さくらインターネット:東証マザーズ上場と債務超過後の本業回帰
舞鶴高専の学生起業から双日の資本参加へ
1996年〜高専の寮で生まれたレンタルサーバサービス
さくらインターネットの始まりは、1996年12月23日、京都府の舞鶴工業高等専門学校に在学していた田中邦裕氏が立ち上げたレンタルサーバサービスにさかのぼる。学生寮で運用していたサーバを知人に貸したところ評判を呼び、学外からも利用希望が相次いだことが事業化のきっかけだった。インターネットが家庭に広がり始めた時期にあたり、ウェブサイトを持ちたい個人や中小事業者にサーバの一部を安価に貸し出すホスティングは、まだ担い手の少ない分野だった。田中氏はこのサーバ貸しを個人の事業として続け、法人化までに3年近くを費やしている。
- さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
- [1]創業は1996年12月23日
- OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー
- [2]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したことが事業化のきっかけ
個人で始めた事業を会社へ移すにあたり、田中邦裕氏は自ら設立した2つの小さな法人を使った。1996年12月に創業したさくらインターネットを法人化する目的で、1998年4月に京都府舞鶴市で有限会社インフォレストが設立される。もう一方のエス・アール・エス有限会社は1997年6月に兵庫県明石市で設立され、2000年2月に本店を大阪市西区へ移すとともに株式会社へ組織変更した。1999年8月のさくらインターネット株式会社は、この2社の共同出資によって生まれ、両社が提供していたレンタルサーバサービスと専用サーバサービスをそのまま引き継いで営業を始めている。創業から法人化まで3年近くを要したのは、学生の手元に資本がなく、外部から資金を入れる道も乏しかったためだろう。
- さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
- [3]創業は1996年12月23日
- 有価証券報告書【沿革】
- [4]有限会社インフォレストは1996年12月に創業された「さくらインターネット」を法人化する目的で1998年4月に京都府舞鶴市において設立され、エス・アール・エス有限会社は1997年6月に兵庫県明石市で設立されたのち2000年2月に本店を大阪市西区へ移して株式会社へ組織変更した
- [5]さくらインターネット株式会社はエス・アール・エス有限会社と有限会社インフォレストの共同出資により1999年8月に設立され、両社が提供していたレンタルサーバサービスと専用サーバサービスを引き継いだ
1999年8月、レンタルサーバサービスと専用サーバサービスの提供を目的として、大阪市中央区に資本金1,000万円でさくらインターネット株式会社が設立され、個人事業として始まったサービスは会社経営へ移行した。2000年4月には同社を存続会社としてエス・アール・エス株式会社と有限会社インフォレストの2社を吸収合併し、商号を"エスアールエス・さくらインターネット株式会社"へ変更、あわせて顧客の機器を預かるハウジングとインターネット接続サービスの提供を開始した。サーバ貸しを核にしながら、回線からデータセンターまでを扱うインターネットの裏方企業としての骨格が、この時期に固まった。
- 有価証券報告書【沿革】
- [6]1999年8月に大阪市中央区で資本金1,000万円のさくらインターネット株式会社を設立
- [7]2000年4月にエス・アール・エスとインフォレストを吸収合併し「エスアールエス・さくらインターネット株式会社」に商号変更、ハウジングとインターネット接続サービスを提供開始
参考文献[1]-[7]
- さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
- [1]創業は1996年12月23日
- [3]創業は1996年12月23日
- OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー
- [2]学生寮で運用していたサーバを知人に貸したことが事業化のきっかけ
- 有価証券報告書【沿革】
- [4]有限会社インフォレストは1996年12月に創業された「さくらインターネット」を法人化する目的で1998年4月に京都府舞鶴市において設立され、エス・アール・エス有限会社は1997年6月に兵庫県明石市で設立されたのち2000年2月に本店を大阪市西区へ移して株式会社へ組織変更した
- [5]さくらインターネット株式会社はエス・アール・エス有限会社と有限会社インフォレストの共同出資により1999年8月に設立され、両社が提供していたレンタルサーバサービスと専用サーバサービスを引き継いだ
- [6]1999年8月に大阪市中央区で資本金1,000万円のさくらインターネット株式会社を設立
- [7]2000年4月にエス・アール・エスとインフォレストを吸収合併し「エスアールエス・さくらインターネット株式会社」に商号変更、ハウジングとインターネット接続サービスを提供開始
2004年〜商号復帰と東証マザーズ上場
