第1章 年〜年

メガチップス:メガチップスの設立と任天堂向けゲームソフト格納用LSI

1990年〜資本金1,000万円で吹田に興したLSIの受託開発と、任天堂・マクロニクスとの三者製造委託

メガチップスは1990年4月、大阪府吹田市に資本金10,000千円で設立され、受託開発事業から始めた。創業者で社長の進藤晶弘氏は、日本の半導体産業の草創期から半導体の仕事を続けてきた技術者である。進藤晶弘氏は1980年代後半、人が回路を考える設計は終わり、機器の動作から発想してICを作る時代に移ると見通した。創業の動機は、機器とLSIの分業から融合への移行、生産力から技術力への競争の転換、特化した高性能品への需要の3点。そのうえで工場は持たず、経営資源のすべてを研究開発に充てる企業スタイルを選んだ。バブル期の創業で銀行から借入ができず、顧客から開発を請け負って得た資金で人材と開発設備をそろえた。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1990年4月 大阪府吹田市南金田で資本金10,000千円にて設立、受託開発事業を開始
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
    • [2]進藤晶弘社長は日本の半導体産業の創成期に参画し以来半導体関連の仕事を続けてきた
    • [3]80年代後半に機器の動作を考えてICを作る時代になると考え創業。動機は分業から融合・競争力の変貌・特化した最高性能品の3点。研究開発型とし工場を持たない
    • [4]80年代後半に機器の動作を考えてICを作る時代になると考え創業。動機は分業から融合・競争力の変貌・特化した最高性能品の3点。研究開発型とし工場を持たない
    • [5]80年代後半に機器の動作を考えてICを作る時代になると考え創業。動機は分業から融合・競争力の変貌・特化した最高性能品の3点。研究開発型とし工場を持たない
    • [6]バブル期の立ち上げで銀行借入ができず、第一フェーズは受託開発で資金を得て人材と開発設備をそろえた

メガチップスは1991年8月、顧客専用LSI事業を始めた。進藤晶弘氏は、受託開発の成果を顧客に渡すだけでは将来の成長性も目指す方向も満たせないと判断した。そこで自社で開発したLSIを製品として顧客に販売し、生産は外部へ委託する仕組みに切り替えた。背景にあったのは、標準LSIの普及で機器の寿命が縮み、機器メーカーが自社専用の回路を載せたICを求め始めた流れ。1980年代に集積度が上がると、米国では設計に特化して製造を外に出すファブレス半導体メーカーが相次いで生まれた。受託で積んだ設計の実績を製品の販売に転じたことが、日本で前例の乏しいファブレスの事業モデルの入口になったとみられる。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1991年8月 顧客専用LSI事業を開始
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
    • [8]第二フェーズで、受託開発の成果を売るだけでは将来の成長性・目指す方向として不十分とし、自社開発製品を顧客に買ってもらい生産は外部委託するASIC事業を始めた
    • [9]第二フェーズで、受託開発の成果を売るだけでは将来の成長性・目指す方向として不十分とし、自社開発製品を顧客に買ってもらい生産は外部委託するASIC事業を始めた
    • [10]標準LSIで機器の寿命が短くなり機器メーカーは専用回路のASICを搭載。80年代に米シリコンバレーでファブレスが輩出、日本では1998年時点で半導体のファブレス企業は出ていない
    • [11]標準LSIで機器の寿命が短くなり機器メーカーは専用回路のASICを搭載。80年代に米シリコンバレーでファブレスが輩出、日本では1998年時点で半導体のファブレス企業は出ていない

