第2章 年〜年

サンケン電気:川越工場の竣工と石油危機下の赤字からの立て直し

川越工場の量産から韓国サンケン・石川サンケンへ

1963年〜川越工場と5ヵ年計画が定めた成長の速度

1963年3月、埼玉県川越市に川越工場が竣工した。本社とは別の敷地に量産拠点を構え、素子の生産能力を需要の伸びに先んじて積んだ。同期の半期売上高は6億4432万円で、前年同期の5億1323万6000円から25%伸び、従業員は934人に達した。売上の内訳は半導体整流器が48.2%を占め、残りの大半を半導体素子が埋めており、整流器と素子体だけで事業が成り立つ単色の強い構成だった。大株主には埼玉銀行が7.2%を持ち、借入金も長期・短期それぞれ1億8000万円台を抱えている。工場を建てる速度が、そのまま受注に応じられる限界を決めていた。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1963年3月 埼玉県川越市に川越工場を竣工
  • 株式会社年鑑 1964年版
    • [2]1963年3月期(半期)売上高644,320千円、前年同期513,236千円
    • [3]1963年3月時点の従業員934人
    • [4]1963年3月期の商品別売上構成は半導体整流器48.2%、次いで半導体素子
    • [5]1963年3月31日現在の大株主筆頭は埼玉銀行360千株・7.2%
    • [6]1963年3月31日現在の借入金は長期180百万円・短期183百万円、取引金融機関は埼玉銀行ほか

1968年時点のサンケン電気は、創立25周年にあたる1971年9月期を到達点に置く5ヵ年計画を進めており、目標は三つあった。同期の売上高を35億円にすること、それまで年間成長率20%を維持すること、利益率も出発時と同じ5〜6%を保つことである。規模の拡大と収益性の維持を同時に縛る立て方で、伸び幅だけを追う計画ではない。技術の側では1966年にシリコンパワートランジスタが日本電信電話公社の初の認定品となり、創業以来の大口需要家から製品水準を認められている。1968年時点の資本金は6億円、従業員は1600人に増えた。5年で売上を積み増しながら利益率を落とさない条件は、素子の価格が下がり続ける市場では相当に厳しい設定だった。

  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [7]創立25周年の1971年9月期を目標とする5ヵ年計画(売上高35億円・年間成長率20%維持・利益率5〜6%維持)
    • [8]1966年 シリコンパワートランジスタが日本電信電話公社(電電公社)の初の認定品となる
    • [9]1968年時点の資本金6億円・従業員1600名

素子の外側にある機器領域には、合弁で出た。プロテクターを生産する合弁会社サンケン・エアパクス社を設立して生産を開始し、自動電圧調整機を手がける次の合弁会社の設立も進めていた。自動電圧調整器そのものは1962年3月期時点で既に自社の製品系列に入っており、合弁は製品の新設ではなく、生産と販売の枠を広げる手だった。1968年時点の本社は埼玉県北足立郡新座町北野に置かれ、社長は創業から22年を経てなお創業者の小谷銕治が務めていた。主たる収益源はセレン・シリコン整流器とその素子体で、機器は合弁で足す位置づけにとどまっている。素子を作る技術と、素子を組み込んだ機器を市場へ出す力は別物であり、後者を相手先から取り込むほうが速かった。

