日本オラクル:米オラクルの日本法人設立とデータベース事業の立ち上げ
1985年〜資本金100万円の日本法人と、佐野力氏の下で開いた西日本事業所
米オラクル・コーポレーションは1985年10月15日、東京都新宿区に資本金1,000千円の日本オラクル株式会社を設立した。目的には、RDBMS「Oracle」を中心とするソフトウェアの販売と、その利用を支援するサービスの提供を掲げた。親会社はローレンス・ジェイ・エリソン氏が1977年6月に米カリフォルニアで設立し、1983年に機種を問わず動くRDBMSを発表した。日本法人の設立と同じ1985年10月には、ORACLE RDBMS V4の日本語版の発表。ただし当初の5年間は営業を広げず、市場調査と販売代理店への技術情報の提供に役割を絞った。米本社は自前の営業網を持つ前に、代理店が扱える日本語の製品と技術情報をそろえる段階を置いたとみられる。
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- [1]1985年10月、Oracle等の販売・利用支援を目的に東京都新宿区で資本金1,000千円で設立。当初5年間は市場調査と販売代理店への技術情報提供に専念
- [2]1985年10月、Oracle等の販売・利用支援を目的に東京都新宿区で資本金1,000千円で設立。当初5年間は市場調査と販売代理店への技術情報提供に専念
- [5]1985年10月、Oracle等の販売・利用支援を目的に東京都新宿区で資本金1,000千円で設立。当初5年間は市場調査と販売代理店への技術情報提供に専念
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)
- [3]1977年6月にローレンス・ジェイ・エリソンが米国でオラクル・コーポレーションを設立、1983年に機種共通のRDBMSを発表、1985年10月に日本オラクル設立とORACLE RDBMS V4日本語版発表
- [4]1977年6月にローレンス・ジェイ・エリソンが米国でオラクル・コーポレーションを設立、1983年に機種共通のRDBMSを発表、1985年10月に日本オラクル設立とORACLE RDBMS V4日本語版発表
日本オラクルは1990年10月、設立から5年を経て本格的に事業を始めた。同じ10月には、代表取締役社長に佐野力氏が就任した。1990年には、米本社が1988年にTPOとともに出荷したORACLE V6の日本語版の提供を始めた。V6はPL/SQLによって、クライアントとサーバーを同一の言語で書ける仕組みを備えた製品である。1991年には、並列処理マシンに対応する並列型のデータベースのサポートも始めた。代理店への技術支援が5年続き、V6日本語版がそろったことで、調査の拠点から販売の会社へ移る条件が整ったと思われる。
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- [6]1990年10月に本格的な事業活動を開始(それまで5年間は市場調査と代理店への技術情報提供)
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)
- [7]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
- [8]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
- [9]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
- [10]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
日本オラクルは1991年2月に資本金を1億円へ増資し、翌3月に本社を東京都渋谷区へ移転した。1992年6月には西日本事業所を大阪市西区に開設し、東京の外に初めて拠点を置いた。1992年のORACLE V7は世界同時リリースとなり、日本オラクルも同年6月にOracle7の国内販売を発表した。1993年7月には中部事業所を名古屋市中区に開設。販売は自社の営業担当よりも販売パートナー経由の間接販売を軸とし、パートナーは2000年の株式上場の時点で260社を超えた。少ない社員で全国を覆うため、拠点はパートナーを技術と営業の両面で支える窓口として増やしたと推察される。
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)
- [11]1991年2月に資本金1億円へ増資、3月に渋谷区へ本社移転。1992年にORACLE V7世界同時リリース
- [13]1991年2月に資本金1億円へ増資、3月に渋谷区へ本社移転。1992年にORACLE V7世界同時リリース
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- [12]1992年6月に大阪市西区に西日本事業所開設、Oracle7販売発表。1993年7月に名古屋市中区に中部事業所開設
- [14]1992年6月に大阪市西区に西日本事業所開設、Oracle7販売発表。1993年7月に名古屋市中区に中部事業所開設
- [15]1992年6月に大阪市西区に西日本事業所開設、Oracle7販売発表。1993年7月に名古屋市中区に中部事業所開設
- 証券 52(6) 2000年6月号
- [16]2000年上場時点で260社超のビジネスパートナーを通じた間接販売体制
参考文献[1]-[16]
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- [1]1985年10月、Oracle等の販売・利用支援を目的に東京都新宿区で資本金1,000千円で設立。当初5年間は市場調査と販売代理店への技術情報提供に専念