メガチップスは1994年3月、台湾のMacronix International Co.,Ltd.と販売代理店契約を結んだ。同年7月には、任天堂向けゲームソフトウェア格納用LSIの共同開発契約を同じ相手と締結した。1995年3月には任天堂を加えた三者間で、任天堂製ゲーム機に使う格納用LSIの製造委託契約を結んだ。進藤晶弘氏は、1992〜95年の成長期に最大の顧客だった任天堂との取引を、ファブレス企業となる出発点に挙げている。1998年3月期の売上高256億円のうち、任天堂を中心とする顧客専用LSIが83%を占めた。製造を担う相手を契約に組み入れたので、自社工場を持たないメガチップスでも任天堂の量産に応えられたと考えられる。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1994年3月 Macronixと販売代理店契約、1994年7月 任天堂向けゲームソフト格納用LSIの共同開発契約、1995年3月 任天堂・Macronixと三者間製造委託契約
    • [13]1994年3月 Macronixと販売代理店契約、1994年7月 任天堂向けゲームソフト格納用LSIの共同開発契約、1995年3月 任天堂・Macronixと三者間製造委託契約
    • [14]1994年3月 Macronixと販売代理店契約、1994年7月 任天堂向けゲームソフト格納用LSIの共同開発契約、1995年3月 任天堂・Macronixと三者間製造委託契約
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
    • [15]92〜95年の成長期の最大顧客は任天堂で、ファブレス企業の基礎を築いた。98年3月期売上高256億円、任天堂中心の顧客専用LSIが83%
    • [16]92〜95年の成長期の最大顧客は任天堂で、ファブレス企業の基礎を築いた。98年3月期売上高256億円、任天堂中心の顧客専用LSIが83%
参考文献[1]-[16]
  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1990年4月 大阪府吹田市南金田で資本金10,000千円にて設立、受託開発事業を開始
    • [7]1991年8月 顧客専用LSI事業を開始
    • [12]1994年3月 Macronixと販売代理店契約、1994年7月 任天堂向けゲームソフト格納用LSIの共同開発契約、1995年3月 任天堂・Macronixと三者間製造委託契約
    • [13]1994年3月 Macronixと販売代理店契約、1994年7月 任天堂向けゲームソフト格納用LSIの共同開発契約、1995年3月 任天堂・Macronixと三者間製造委託契約
    • [14]1994年3月 Macronixと販売代理店契約、1994年7月 任天堂向けゲームソフト格納用LSIの共同開発契約、1995年3月 任天堂・Macronixと三者間製造委託契約
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
    • [2]進藤晶弘社長は日本の半導体産業の創成期に参画し以来半導体関連の仕事を続けてきた
    • [3]80年代後半に機器の動作を考えてICを作る時代になると考え創業。動機は分業から融合・競争力の変貌・特化した最高性能品の3点。研究開発型とし工場を持たない
    • [4]80年代後半に機器の動作を考えてICを作る時代になると考え創業。動機は分業から融合・競争力の変貌・特化した最高性能品の3点。研究開発型とし工場を持たない
    • [5]80年代後半に機器の動作を考えてICを作る時代になると考え創業。動機は分業から融合・競争力の変貌・特化した最高性能品の3点。研究開発型とし工場を持たない
    • [6]バブル期の立ち上げで銀行借入ができず、第一フェーズは受託開発で資金を得て人材と開発設備をそろえた
    • [8]第二フェーズで、受託開発の成果を売るだけでは将来の成長性・目指す方向として不十分とし、自社開発製品を顧客に買ってもらい生産は外部委託するASIC事業を始めた
    • [9]第二フェーズで、受託開発の成果を売るだけでは将来の成長性・目指す方向として不十分とし、自社開発製品を顧客に買ってもらい生産は外部委託するASIC事業を始めた
    • [10]標準LSIで機器の寿命が短くなり機器メーカーは専用回路のASICを搭載。80年代に米シリコンバレーでファブレスが輩出、日本では1998年時点で半導体のファブレス企業は出ていない
    • [11]標準LSIで機器の寿命が短くなり機器メーカーは専用回路のASICを搭載。80年代に米シリコンバレーでファブレスが輩出、日本では1998年時点で半導体のファブレス企業は出ていない
    • [15]92〜95年の成長期の最大顧客は任天堂で、ファブレス企業の基礎を築いた。98年3月期売上高256億円、任天堂中心の顧客専用LSIが83%
    • [16]92〜95年の成長期の最大顧客は任天堂で、ファブレス企業の基礎を築いた。98年3月期売上高256億円、任天堂中心の顧客専用LSIが83%

