リゾートトラスト:リゾートトラストへの改称と「エクシブ」の展開
1986年〜リゾートトラストへの改称と、共有制タイムシェアを採ったエクシブ鳥羽
1986年4月、宝塚エンタープライズは商号をリゾートトラストに改めた。有報の沿革は、この改称をCI(コーポレート・アイデンティティ)の確立と結び付けて記している。1984年に導入したCIを仕上げる手順として、社名の変更が置かれた。CIには3年間で3億円を投じ、組織や仕組みから社名・ロゴまでを見直した。伊藤與朗社長は、会員であることが誇りになる本格的なリゾートの開発へ方針を改めたと振り返った。改称は、豊田商事の破綻後に伊藤與朗社長が決めた体制一新の流れの中にあった。改称の翌年には、新方式の第1号となるエクシブ鳥羽が開業した。会員から預かる資金で施設を建てる事業だけに、社名の「トラスト」には預け先としての信用を示す意図があったとみられる。
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [1]1986年4月(昭和61年4月)に旧社名宝塚エンタープライズからリゾートトラストへ社名変更
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [2]1986年4月、CIを確立してリゾートトラスト株式会社に商号変更
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [3]1984年にCIを導入し、その仕上げとして1986年に社名を宝塚エンタープライズからリゾートトラストに変更
- [6]伊藤與朗はフローティングシステムの根本的見直しと、営業・運営を含む社内体制全般の一新を決断
- 中部財界 40(11) 1997年11月号「店頭公開したリゾートトラスト伊藤與朗社長に聞く――小さく生んで大きく育てたい」
- [4]本格的なCIを導入し、3年間で3億円を投資してシステム・組織・社名・ロゴマークなどを全面的に検討
- [5]CIの際に開発コンセプトを変え、会員であることをステータスとする本格的リゾート開発を展開すると決めた(伊藤與朗の談)
- あさひ銀総研レポート 8(12) 1999年12月号 トップインタビュー「リゾートトラスト(株)代表取締役社長 伊藤勝康氏――21世紀に向けて豊かなライフスタイルを創造する」
- [7]社名変更の翌年、三重県にエクシブ鳥羽が開業しエクシブシリーズ第1号となった
1987年、エクシブ鳥羽の開業とともに、1室を14人の会員で共有する方式が始まった。それまでの会員権は1室あたり約30人を目安に売っており、土日や盆・正月に予約が集まって泊まれない不満が募っていた。新方式は1年365日を14人で割り、1人に年26日の利用日をあらかじめ割り当てた。正月や連休の割り振りは毎年少しずつずらし、14年で一巡する暦に組んだ。空室があれば、他の施設や提携する海外リゾートと利用権を換えられる仕組みも添えた。売る会員権も、満期に預かり保証金を返す旧来の利用権から、満期の無い所有権付きへ切り替えた。共有者を絞った分だけ価格は上がったが、それが高級な滞在を望む客層に合った。
- 中部財界 32(6) 1989年6月号「リゾートトラストの共有制リゾートホテル――エクシブシリーズが好評」
- [8]1987年(昭和62年)鳥羽でエクシブ鳥羽を開業、1室を14人の会員が共有し各自年26日の占有日を持つ
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [9]従来は1室約30人を目安に会員を募集し、土日や盆・正月に予約が集中して泊まれない不満が最大だった
- [13]現在販売する会員権は満期の無い所有権付き。過去に販売した10年・15年満期の利用権は満期退会時に預かり保証金を返済
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [10]1室の共有会員を14人に限り、365日を14人で割った年26日の利用を保証するタイムシェアリングカレンダーを考案
- [11]カレンダーを毎年少しずつずらし14年で一周する
- [14]会員を14人に限ったため会員価格は割高になったが、高級なリゾートライフを期待する顧客ニーズに合致した
- あさひ銀総研レポート 8(12) 1999年12月号 トップインタビュー「リゾートトラスト(株)代表取締役社長 伊藤勝康氏――21世紀に向けて豊かなライフスタイルを創造する」
- [12]空室があれば他のエクシブ・サンメンバーズや提携する海外リゾートと交換できるエクスチェンジシステムを導入