  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [10]プロテクターを生産する合弁会社サンケン・エアパクス社を設立して生産を開始、自動電圧調整機の合弁会社設立も進行
    • [12]1968年時点の本社は埼玉県北足立郡新座町北野133
    • [13]1968年時点の社長は小谷銕治
    • [14]1968年時点の事業はセレン・シリコン整流器とその素子体ほか
  • 株式会社年鑑 1963年版
    • [11]1962年3月期時点の主なる事業内容に自動電圧調整器を含む
参考文献[1]-[14]
  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1963年3月 埼玉県川越市に川越工場を竣工
  • 株式会社年鑑 1964年版
    • [2]1963年3月期(半期)売上高644,320千円、前年同期513,236千円
    • [3]1963年3月時点の従業員934人
    • [4]1963年3月期の商品別売上構成は半導体整流器48.2%、次いで半導体素子
    • [5]1963年3月31日現在の大株主筆頭は埼玉銀行360千株・7.2%
    • [6]1963年3月31日現在の借入金は長期180百万円・短期183百万円、取引金融機関は埼玉銀行ほか
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
    • [7]創立25周年の1971年9月期を目標とする5ヵ年計画(売上高35億円・年間成長率20%維持・利益率5〜6%維持)
    • [8]1966年 シリコンパワートランジスタが日本電信電話公社(電電公社)の初の認定品となる
    • [9]1968年時点の資本金6億円・従業員1600名
    • [10]プロテクターを生産する合弁会社サンケン・エアパクス社を設立して生産を開始、自動電圧調整機の合弁会社設立も進行
    • [12]1968年時点の本社は埼玉県北足立郡新座町北野133
    • [13]1968年時点の社長は小谷銕治
    • [14]1968年時点の事業はセレン・シリコン整流器とその素子体ほか
  • 株式会社年鑑 1963年版
    • [11]1962年3月期時点の主なる事業内容に自動電圧調整器を含む

1970年〜一部上場と、生産の分散・海外進出

1970年2月、生産子会社として鹿島サンケン株式会社を設立した。本社から離れた立地に製造機能を置き、埼玉県内に集中していた生産を分散させる最初の手になっている。同年8月には東京証券取引所市場第一部へ上場し、戦前の研究所を起点とする会社が、創業から24年で一部上場企業の列に入った。1971年3月期の売上高は95億円・経常利益8億円・当期純利益4億円、1972年3月期は売上高97億円・経常利益4億円・当期純利益2億円で、規模は伸びても利益は半分に減少している。1972年3月期の経常利益率は4%まで下がり、5ヵ年計画が置いた5〜6%の水準を割り込んだ。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [15]1970年2月 鹿島サンケン株式会社を生産子会社として設立
    • [16]1970年8月 東証市場第一部へ上場
  • 会社年鑑 1976年版
    • [17]1971年3月期 売上高95億円・経常利益8億円・当期純利益4億円(単体)
    • [18]1972年3月期 売上高97億円・経常利益4億円・当期純利益2億円(単体)

1973年6月、韓国サンケン株式会社を設立し、初の海外拠点を置いた。半導体の組み立て工程は労働集約的で、素子の単価が下がるほど人件費の差が損益を左右する。韓国は日本企業の進出先として当時まだ早い時期にあたり、人件費差を取り込む狙いが先行した。進出は業績の拡大局面の途中で打たれている。1973年3月期の売上高は111億円・経常利益7億円、1974年3月期は売上高140億円・経常利益11億円・当期純利益5億円へ伸び、この2期が1970年代前半の頂点になった。利益の出ているうちに原価構造へ手を入れたという意味で、時期の選び方は的確だった。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1973年6月 韓国サンケン株式会社を設立(初の海外子会社)
  • 会社年鑑 1976年版
    • [20]1973年3月期 売上高111億円・経常利益7億円(単体)
    • [21]1974年3月期 売上高140億円・経常利益11億円・当期純利益5億円(単体)