1995年〜自社ブランドLSIとシステム製品の二本立てと、店頭登録から2年での東証一部上場

メガチップスは1995年9月に自社ブランドLSI事業を、10月にシステム製品事業を始めた。システム製品は動画と音声をデジタル化して記録・伝送する機器で、本格的なブロードバンド時代の到来を商機とみての着手だった。進藤晶弘氏は1996〜98年を第三フェーズと位置づけ、顧客の要望どおりに開発するだけでは付加価値が低いと判断した。打ち出した方針は、応用から製品化まで自社で考え、自社ブランドで販売して、高収益の財務体質へ転換すること。事業は顧客専用と特定用途向け、LSIとシステムの掛け合わせで4分野に分け、粗利率は特定用途向けシステムが最も高かった。ただし1998年3月期の売上高に占める新しい3分野の比率は、10%程度である。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [17]1995年9月 自社ブランドLSI事業、1995年10月 システム製品事業を開始
  • メガチップス・メガフュージョン お知らせ 2003年5月15日「Notice of Share Exchange Agreement in Preparation for Shift to a System of Pure Holding Company」(英訳版)
    • [18]1995年10月、本格的ブロードバンド時代の到来を商機とみて、動画・音声をデジタル化し記録・伝送するシステム製品の事業を開始
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
    • [19]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度
    • [20]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度
    • [21]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度
    • [22]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度

メガチップスは1998年8月、日本証券業協会に株式を店頭登録した。同年12月には、システム製品の販社としてビジュアルコミュニケーションを三井物産との合弁で設立している。新会社はシステム事業の拡大を目的とし、システムインテグレーションの専業会社と位置づけられた。進藤晶弘氏は、LSIと顧客専用システムを直販とし、特定用途向けシステムの販売は販売アライアンスと呼ぶ協力先に委ねる方針を示した。企画・研究・開発の前後を協力先に任せ、資金の固定化を防ぐことが経営の基本方針である。販路を持たない特定用途向けシステムを商社との合弁販社に担わせたのは、販売網と資金を外部に求める方針の延長だったと推察される。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [23]1998年8月 日本証券業協会に店頭登録、1998年12月 システム製品の販社ビジュアルコミュニケーションを三井物産と合弁で設立
    • [24]1998年8月 日本証券業協会に店頭登録、1998年12月 システム製品の販社ビジュアルコミュニケーションを三井物産と合弁で設立
  • メガチップス・メガフュージョン お知らせ 2003年5月15日「Notice of Share Exchange Agreement in Preparation for Shift to a System of Pure Holding Company」(英訳版)
    • [25]メガフュージョン(設立1998年12月8日)はシステム事業拡大のためシステムインテグレーション専業会社として設立。2003年3月時点で三井物産が議決権3.41%
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
    • [26]LSIと顧客専用システムは直販、特定用途向けシステムは販売アライアンスに委託。企画・研究・開発に資源を集中し前後をパートナーに委ね資金の固定化を防ぐ
    • [27]LSIと顧客専用システムは直販、特定用途向けシステムは販売アライアンスに委託。企画・研究・開発に資源を集中し前後をパートナーに委ね資金の固定化を防ぐ