エクシブ鳥羽が開業する直前の1987年3月期、リゾートトラストの売上高は119億円だった。会員数5万2000人は、約40社ある業界で最も多かった。その年にはリゾート法が成立し、リゾート開発は内需拡大の中核として注目を集めた。鳥羽の会員権は売り切れ、続く伊豆の開業が人気をさらに押し上げた。エクシブの投入後、会員の紹介による新規契約は、ほとんど無かった水準から45%ほどに増えた。電話を中心とした営業を改め、採算の取れない九州・広島・仙台の支店は閉じた。従業員は1984年度の1098人から、1988年初めには512人へ半減した。伊藤與朗社長は会員権が売れなくなる事態に備え、メインバンクを持つ必要を強く感じると語っていた。
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [15]売上高119億円(1987年3月期)
- [16]会員数5万2000人は約40社ある業界で最大
- [17]総合保養地域整備法(リゾート法)が成立し、リゾート開発が内需拡大・地方活性化策の目玉として注目
- [19]会員訪問で紹介を求めた結果、ほとんど無かった会員紹介による新規契約が45%ほどに
- [20]営業戦略の転換で採算の取れない九州・広島・仙台支店など営業拠点を廃止
- [21]1984年度(昭和59年度)に1098人いた従業員が現在(1988年初め)512人と半減
- [22]伊藤社長は会員権が売れない事態のリスクを意識し、メーンバンクを持つ必要性を強く感じると発言
- 中部財界 32(6) 1989年6月号「リゾートトラストの共有制リゾートホテル――エクシブシリーズが好評」
- [18]エクシブ鳥羽は完売、続くエクシブ伊豆が人気に拍車をかけた
参考文献[1]-[22]
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [1]1986年4月(昭和61年4月)に旧社名宝塚エンタープライズからリゾートトラストへ社名変更
- [9]従来は1室約30人を目安に会員を募集し、土日や盆・正月に予約が集中して泊まれない不満が最大だった
- [13]現在販売する会員権は満期の無い所有権付き。過去に販売した10年・15年満期の利用権は満期退会時に預かり保証金を返済
- [15]売上高119億円(1987年3月期)
- [16]会員数5万2000人は約40社ある業界で最大
- [17]総合保養地域整備法(リゾート法)が成立し、リゾート開発が内需拡大・地方活性化策の目玉として注目
- [19]会員訪問で紹介を求めた結果、ほとんど無かった会員紹介による新規契約が45%ほどに
- [20]営業戦略の転換で採算の取れない九州・広島・仙台支店など営業拠点を廃止
- [21]1984年度(昭和59年度)に1098人いた従業員が現在(1988年初め)512人と半減
- [22]伊藤社長は会員権が売れない事態のリスクを意識し、メーンバンクを持つ必要性を強く感じると発言
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [2]1986年4月、CIを確立してリゾートトラスト株式会社に商号変更
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [3]1984年にCIを導入し、その仕上げとして1986年に社名を宝塚エンタープライズからリゾートトラストに変更
- [6]伊藤與朗はフローティングシステムの根本的見直しと、営業・運営を含む社内体制全般の一新を決断
- [10]1室の共有会員を14人に限り、365日を14人で割った年26日の利用を保証するタイムシェアリングカレンダーを考案
- [11]カレンダーを毎年少しずつずらし14年で一周する
- [14]会員を14人に限ったため会員価格は割高になったが、高級なリゾートライフを期待する顧客ニーズに合致した
- 中部財界 40(11) 1997年11月号「店頭公開したリゾートトラスト伊藤與朗社長に聞く――小さく生んで大きく育てたい」
- [4]本格的なCIを導入し、3年間で3億円を投資してシステム・組織・社名・ロゴマークなどを全面的に検討
- [5]CIの際に開発コンセプトを変え、会員であることをステータスとする本格的リゾート開発を展開すると決めた(伊藤與朗の談)
- あさひ銀総研レポート 8(12) 1999年12月号 トップインタビュー「リゾートトラスト(株)代表取締役社長 伊藤勝康氏――21世紀に向けて豊かなライフスタイルを創造する」
- [7]社名変更の翌年、三重県にエクシブ鳥羽が開業しエクシブシリーズ第1号となった
