豊田芳年

豊田自動織機・元取締役社長

Toyoda Yoshitoshi(敬称略)

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社長就任 1977年
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

豊田家から出た社長である。ただし資本の裏づけは伴っていない。1980年3月時点の大株主上位10位はトヨタ自動車工業21.72%、三井信託銀行7.03%、三井銀行4.39%と法人が占め、豊田家の個人名は入っていない。前任の権田銈次氏の代にあたる1961年3月には東洋信託銀行が10.0%の筆頭で、トヨタ自動車工業は8.8%にとどまっていた。親会社の持株比率はこの20年で倍以上に上がっていた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

権田銈次氏の後任として1977年に社長へ就任した。前任の8年間で売上高は1969年3月期の463億円から1977年3月期の1405億円へ3倍に伸び、経常利益は97.2億円まで積み上がっていた。伸びを支えたのは産業用車両と受託生産で、部門別ではFY1977の産業用車両477億円に対し、祖業の繊維機械は207億円だった。祖業が主役から外れたあとの会社を、豊田家の一員が引き継いだ。

在任中の主な施策
施策

1980年5月にエアジェット織機の製造を開始し、杼を使わない無杼織機で祖業の製品を入れ替えた。1982年1月にはエンジンを専門とする碧南工場が操業へ入り、受託生産の受け皿がさらに増えた。1988年10月には米国で産業車両を製造するためトヨタ自動車との合弁でトヨタインダストリアルイクィップメントを設立し、1959年のメキシコ豊田の経営移譲から29年ぶりに海外の生産拠点を持った。1989年1月には米国で日本電装との合弁によりカーエアコン用コンプレッサーの製造会社を設立している。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1977〜1992年
在任中の業績
就任前(FY76)1,405億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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