メガチップスは2000年4月、ビジュアルコミュニケーションとカメオインタラクティブを合併させ、商号をメガフュージョンに改めた。本体は同年12月に東京証券取引所市場第一部へ上場し、店頭登録から2年4か月で一部銘柄となった。メガフュージョンも2001年8月に株式を店頭登録した。米国発のIT革命で高速通信網が普及し、画像・音声・音楽・文字を組み合わせたリッチメディアの用途が大きく広がった。メガフュージョンはリッチメディアの解決策を中核事業に据え、本体から独立しつつ相乗効果も見込めるとして上場した。2003年5月時点の社長は、メガチップスが松岡茂樹氏、メガフュージョンが進藤晶弘氏である。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [28]2000年4月 ビジュアルコミュニケーションとカメオインタラクティブが合併しメガフュージョンに商号変更、2000年12月 東証一部上場、2001年8月 メガフュージョンが店頭登録
    • [29]2000年4月 ビジュアルコミュニケーションとカメオインタラクティブが合併しメガフュージョンに商号変更、2000年12月 東証一部上場、2001年8月 メガフュージョンが店頭登録
    • [30]2000年4月 ビジュアルコミュニケーションとカメオインタラクティブが合併しメガフュージョンに商号変更、2000年12月 東証一部上場、2001年8月 メガフュージョンが店頭登録
  • メガチップス・メガフュージョン お知らせ 2003年5月15日「Notice of Share Exchange Agreement in Preparation for Shift to a System of Pure Holding Company」(英訳版)
    • [31]IT革命で高速網が普及しリッチメディアの用途が拡大。メガフュージョンは本体と独立・相乗で成長が見込まれJASDAQに上場。2003年5月時点の代表はメガチップスがShigeki Matsuoka、メガフュージョンがMasahiro Shindo
    • [32]IT革命で高速網が普及しリッチメディアの用途が拡大。メガフュージョンは本体と独立・相乗で成長が見込まれJASDAQに上場。2003年5月時点の代表はメガチップスがShigeki Matsuoka、メガフュージョンがMasahiro Shindo
    • [33]IT革命で高速網が普及しリッチメディアの用途が拡大。メガフュージョンは本体と独立・相乗で成長が見込まれJASDAQに上場。2003年5月時点の代表はメガチップスがShigeki Matsuoka、メガフュージョンがMasahiro Shindo
参考文献[17]-[33]
  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [17]1995年9月 自社ブランドLSI事業、1995年10月 システム製品事業を開始
    • [23]1998年8月 日本証券業協会に店頭登録、1998年12月 システム製品の販社ビジュアルコミュニケーションを三井物産と合弁で設立
    • [24]1998年8月 日本証券業協会に店頭登録、1998年12月 システム製品の販社ビジュアルコミュニケーションを三井物産と合弁で設立
    • [28]2000年4月 ビジュアルコミュニケーションとカメオインタラクティブが合併しメガフュージョンに商号変更、2000年12月 東証一部上場、2001年8月 メガフュージョンが店頭登録
    • [29]2000年4月 ビジュアルコミュニケーションとカメオインタラクティブが合併しメガフュージョンに商号変更、2000年12月 東証一部上場、2001年8月 メガフュージョンが店頭登録
    • [30]2000年4月 ビジュアルコミュニケーションとカメオインタラクティブが合併しメガフュージョンに商号変更、2000年12月 東証一部上場、2001年8月 メガフュージョンが店頭登録
  • メガチップス・メガフュージョン お知らせ 2003年5月15日「Notice of Share Exchange Agreement in Preparation for Shift to a System of Pure Holding Company」(英訳版)
    • [18]1995年10月、本格的ブロードバンド時代の到来を商機とみて、動画・音声をデジタル化し記録・伝送するシステム製品の事業を開始
    • [25]メガフュージョン(設立1998年12月8日)はシステム事業拡大のためシステムインテグレーション専業会社として設立。2003年3月時点で三井物産が議決権3.41%
    • [31]IT革命で高速網が普及しリッチメディアの用途が拡大。メガフュージョンは本体と独立・相乗で成長が見込まれJASDAQに上場。2003年5月時点の代表はメガチップスがShigeki Matsuoka、メガフュージョンがMasahiro Shindo
    • [32]IT革命で高速網が普及しリッチメディアの用途が拡大。メガフュージョンは本体と独立・相乗で成長が見込まれJASDAQに上場。2003年5月時点の代表はメガチップスがShigeki Matsuoka、メガフュージョンがMasahiro Shindo
    • [33]IT革命で高速網が普及しリッチメディアの用途が拡大。メガフュージョンは本体と独立・相乗で成長が見込まれJASDAQに上場。2003年5月時点の代表はメガチップスがShigeki Matsuoka、メガフュージョンがMasahiro Shindo
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
    • [19]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度
    • [20]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度
    • [21]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度
    • [22]96〜98年の第三フェーズ。顧客ニーズどおりの開発では付加価値が低く、自社ブランド製品で高収益構造へ。4分野のうち粗利率は特定用途向けシステムが最大、新3分野は売上の10%程度
    • [26]LSIと顧客専用システムは直販、特定用途向けシステムは販売アライアンスに委託。企画・研究・開発に資源を集中し前後をパートナーに委ね資金の固定化を防ぐ
    • [27]LSIと顧客専用システムは直販、特定用途向けシステムは販売アライアンスに委託。企画・研究・開発に資源を集中し前後をパートナーに委ね資金の固定化を防ぐ

2003年〜メガフュージョンを取り込んだ持株会社と、3年で戻した事業会社への合併

メガチップスは2003年10月、株式交換でメガフュージョンを完全子会社にした。同年5月の決議時点で、メガチップスはメガフュージョンの議決権の48.94%を保有していた。株式交換は純粋持株会社へ移る準備で、LSI・システム・オーディオの3事業を完全子会社に再編する計画の一部にあたる。期待を集めたIT革命はITバブルに変わり、ブロードバンド網の整備も遅れて、システム事業は見込んだ立ち上がりに達しなかった。本体の売上高も2001年3月期の51,347百万円から、2003年3月期には27,172百万円へ減少した。両社は機能・技術・人材の経験を一体にして総合力を発揮する体制が要るとの認識で一致している。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2003年10月 メガフュージョンを完全子会社とする株式交換を実施
  • メガチップス・メガフュージョン お知らせ 2003年5月15日「Notice of Share Exchange Agreement in Preparation for Shift to a System of Pure Holding Company」(英訳版)
    • [35]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [36]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [37]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [38]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [39]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円