- [12]空室があれば他のエクシブ・サンメンバーズや提携する海外リゾートと交換できるエクスチェンジシステムを導入
- 中部財界 32(6) 1989年6月号「リゾートトラストの共有制リゾートホテル――エクシブシリーズが好評」
- [8]1987年(昭和62年)鳥羽でエクシブ鳥羽を開業、1室を14人の会員が共有し各自年26日の占有日を持つ
- [18]エクシブ鳥羽は完売、続くエクシブ伊豆が人気に拍車をかけた
1989年〜エクシブ軽井沢・鳥羽アネックスの完売と、売上高400億円の専業最大手
1989年3月、リゾートトラストは一般旅行業の認可を得た。翌4月には第3弾となるエクシブ白浜を和歌山県白浜町に開いた。白浜の会員権は、開業の直前までにほぼ売り切れる状態になった。オーナーの約9割は関西の法人と個人で、中部の外にも客層が広がった。1990年7月には、初めて海に面しない立地のエクシブ軽井沢を開業した。軽井沢は200室に会議室8か所とコンベンションホールを備え、法人の利用にも応じた。1993年には、シンガポールからマレーシアを巡る6日間のチャータークルーズを自ら主催した。旅行業の認可は、会員を客室の外でもつなぎとめる仕組みを用意する手だったと推察される。
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [23]1989年3月、一般旅行業(運輸大臣登録第887号)認可
- [24]1989年4月、和歌山県白浜町にエクシブ白浜を開業
- [27]1990年7月、長野県軽井沢町にエクシブ軽井沢を開業(中部財界1989はシリーズ初の海なし立地とする)
- 中部財界 32(6) 1989年6月号「リゾートトラストの共有制リゾートホテル――エクシブシリーズが好評」
- [25]エクシブ白浜はオープン直前で完売に近い状態
- [26]エクシブ白浜のオーナーの約90%が関西地区の法人・個人
- [28]エクシブ軽井沢は200室、法人ユーザー向けの会議室8カ所と約400㎡のコンベンションホールを備える
- あさひ銀総研レポート 2(11) 1993年11月号「わが社の自慢商品」リゾートトラスト(株)(主催クルーズ告知)
- [29]リゾートトラスト主催「ソングオブフラワー」チャータークルーズの旅(シンガポール~マレーシア6日間)
1991年4月、鳥羽の敷地の中にエクシブ鳥羽アネックスが開業した。テニスコートの跡地に建てた17階建て約200室で、三重県のリゾートホテルでは最も高い建物だった。エクシブは1987年の鳥羽から毎年1施設ずつ増え、1992年7月には事業費100億円以上の淡路島が続いた。1991年度の業績は、売上高400億円(前年度比33%増)、経常利益15億円(同108%増)を見込んだ。1987年3月期の売上高119億円と比べると、5期でおよそ3.4倍を見込む計画だった。従業員は1381人に増え、専業では業界の最大手となった。会員権販売の6割は会員の紹介で決まり、営業の人員を企画や施設運営へ回せるようになった。
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [30]1991年4月、三重県鳥羽市にエクシブ鳥羽アネックスを開業
- 中部財界 32(6) 1989年6月号「リゾートトラストの共有制リゾートホテル――エクシブシリーズが好評」
- [31]鳥羽のテニスコート用地に17階建て約200室を建設、三重県下のリゾートホテルで最高層
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [32]エクシブは1987年の鳥羽から伊豆・白浜・軽井沢・鳥羽アネックスと毎年1施設ずつ開業、1992年7月に事業費100億円以上のエクシブ淡路島が完成予定
- [33]1991年度(平成3年度)売上高400億円(前年度比33%増)、経常利益15億円(同108%増)見込み
- [35]従業員数1381人、専業としては業界の最大手
- [36]会員権販売実績の6割が会員の紹介で決まり、余剰の従業員を企画や施設オペレーション部門に投入
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [34]売上高119億円(1987年3月期)。1991年度(1992年3月期)見込みの400億円との比は5期で約3.4倍(筆者計算)