- [2]1985年10月、Oracle等の販売・利用支援を目的に東京都新宿区で資本金1,000千円で設立。当初5年間は市場調査と販売代理店への技術情報提供に専念
- [5]1985年10月、Oracle等の販売・利用支援を目的に東京都新宿区で資本金1,000千円で設立。当初5年間は市場調査と販売代理店への技術情報提供に専念
- [6]1990年10月に本格的な事業活動を開始(それまで5年間は市場調査と代理店への技術情報提供)
- [12]1992年6月に大阪市西区に西日本事業所開設、Oracle7販売発表。1993年7月に名古屋市中区に中部事業所開設
- [14]1992年6月に大阪市西区に西日本事業所開設、Oracle7販売発表。1993年7月に名古屋市中区に中部事業所開設
- [15]1992年6月に大阪市西区に西日本事業所開設、Oracle7販売発表。1993年7月に名古屋市中区に中部事業所開設
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)
- [3]1977年6月にローレンス・ジェイ・エリソンが米国でオラクル・コーポレーションを設立、1983年に機種共通のRDBMSを発表、1985年10月に日本オラクル設立とORACLE RDBMS V4日本語版発表
- [4]1977年6月にローレンス・ジェイ・エリソンが米国でオラクル・コーポレーションを設立、1983年に機種共通のRDBMSを発表、1985年10月に日本オラクル設立とORACLE RDBMS V4日本語版発表
- [7]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
- [8]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
- [9]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
- [10]1988年にORACLE V6とTPO、PL/SQLで同一言語クライアント/サーバー実現。1990年にV6日本語版、1990年10月に佐野力が代表取締役社長就任。1991年にパラレル・サーバー・データベースのサポート開始
- [11]1991年2月に資本金1億円へ増資、3月に渋谷区へ本社移転。1992年にORACLE V7世界同時リリース
- [13]1991年2月に資本金1億円へ増資、3月に渋谷区へ本社移転。1992年にORACLE V7世界同時リリース
- 証券 52(6) 2000年6月号
- [16]2000年上場時点で260社超のビジネスパートナーを通じた間接販売体制
1993年〜7万人が来場したORACLE OPENWORLDと、額面50円への合併
日本オラクルは1994年1月に第1回ORACLE OPENWORLDを開催し、7万人を集客した。同じ1994年の6月には本社を東京都千代田区へ移転し、西部事業所を福岡市中央区に設けた。資本金は1994年の増資で2億円となり、1991年2月の1億円の倍にあたる。催事は1995年1月に第2回、1996年1月に幕張で第3回、1997年4月に東京ビッグサイトで第4回と毎年続けた。佐野力氏は2000年の取材で、代理店とパートナー企業260社を育て、社外の数万人の技術者と営業で販売する事業モデルを説明した。年1回の大型催事は、利用者とパートナーの技術者へ同じ製品情報を一度に届ける場として働いたのだろう。
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)
- [17]1994年1月に第1回ORACLE OPENWORLDで7万人を集客、1994年に資本金2億円へ増資。第2回1995年1月、第3回1996年1月幕張、第4回1997年4月東京ビッグサイト
- [19]1994年1月に第1回ORACLE OPENWORLDで7万人を集客、1994年に資本金2億円へ増資。第2回1995年1月、第3回1996年1月幕張、第4回1997年4月東京ビッグサイト
- [20]1994年1月に第1回ORACLE OPENWORLDで7万人を集客、1994年に資本金2億円へ増資。第2回1995年1月、第3回1996年1月幕張、第4回1997年4月東京ビッグサイト
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- [18]1994年6月に千代田区へ本社移転、福岡市中央区に西部事業所開設
- 日経ビジネス 2000年5月22日号
- [21]佐野力社長は260社の代理店・パートナーを育成し社外に数万人の技術者・営業を持つモデルを説明(2000年)
日本オラクルは1996年7月、NetworkComputerを日本語化する予定を発表した。同年10月には、NCA(Network Computing Architecture)の発表。1997年4月付では、米オラクル全額出資のNetwork Computer Inc.による白書の日本語版を公表した。白書は、ソフトウェアをサーバーで一括管理すればPC環境より費用を39%削減できるとするGartner Groupの報告を引いた。1997年6月には、NCAの根幹に位置づけたデータサーバー「Oracle8」の世界同時発表に踏み切った。1998年3月には、NCを市場に広めるための事業戦略を示した。PCの管理をサーバーへ寄せれば、サーバー上のデータベースの需要も増えると日本オラクルは見込んだと考えられる。
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)
- [22]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- [23]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- [26]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- [27]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- 日本オラクル 企業がネットワークコンピュータを導入・標準化する理由(1997年4月)