メガチップスは2004年4月、会社分割で持株会社に移行した。LSI事業は新設のメガチップスLSIソリューションズに、システム事業はメガチップスシステムソリューションズに承継させた。狙いは各事業の独立と経営資源の効率的な配分、意思決定の迅速化で、事業ごとの成長力と競争力を高めることである。同年10月には、オーディオ・オーサリング事業を担うカメオインタラクティブの全株式をイーフロンティアグループへ売却している。2005年5月にはMacronixと戦略的な業務提携を結び、中国を中心とするアジア太平洋地域でLSIとシステムの事業拡大をめざした。あわせて台湾の投資子会社を通じてMacronixの株式を取得し、取締役も送り、15年の取引に人と資本の結びつきを加えた。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [40]2004年4月 LSI事業・システム事業を分割し持株会社へ移行、2004年10月 カメオインタラクティブの全株式をイーフロンティアグループへ売却
    • [41]2004年4月 LSI事業・システム事業を分割し持株会社へ移行、2004年10月 カメオインタラクティブの全株式をイーフロンティアグループへ売却
    • [43]2004年4月 LSI事業・システム事業を分割し持株会社へ移行、2004年10月 カメオインタラクティブの全株式をイーフロンティアグループへ売却
  • メガチップス お知らせ 2007年2月26日「Notice of Merger with Consolidated Subsidiaries」(英訳版)
    • [42]2004年4月1日の持株会社移行は、経営資源の効率的配分・各事業の独立・迅速な意思決定で成長力と競争力を高める狙い
  • メガチップス お知らせ 2005年5月12日「Notice of Tie-up with Macronix International Co., Ltd.」(英訳版)
    • [44]2005年5月12日決議。中国を中心とするアジア太平洋でLSI・システム事業を拡大するため業務提携。台湾の投資子会社経由でMacronix株を取得し取締役を派遣、15年の取引関係
    • [45]2005年5月12日決議。中国を中心とするアジア太平洋でLSI・システム事業を拡大するため業務提携。台湾の投資子会社経由でMacronix株を取得し取締役を派遣、15年の取引関係

メガチップスは2007年4月1日、メガチップスLSIソリューションズとメガチップスシステムソリューションズを吸収合併した。社長の松岡茂樹氏の名で出した合併公告によれば、株主総会の承認決議を経ない手続きをとっている。持株会社への移行後、長く赤字だったシステム事業は前期に黒字となり、LSI事業は独自技術で新市場を開拓していた。それでも国内外の競争に備えるには、原価意識と業務の効率化・標準化、品質の維持向上が要ると判断した。製造委託・品質保証・物流という共通機能の統合に加え、金融商品取引法の財務報告体制を効率よく整えるにも、3社の統合が最適と結論づけた。一社に戻した体制が、2012年7月の川崎マイクロエレクトロニクス買収を受け止める基盤になったと思われる。