1974年4月、サンケン電設株式会社を設立して電設機器分野へ参入した。半導体素子の需要が設備投資と家電の景気に強く振られるのに対し、電設工事は建築と公共事業の側に需要を持つ。顧客層の異なる事業を並べることで、単一市場の変動を受け止める体制へ向かう動きだった。1975年3月期の半期の売上構成は、半導体素子が53%、電源機器が35%、その他が12%で、素子への偏りは残りつつも電源機器が3分の1を占めている。素子と、素子を組み込んだ機器と、その外側の工事という三層が、この時期に一通り揃った。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [22]1974年4月 サンケン電設株式会社を設立(電設機器分野へ参入)
  • 会社年鑑 1976年版
    • [23]1975年3月期(半期)の売上構成は半導体素子53%・電源機器35%・その他12%
参考文献[15]-[23]
  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [15]1970年2月 鹿島サンケン株式会社を生産子会社として設立
    • [16]1970年8月 東証市場第一部へ上場
    • [19]1973年6月 韓国サンケン株式会社を設立(初の海外子会社)
    • [22]1974年4月 サンケン電設株式会社を設立(電設機器分野へ参入)
  • 会社年鑑 1976年版
    • [17]1971年3月期 売上高95億円・経常利益8億円・当期純利益4億円(単体)
    • [18]1972年3月期 売上高97億円・経常利益4億円・当期純利益2億円(単体)
    • [20]1973年3月期 売上高111億円・経常利益7億円(単体)
    • [21]1974年3月期 売上高140億円・経常利益11億円・当期純利益5億円(単体)
    • [23]1975年3月期(半期)の売上構成は半導体素子53%・電源機器35%・その他12%

1975年〜石油危機後の連続赤字と生産会社の集約

1975年3月期、サンケン電気は5億円の経常損失を計上し、当期純損益も4億円の赤字に転じた。売上高は前期の140億円から121億円へ減少している。翌1976年3月期は売上高144億円と戻したものの、経常損失3億円・当期純損失3億円を出して、赤字は2期続いた。2期を合わせた経常損失は8億円にのぼり、1974年3月期に計上した経常利益11億円の大半を吐き出す規模になっている。石油危機の後、設備投資と家電の需要が同時に冷え込んだ局面であり、素子に偏った売上構成が市場の下げをそのまま損益へ通した。設立から30年を経て、技術の先行では埋まらない種類の損失を、この2期にはじめて抱えた。

  • 会社年鑑 1976年版
    • [24]1975年3月期 経常損失5億円・当期純損失4億円(単体)
    • [25]1975年3月期 売上高121億円、前期1974年3月期140億円(単体)
    • [27]1975年3月期の経常損失5億円と1976年3月期の経常損失3億円、1974年3月期の経常利益11億円(単体)
  • 会社年鑑
    • [26]1976年3月期 売上高144億円・経常損失3億円・当期純損失3億円(単体)

1977年3月期に収益は戻り、売上高189億円に対し経常利益13億円、当期純利益7億円を計上した。ただし利益の水準は続かず、1978年3月期は売上高194億円に対し経常利益2億円・当期純利益1億円、1979年3月期は売上高235億円に対し経常利益2億円・当期純利益5600万円と、規模の拡大に利益の回復がついてこない期間が3年続いている。1975年3月期に121億円だった売上高は4年で倍近くへ伸びた一方、経常利益は1977年3月期の13億円を頂点に低下した。売上が伸びても利益率が戻らない状態は、素子の価格下落が数量の増加を打ち消していたことを示す。

  • 会社年鑑
    • [28]1977年3月期 売上高189億円・経常利益13億円・当期純利益7億円(単体)
    • [29]1978年3月期 売上高194億円・経常利益2億円・当期純利益1億円(単体)
    • [30]1979年3月期 売上高235億円・経常利益2億円・当期純利益5600万円(単体)
    • [31]1975年3月期 売上高121億円、1979年3月期 売上高235億円(単体)

1978年7月、石川県下の関係会社5社を合併して石川サンケン株式会社を設立した。各地に分散していた生産会社を県単位で統合する整理で、管理と間接部門を圧縮する意味を持っている。1980年3月期の売上高は274億円・経常利益5億円、当期純利益は1億円で、収益は緩やかに回復した。1963年の川越工場から1970年代の鹿島・韓国・石川まで、この18年でサンケン電気は一つの敷地に研究と量産を集めた会社から、国内外へ生産会社を並べる会社へ形を変えた。分散した拠点を再び集約し直す作業は、以後も繰り返されることになる。