1992年5月、リゾートトラストは名古屋市中区に本社ビルを新設した。同じころ、1992年秋を目処に準備してきた株式の店頭登録は、市場の低迷で翌年以降へずれ込む見通しとなった。伊藤與朗社長は、無理に登録すれば投資家に迷惑がかかり、株価の低い時期の資金調達は効率が悪いと受け止めた。開発を緩めない理由として、伊藤與朗社長はバブル崩壊を歓迎すべきことと位置づけ、『地価は沈静化しますし、リゾートビジネスがうまい商売だと勘違いし安易に参入してきた企業が撤退することで、結果的にはこの業界への世間の信頼感が逆に高まると予測されるからです。』と語った。新規に参入する企業は施設を造れても、販売と運営の力はたやすく身に付かないというのが伊藤與朗社長の見方だった。1993年7月には、エクシブ山中湖とエクシブ白浜アネックスを同じ月に開業した。
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [37]1992年5月、名古屋市中区に本社ビルを新設
- [42]1993年7月、エクシブ山中湖とエクシブ白浜アネックスを開業
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [38]1992年秋を目処に店頭登録を準備していたが、バブル崩壊で新規登録が止まり来年以降に延期の可能性が強い
- [39]無理な店頭登録は投資家に迷惑がかかり、株式相場の低迷下では市場からの資金調達が不効率になる
- [40]伊藤與朗はリゾート開発にブレーキがかかることは真面目な業者に歓迎すべきことと語り、地価沈静と安易な参入企業の撤退で業界への信頼が高まると予測
- [41]新規参入者はハードは造れても販売の営業力・運営力は簡単に身に付かない
参考文献[23]-[42]
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [23]1989年3月、一般旅行業(運輸大臣登録第887号)認可
- [24]1989年4月、和歌山県白浜町にエクシブ白浜を開業
- [27]1990年7月、長野県軽井沢町にエクシブ軽井沢を開業(中部財界1989はシリーズ初の海なし立地とする)
- [30]1991年4月、三重県鳥羽市にエクシブ鳥羽アネックスを開業
- [37]1992年5月、名古屋市中区に本社ビルを新設
- [42]1993年7月、エクシブ山中湖とエクシブ白浜アネックスを開業
- 中部財界 32(6) 1989年6月号「リゾートトラストの共有制リゾートホテル――エクシブシリーズが好評」
- [25]エクシブ白浜はオープン直前で完売に近い状態
- [26]エクシブ白浜のオーナーの約90%が関西地区の法人・個人
- [28]エクシブ軽井沢は200室、法人ユーザー向けの会議室8カ所と約400㎡のコンベンションホールを備える
- [31]鳥羽のテニスコート用地に17階建て約200室を建設、三重県下のリゾートホテルで最高層
- あさひ銀総研レポート 2(11) 1993年11月号「わが社の自慢商品」リゾートトラスト(株)(主催クルーズ告知)
- [29]リゾートトラスト主催「ソングオブフラワー」チャータークルーズの旅(シンガポール~マレーシア6日間)
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [32]エクシブは1987年の鳥羽から伊豆・白浜・軽井沢・鳥羽アネックスと毎年1施設ずつ開業、1992年7月に事業費100億円以上のエクシブ淡路島が完成予定
- [33]1991年度(平成3年度)売上高400億円(前年度比33%増)、経常利益15億円(同108%増)見込み
- [35]従業員数1381人、専業としては業界の最大手
- [36]会員権販売実績の6割が会員の紹介で決まり、余剰の従業員を企画や施設オペレーション部門に投入
- [38]1992年秋を目処に店頭登録を準備していたが、バブル崩壊で新規登録が止まり来年以降に延期の可能性が強い
- [39]無理な店頭登録は投資家に迷惑がかかり、株式相場の低迷下では市場からの資金調達が不効率になる
- [40]伊藤與朗はリゾート開発にブレーキがかかることは真面目な業者に歓迎すべきことと語り、地価沈静と安易な参入企業の撤退で業界への信頼が高まると予測
- [41]新規参入者はハードは造れても販売の営業力・運営力は簡単に身に付かない
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [34]売上高119億円(1987年3月期)。1991年度(1992年3月期)見込みの400億円との比は5期で約3.4倍(筆者計算)
1992年〜医療とリゾートを結んだハイメディックと、不況下に踏み切った投資型ホテル
