もよく示しているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年9月

経緯と対応

科目 概要 備考
発覚の端緒 2020年秋、若手社員からの相談・報告 労務のフォローアップ面談での申告。これを受けて社内調査に入った
不正の内容 指定とは異なる試験片をULへ提出 フォローアップ検査で、量産品とは別に作ったサンプルにすり替えていた
事実の公表 2021年1月8日
特別調査委員会の設置 2021年1月15日 事実関係の解明、原因究明と再発防止策の提言を目的に設置した
委員会の構成 委員3名・調査補助者3名 委員長は弁護士・公認不正検査士。委員は弁護士と東京工業大学名誉教授
調査体制 事務局17名とフォレンジック調査 事務局は社内弁護士2名を含むコンプライアンス部門の社員で構成した
調査期間 2021年1月15日から5月13日 委員会を合計13回開催した
調査の方法 延べ81名・約127時間のヒアリング 川崎工場・福島郡山工場・栃木真岡事業所での現地調査を延べ6回実施
認証の取消 465品番 2021年3月17日時点。封止材・レジン・フェノール・プリミックス・絶縁ワニス
取り消された規格 UL94・UL746・UL1446 登録品番が取消を受け、同じ製品群の適正な品番にも取消が及んだ
不正の期間 1972年から30年以上 東芝ケミカル、京セラケミカル、ケミカル事業部へと引き継がれていた
幹部層の関与 認識しながら黙認 2009年以降、代表取締役を含む複数の幹部層。指示・命令の事実は認められない
他事業部への広がり 同種事案が疑われたのは1件 プリント配線板のプレス温度の報告。悪質性が高いとまではいえないとされた
調査報告書の受領 2021年5月13日 起案権は委員会に専属し、提出前に会社へ開示する義務を負わない取り決め
是正措置の公表 2021年5月14日 報告書の公表版とともに、会社が作成した再発防止策を開示した
再発防止の骨格 4段階の砦の見直し ケミカル事業部、事業本部の品質保証部、CS推進部、グローバル統括監査部
組織体制の是正 2021年4月1日実施 郡山・川崎・真岡の品質保証課がUL認証とFUS対応の承認行為を担う
人事の措置 役職者層の刷新と人事処分 黙認してきた役職者を他事業部の者と入れ替え、公平・適切な処分を行う
業績への影響 現時点では不明 2021年5月14日の開示。第67期の有価証券報告書にも損失の計上はない

出所:京セラ 当社ケミカル製品における不適切対応に関する調査結果等のご報告(2021年5月14日)/有価証券報告書 第67期(2021年3月期)【事業等のリスク】

京セラ:本件不正が行われた品番数

(品番) 不正適正グレー 備考
封止材(半導体用エポキシ封止材料) 379216 2020年度のケミカル事業売上の42%。不正の開始は1988年
プリミックス(不飽和ポリエステル樹脂成形材料) 3911 同2%。確認できた開始時期は1972年で、5製品群のうち最も古い
レジン(注形レジン) 2120 同13%。不正の開始は1986年
フェノール(フェノール樹脂成形材料) 11023 同1%。不正の開始は1990年代初め
絶縁ワニス 8365 同6%。不正の開始は1985年

出所:京セラ UL問題特別調査委員会 調査報告書(公表版・2021年5月13日)

同じ問いに直面した会社

買収・合併後の統合2015年MIXIモンスト一本足からの脱却を狙ったチケット売買事業への参入と、その閉鎖事業ポートフォリオと子会社ガバナンス
2021年オープンアップグループ現金を使わず株式だけで行う統合と、3か月後に314億円を削られたのれん経営統合とブランドの再設定
2021年DCMホールディングスホームセンター事業会社5社の吸収合併によるDCM株式会社の発足と、店名の「DCM」への統一グループ経営体制と屋号
2021年ユー・エス・エス完全子会社化と併せて踏み切ったHAA神戸会場の減損188億円の計上物理会場拡張の限界と買収後の整理
2021年日立製作所自動車部品事業に外部資本を入れ、持分を100%から66.6%へ薄めて規模を取った統合自動車部品事業の規模と資本構成
不祥事後の信頼回復2021年東洋紡10年にわたるエンジニアリングプラスチックの試験不正と、品質保証部門を事業から切り離す体制刷新エンジニアリングプラスチックの品質不正とガバナンス
2021年ENEOS HD独占禁止法違反を重ねた舗装子会社を非公開化し、ゴールドマン・サックスとの共同保有へ切り替えた選択独占禁止法違反を繰り返す上場子会社の統治
2021年三菱電機長崎製作所の検査不正発覚と、漆間啓体制での3つの改革品質不正とガバナンス
2021年みずほフィナンシャルグループ度重なるシステム障害と行政処分——経営責任とガバナンス改革への転換システムリスク管理とガバナンス
2021年NTT社外役員による特別調査委員会の設置と、会食ルールの策定による規律の引き直し監督官庁との距離と経営層の規律
出典・参考

免責事項およびポリシー