  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [32]1978年7月 石川県下の関係会社5社を合併して石川サンケン株式会社を設立
  • 会社年鑑
    • [33]1980年3月期 売上高274億円・経常利益5億円(単体)
    • [34]1980年3月期 当期純利益1億円(単体)
参考文献[24]-[34]
  • 会社年鑑 1976年版
    • [24]1975年3月期 経常損失5億円・当期純損失4億円(単体)
    • [25]1975年3月期 売上高121億円、前期1974年3月期140億円(単体)
    • [27]1975年3月期の経常損失5億円と1976年3月期の経常損失3億円、1974年3月期の経常利益11億円(単体)
  • 会社年鑑
    • [26]1976年3月期 売上高144億円・経常損失3億円・当期純損失3億円(単体)
    • [28]1977年3月期 売上高189億円・経常利益13億円・当期純利益7億円(単体)
    • [29]1978年3月期 売上高194億円・経常利益2億円・当期純利益1億円(単体)
    • [30]1979年3月期 売上高235億円・経常利益2億円・当期純利益5600万円(単体)
    • [31]1975年3月期 売上高121億円、1979年3月期 売上高235億円(単体)
    • [33]1980年3月期 売上高274億円・経常利益5億円(単体)
    • [34]1980年3月期 当期純利益1億円(単体)
  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
    • [32]1978年7月 石川県下の関係会社5社を合併して石川サンケン株式会社を設立

筆者考察

1960年代以降のサンケン電気がやり続けたのは、工場を一か所にまとめないことだった。1963年の川越工場に始まり、1970年に鹿島サンケン、1973年に韓国サンケン、1974年にサンケン電設と、生産と事業の単位を次々に本社の外へ置いている。素子の組み立ては人手のかかる工程で、単価が下がるほど人件費の差が損益に直結する。国内の一拠点に生産を集めれば、価格が下がった分はそのまま利益から引かれる。拠点を割り、安い工程を外へ出すことが、素子専業のまま規模を追う条件だった。1970年8月の東証一部上場は、その拡張を資本の側から支えている。

しかし拠点を分けるだけでは、市場そのものの縮みは受け止められなかった。1975年3月期、サンケン電気は5億円の経常損失を出し、翌期も3億円の赤字を重ねる。石油危機の後に設備投資と家電の需要が同時に冷えたとき、売上の53%を半導体素子が占める構成は、市場の下げをそのまま損益へ通した。立て直しに使ったのは、増やしてきた拠点を集約し直す手である。1978年、石川県下の関係会社5社を合併して石川サンケンに改めた。広げることと集約することは逆の動きに見えるが、どちらも同じ問いへの答えだった。素子の価格が下がり続ける市場で、固定費をどこに置くかという問いである。

1963年〜1980年の業績

決算期 区分 売上高 経常利益純利益 主な投資
億円 YoY 億円 利益率 億円
1963年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1964年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1965年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1966年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1967年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1968年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1969年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1970年03月期 単体 n/a n/a n/a n/a n/a n/a
1971年03月期 単体 95 n/a 8 8.4% 4 n/a
1972年03月期 単体 97 +2.1% 4 4.1% 2 n/a
1973年03月期 単体 111 +14.4% 7 6.3% 4 n/a
1974年03月期 単体 140 +26.1% 11 7.9% 5 n/a
1975年03月期 単体 121 ▲13.6% ▲5 ▲4.1% ▲4 n/a
1976年03月期 単体 144 +19.0% ▲3 ▲2.1% ▲3 n/a
1977年03月期 単体 189 +31.3% 13 6.9% 7 n/a
1978年03月期 単体 194 +2.6% 2 1.0% 1 n/a
1979年03月期 単体 235 +21.1% 2 0.9% 0 n/a
1980年03月期 単体 274 +16.6% 5 1.8% 1 n/a

出所:会社年鑑

出典・参考

6件
出典・参考
  • サンケン電気 有価証券報告書【沿革】
  • 株式会社年鑑 1963年版
  • 株式会社年鑑 1964年版
  • 企業の歴史:明治百年(経済春秋社, 1968)
  • 会社年鑑 1976年版
  • 会社年鑑

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