  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [46]2007年4月 メガチップスLSIソリューションズ及びメガチップスシステムソリューションズを吸収合併。2012年7月 川崎マイクロエレクトロニクスを完全子会社化
  • メガチップス 合併公告 2007年2月27日
    • [47]効力発生日2007年4月1日、甲(メガチップス・代表取締役社長 松岡茂樹)が乙丙を吸収合併、株主総会の承認決議を経ない
  • メガチップス お知らせ 2007年2月26日「Notice of Merger with Consolidated Subsidiaries」(英訳版)
    • [48]持株会社移行後、赤字続きのシステム事業が前期黒字化、LSIは新市場開拓。競争に備え原価意識・効率化・標準化・品質のため製造委託・品質保証・物流の共通機能を統合し、金融商品取引法の財務報告体制を効率的に整えるため3社を合併
    • [49]持株会社移行後、赤字続きのシステム事業が前期黒字化、LSIは新市場開拓。競争に備え原価意識・効率化・標準化・品質のため製造委託・品質保証・物流の共通機能を統合し、金融商品取引法の財務報告体制を効率的に整えるため3社を合併
    • [50]持株会社移行後、赤字続きのシステム事業が前期黒字化、LSIは新市場開拓。競争に備え原価意識・効率化・標準化・品質のため製造委託・品質保証・物流の共通機能を統合し、金融商品取引法の財務報告体制を効率的に整えるため3社を合併
参考文献[34]-[50]
  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
    • [34]2003年10月 メガフュージョンを完全子会社とする株式交換を実施
    • [40]2004年4月 LSI事業・システム事業を分割し持株会社へ移行、2004年10月 カメオインタラクティブの全株式をイーフロンティアグループへ売却
    • [41]2004年4月 LSI事業・システム事業を分割し持株会社へ移行、2004年10月 カメオインタラクティブの全株式をイーフロンティアグループへ売却
    • [43]2004年4月 LSI事業・システム事業を分割し持株会社へ移行、2004年10月 カメオインタラクティブの全株式をイーフロンティアグループへ売却
    • [46]2007年4月 メガチップスLSIソリューションズ及びメガチップスシステムソリューションズを吸収合併。2012年7月 川崎マイクロエレクトロニクスを完全子会社化
  • メガチップス・メガフュージョン お知らせ 2003年5月15日「Notice of Share Exchange Agreement in Preparation for Shift to a System of Pure Holding Company」(英訳版)
    • [35]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [36]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [37]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [38]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
    • [39]2003年5月15日決議。純粋持株会社体制への移行準備としてLSI・システム・オーディオ事業を完全子会社に再編。ITバブル化・投資の質の変化・ブロードバンド整備の遅れでシステム事業の立ち上がりが遅延。持株比率48.94%。売上高2001年3月期51,347百万円、2003年3月期27,172百万円
  • メガチップス お知らせ 2007年2月26日「Notice of Merger with Consolidated Subsidiaries」(英訳版)
    • [42]2004年4月1日の持株会社移行は、経営資源の効率的配分・各事業の独立・迅速な意思決定で成長力と競争力を高める狙い
    • [48]持株会社移行後、赤字続きのシステム事業が前期黒字化、LSIは新市場開拓。競争に備え原価意識・効率化・標準化・品質のため製造委託・品質保証・物流の共通機能を統合し、金融商品取引法の財務報告体制を効率的に整えるため3社を合併
    • [49]持株会社移行後、赤字続きのシステム事業が前期黒字化、LSIは新市場開拓。競争に備え原価意識・効率化・標準化・品質のため製造委託・品質保証・物流の共通機能を統合し、金融商品取引法の財務報告体制を効率的に整えるため3社を合併
    • [50]持株会社移行後、赤字続きのシステム事業が前期黒字化、LSIは新市場開拓。競争に備え原価意識・効率化・標準化・品質のため製造委託・品質保証・物流の共通機能を統合し、金融商品取引法の財務報告体制を効率的に整えるため3社を合併
  • メガチップス お知らせ 2005年5月12日「Notice of Tie-up with Macronix International Co., Ltd.」(英訳版)
    • [44]2005年5月12日決議。中国を中心とするアジア太平洋でLSI・システム事業を拡大するため業務提携。台湾の投資子会社経由でMacronix株を取得し取締役を派遣、15年の取引関係
    • [45]2005年5月12日決議。中国を中心とするアジア太平洋でLSI・システム事業を拡大するため業務提携。台湾の投資子会社経由でMacronix株を取得し取締役を派遣、15年の取引関係
  • メガチップス 合併公告 2007年2月27日
    • [47]効力発生日2007年4月1日、甲(メガチップス・代表取締役社長 松岡茂樹)が乙丙を吸収合併、株主総会の承認決議を経ない

出典・参考

6件
出典・参考
  • メガチップス 有価証券報告書【沿革】
  • 証券アナリストジャーナル 1998年9月号 別冊付録 メガチップス(進藤晶弘)
  • メガチップス・メガフュージョン お知らせ 2003年5月15日「Notice of Share Exchange Agreement in Preparation for Shift to a System of Pure Holding Company」(英訳版)
  • メガチップス お知らせ 2005年5月12日「Notice of Tie-up with Macronix International Co., Ltd.」(英訳版)
  • メガチップス お知らせ 2007年2月26日「Notice of Merger with Consolidated Subsidiaries」(英訳版)
  • メガチップス 合併公告 2007年2月27日

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