1992年9月、会員制メディカルクラブの会員権販売と会員管理を担うハイメディックが設立された。同じ年の春には、エクシブを軸にしつつ、メディカル機能を持つ会員制へ事業を広げる構想が示されていた。後に社長となる伊藤勝康氏は、若くして入会した会員も年を重ねれば健康への関心が高まると説明した。通常の検査は詳しくするほど苦痛を伴うため、苦痛の無い検査なら受診は増えるという読みもあった。伊藤與朗社長はこの事業を、医療とリゾートを一体にする発想と位置づけた。1992年当時、会員制クラブには建設・不動産・ホテルの各業界から新規参入が相次いでいた。長く付き合う会員の加齢を、次の会員権の需要へつなげる設計だったと思われる。
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [43]1992年9月、会員制メディカルクラブの会員権販売及び会員管理を目的に株式会社ハイメディック設立
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [44]1992年4月時点で、エクシブ充実を基本にしつつメディカル機能を導入した会員制システムなど会員制事業の多角化を構想
- [48]1992年時点で建設・不動産・ホテル業界などから会員制クラブ事業への新規参入が活発化
- あさひ銀総研レポート 8(12) 1999年12月号 トップインタビュー「リゾートトラスト(株)代表取締役社長 伊藤勝康氏――21世紀に向けて豊かなライフスタイルを創造する」
- [45]入会した会員は年を経て必然的に健康への関心が高くなり、メディカル分野のサポートは不可欠(伊藤勝康)
- [46]医療機関の通常検査は詳しいほど苦痛を伴い、苦痛なく検査できればもっと頻繁に受ける、という命題でメディカル事業に取り組んだ
- 中部財界 39(7) 1996年7月号「「リゾートトラスト」伊藤與朗社長に聞く――リゾート業界日本一の雄峰」
- [47]伊藤與朗は医療とリゾートを一体化させた発想と表現
1993年7月、山梨県山中湖村にエクシブ山中湖が開業した。翌1994年、その地にハイメディック山中湖倶楽部が開設された。検査の中核にはPET(陽電子放出断層撮影装置)を据え、大学病院でもそろうのが珍しい画像診断装置を集めた。X線CT、超音波、MRIも備え、内視鏡やバリウムに伴う苦痛の無い検査をうたった。狙いは、通常の人間ドックで見つけにくい肺がん・肝臓がん・膵臓がんや、心臓病・脳卒中の早期発見だった。館内のクリニックは、東海大学医学部の医師団を中心とする約40名の体制で運営した。開設から2年で、命に関わる病気を早期に見つけた例が数多く出たと伊藤與朗社長は説明した。
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [49]1993年7月、山梨県山中湖村にエクシブ山中湖を開業
- 中部財界 39(7) 1996年7月号「「リゾートトラスト」伊藤與朗社長に聞く――リゾート業界日本一の雄峰」
- [50]ハイメディック山中湖倶楽部は平成6年(1994年)開設、日本初のリゾートメディカルクラブ
- [51]PETをはじめ最先端の画像診断装置を導入、大学病院でも揃うことが珍しい
- [53]通常の人間ドックで発見しにくい肺ガン・肝臓ガン・膵臓ガン、心臓病・脳卒中の早期発見に注力
- [54]館内クリニックは東海大学医学部の医師団を中心に技師・看護婦など約40名
- [55]1994年の開設以来、命に関わる病気を早期発見した実例が多数(1996年時点)
- あさひ銀総研レポート 8(12) 1999年12月号 トップインタビュー「リゾートトラスト(株)代表取締役社長 伊藤勝康氏――21世紀に向けて豊かなライフスタイルを創造する」
- [52]PETを中心にX線CT・超音波・MRIの画像診断システムで、内視鏡検査やバリウム検査の苦痛・不快感が無い
1996年5月、リゾートトラストは名古屋市中区錦に建設中の「ホテルトラスティ名古屋」の客室を投資家へ売り始めた。総客室250室、総工費35億円のホテルで、1室1322万9000円からの価格をつけた。買われた客室は一括して借り上げ、年間の客室料売上の40%を賃料として購入者に配る方式を採った。稼働が振るわなくても、販売価格の4%は最低保証とした。伊藤與朗社長は『景気不振といわれる今だからこそ踏み切ったのです。』と語り、土地も建設費も安く、超低金利下の投資家の求めに合うと説明した。仕組みの原型は、1988年初めに熱海と箱根で客室を1室ずつ売り、宿泊代の40%を所有者に返したコンドミニアムにあった。会員制で培った借り上げと運営の型を、都市のホテルと個人の投資家へ広げたのだろう。
- 中部財界 39(7) 1996年7月号「「リゾートトラスト」伊藤與朗社長に聞く――リゾート業界日本一の雄峰」
- [56]ホテルトラスティ名古屋は名古屋市中区錦二丁目に建設中、1996年5月から販売