- [24]オラクル100%出資のNCIの白書(1997年4月)。Gartner Groupの報告としてNCはPC環境比39%のTCO削減、ソフトウェアはサーバーで集中管理
- [25]オラクル100%出資のNCIの白書(1997年4月)。Gartner Groupの報告としてNCはPC環境比39%のTCO削減、ソフトウェアはサーバーで集中管理
日本オラクルは1997年6月1日、休業状態にあったオーアールエーシーエルイーアクイジッション株式会社と合併した。合併の狙いは、1株の額面金額を50,000円から50円に変えることである。法律上の存続会社は額面50円の旧会社とし、営業と期数は被合併会社の日本オラクルから引き継いだ。第12期は利益処分をせず、額面50,000円の1株あたり合併交付金3,000,000円を配当に代えて支払った。佐野力氏は2000年の取材で、株式公開の理由を問われて『日本の会社になりたいから』と答え、開示と納税で日本に根を下ろす企業を目指すと説明した。額面を上場企業の標準にそろえたことで、1999年2月の店頭登録へ進む形式が整ったとうかがえる。
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- [28]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- [29]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- [30]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- [31]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- 日経ビジネス 2000年5月22日号
- [32]佐野力社長は株式公開の理由を日本の会社になりたいからと答え、開示・納税で現地に根を下ろすべきと説明(2000年)
参考文献[17]-[32]
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)
- [17]1994年1月に第1回ORACLE OPENWORLDで7万人を集客、1994年に資本金2億円へ増資。第2回1995年1月、第3回1996年1月幕張、第4回1997年4月東京ビッグサイト
- [19]1994年1月に第1回ORACLE OPENWORLDで7万人を集客、1994年に資本金2億円へ増資。第2回1995年1月、第3回1996年1月幕張、第4回1997年4月東京ビッグサイト
- [20]1994年1月に第1回ORACLE OPENWORLDで7万人を集客、1994年に資本金2億円へ増資。第2回1995年1月、第3回1996年1月幕張、第4回1997年4月東京ビッグサイト
- [22]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- [23]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- [26]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- [27]1996年7月にOracle Release7.3出荷とNetworkComputer日本語化スケジュール発表、10月にNCA発表、1997年6月にNCAの根幹のOracle8世界同時発表、1998年3月にNC市場化の事業戦略発表
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- [18]1994年6月に千代田区へ本社移転、福岡市中央区に西部事業所開設
- [28]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- [29]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- [30]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- [31]1997年6月1日、休業状態の形式上の存続会社(旧オーアールエーシーエルイーアクイジッション、額面50円)と合併し額面を50,000円から50円へ変更。第12期は1株3,000,000円の合併交付金を配当に代えて支払い
- 日経ビジネス 2000年5月22日号
- [21]佐野力社長は260社の代理店・パートナーを育成し社外に数万人の技術者・営業を持つモデルを説明(2000年)
- [32]佐野力社長は株式公開の理由を日本の会社になりたいからと答え、開示・納税で現地に根を下ろすべきと説明(2000年)
- 日本オラクル 企業がネットワークコンピュータを導入・標準化する理由(1997年4月)
- [24]オラクル100%出資のNCIの白書(1997年4月)。Gartner Groupの報告としてNCはPC環境比39%のTCO削減、ソフトウェアはサーバーで集中管理
- [25]オラクル100%出資のNCIの白書(1997年4月)。Gartner Groupの報告としてNCはPC環境比39%のTCO削減、ソフトウェアはサーバーで集中管理
出典・参考
5件
- 日本オラクル 有価証券報告書(1999年5月期)
- 証券 52(6) 2000年6月号
- 日経ビジネス 2000年5月22日号
- 日本オラクル 企業がネットワークコンピュータを導入・標準化する理由(1997年4月)
- 日本オラクル 報道用基礎資料(2003年ごろ。ファイル名は1999年2月)