- [57]総客室数250室、総工費35億円、販売価格1322万9000円から
- [58]購入された客室は同社が一括賃借してホテル運営し、年間客室室料売上の40%を購入者に賃借料として分配
- [59]稼働率が思わしくなくとも販売価格の4%は最低保証
- [60]景気不振の今だからこそ踏み切った、土地も建設費も安く、最低保障付きの安定型高利回りは超低金利時代の投資家ニーズに合う
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [61]1988年初め時点で熱海21室・箱根45室のコンドミニアムを1室ずつ売り切り、一般客を入れて宿泊代の40%を所有者に還元
参考文献[43]-[61]
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- [43]1992年9月、会員制メディカルクラブの会員権販売及び会員管理を目的に株式会社ハイメディック設立
- [49]1993年7月、山梨県山中湖村にエクシブ山中湖を開業
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- [44]1992年4月時点で、エクシブ充実を基本にしつつメディカル機能を導入した会員制システムなど会員制事業の多角化を構想
- [48]1992年時点で建設・不動産・ホテル業界などから会員制クラブ事業への新規参入が活発化
- あさひ銀総研レポート 8(12) 1999年12月号 トップインタビュー「リゾートトラスト(株)代表取締役社長 伊藤勝康氏――21世紀に向けて豊かなライフスタイルを創造する」
- [45]入会した会員は年を経て必然的に健康への関心が高くなり、メディカル分野のサポートは不可欠(伊藤勝康)
- [46]医療機関の通常検査は詳しいほど苦痛を伴い、苦痛なく検査できればもっと頻繁に受ける、という命題でメディカル事業に取り組んだ
- [52]PETを中心にX線CT・超音波・MRIの画像診断システムで、内視鏡検査やバリウム検査の苦痛・不快感が無い
- 中部財界 39(7) 1996年7月号「「リゾートトラスト」伊藤與朗社長に聞く――リゾート業界日本一の雄峰」
- [47]伊藤與朗は医療とリゾートを一体化させた発想と表現
- [50]ハイメディック山中湖倶楽部は平成6年(1994年)開設、日本初のリゾートメディカルクラブ
- [51]PETをはじめ最先端の画像診断装置を導入、大学病院でも揃うことが珍しい
- [53]通常の人間ドックで発見しにくい肺ガン・肝臓ガン・膵臓ガン、心臓病・脳卒中の早期発見に注力
- [54]館内クリニックは東海大学医学部の医師団を中心に技師・看護婦など約40名
- [55]1994年の開設以来、命に関わる病気を早期発見した実例が多数(1996年時点)
- [56]ホテルトラスティ名古屋は名古屋市中区錦二丁目に建設中、1996年5月から販売
- [57]総客室数250室、総工費35億円、販売価格1322万9000円から
- [58]購入された客室は同社が一括賃借してホテル運営し、年間客室室料売上の40%を購入者に賃借料として分配
- [59]稼働率が思わしくなくとも販売価格の4%は最低保証
- [60]景気不振の今だからこそ踏み切った、土地も建設費も安く、最低保障付きの安定型高利回りは超低金利時代の投資家ニーズに合う
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- [61]1988年初め時点で熱海21室・箱根45室のコンドミニアムを1室ずつ売り切り、一般客を入れて宿泊代の40%を所有者に還元
出典・参考
8件
- リゾートトラスト 有価証券報告書 第52期(2025年3月期)沿革
- 日経ビジネス 1988年2月1日号
- 中部財界 32(6) 1989年6月号「リゾートトラストの共有制リゾートホテル――エクシブシリーズが好評」
- 長銀総研L 9(4) 1992年4月号 会社紹介(中田智夫)
- あさひ銀総研レポート 2(11) 1993年11月号「わが社の自慢商品」リゾートトラスト(株)(主催クルーズ告知)
- 中部財界 39(7) 1996年7月号「「リゾートトラスト」伊藤與朗社長に聞く――リゾート業界日本一の雄峰」
- 中部財界 40(11) 1997年11月号「店頭公開したリゾートトラスト伊藤與朗社長に聞く――小さく生んで大きく育てたい」
- あさひ銀総研レポート 8(12) 1999年12月号 トップインタビュー「リゾートトラスト(株)代表取締役社長 伊藤勝康氏――21世紀に向けて豊かなライフスタイルを創造する」