2004年7月、商号を"さくらインターネット株式会社"へ戻し、同年12月には大阪市中央区南本町に本社を移転した。翌2005年10月、東京証券取引所マザーズへ株式を上場する。当時の代表取締役社長兼最高経営責任者は笹田亮氏だった。2005年3月期の売上高は19億3,000万円、経常利益は1億3,200万円と、規模は小さいながら黒字を確保していた。ブロードバンドの普及で個人サイトやネット通販が増え、レンタルサーバの需要が伸びていた時期であり、さくらインターネットは上場で得た信用力と資金を土台に拡大路線へ進んだ。
- 有価証券報告書【沿革】
- [8]2004年7月に商号を「さくらインターネット株式会社」に変更、同年12月に大阪市中央区南本町へ本社移転
- [9]2005年10月に東京証券取引所マザーズへ上場
- 有価証券報告書【役員の状況】(第7期)
- [10]上場当時の代表取締役社長兼最高経営責任者は笹田亮
- 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】(第7期)
- [11]2005年3月期の売上高1,930百万円・経常利益132百万円
上場直後から企業買収と新会社設立が相次いだ。2005年12月に株式会社イクスフェイズ、2006年1月に株式会社カイロスを子会社化し、2006年にはウェブ制作のさくらクリエイティブ株式会社と米国法人SAKURA Internet (USA), Inc.を設立した。2007年6月からはオンラインゲームの運営にも乗り出している。売上高は2007年3月期に47億300万円と2年で2.4倍に膨らんだものの、急拡大は収益を伴わず、同期は経常損失3億4,600万円、最終損失4億9,400万円の赤字に転落する。買収と多角化で売上を積み上げる戦略は、早くも行き詰まりを見せ始めた。
- 有価証券報告書【沿革】
- [12]2005年12月にイクスフェイズ、2006年1月にカイロスを子会社化、2006年にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)を設立
- 有価証券報告書(2008年3月期)【業績等の概要】
- [13]2007年6月からオンラインゲーム「ロード・オブ・ザ・リングス・オンライン アングマールの影」を開始した
- 有価証券報告書(2007年3月期)
- [14]2007年3月期の売上高4,703百万円・経常損失346百万円・最終損失494百万円
売上の伸びは、都市部にデータセンターを借り増すことで買われていた。2006年6月に西新宿、同年9月に代官山のデータセンターを開設し、2007年2月には堂島のデータセンターを拡張して、都市型拠点の収容能力を一気に広げている。ハウジングと専用サーバは、預かる機器の数だけ床と電力を要する事業であり、拠点を増やせば賃借料が先に立ち上がる。会社自身、新設に伴う賃借料等の固定費の増加を収益を圧迫した要因に挙げ、あわせて現地資本との合弁出資による海外展開と法人向けソリューションを構想として掲げていた。2008年3月期の売上高は64億7,800万円と前期から約38%伸びたものの、経常損益は2,500万円の損失にとどまり、増収は利益に結びつかなかった。
- さくらインターネット 2007年3月期決算説明会資料(2007年7月13日)
- [15]西新宿(2006年6月)・代官山(2006年9月)のデータセンター開設と堂島の拡張(2007年2月)で都市型データセンターの収容能力を強化した
- [16]新設に伴う賃借料等の固定費が増加し、現地資本との合弁出資による海外展開と法人向けソリューションを構想として示した
- 有価証券報告書(2008年3月期)
- [17]2008年3月期の売上高6,478百万円・経常損失25百万円
参考文献[8]-[17]
- 有価証券報告書【沿革】
- [8]2004年7月に商号を「さくらインターネット株式会社」に変更、同年12月に大阪市中央区南本町へ本社移転
- [9]2005年10月に東京証券取引所マザーズへ上場
- [12]2005年12月にイクスフェイズ、2006年1月にカイロスを子会社化、2006年にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)を設立
- 有価証券報告書【役員の状況】(第7期)
- [10]上場当時の代表取締役社長兼最高経営責任者は笹田亮
- 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】(第7期)
- [11]2005年3月期の売上高1,930百万円・経常利益132百万円
- 有価証券報告書(2008年3月期)【業績等の概要】
- [13]2007年6月からオンラインゲーム「ロード・オブ・ザ・リングス・オンライン アングマールの影」を開始した
- 有価証券報告書(2007年3月期)
- [14]2007年3月期の売上高4,703百万円・経常損失346百万円・最終損失494百万円
- さくらインターネット 2007年3月期決算説明会資料(2007年7月13日)
- [15]西新宿(2006年6月)・代官山(2006年9月)のデータセンター開設と堂島の拡張(2007年2月)で都市型データセンターの収容能力を強化した
- [16]新設に伴う賃借料等の固定費が増加し、現地資本との合弁出資による海外展開と法人向けソリューションを構想として示した
- 有価証券報告書(2008年3月期)
- [17]2008年3月期の売上高6,478百万円・経常損失25百万円
2007年〜オンラインゲームの減損と双日を引受先とする資本の入れ直し
2007年6月に始めたオンラインゲーム"ロード・オブ・ザ・リングス・オンライン"は有料会員が当初の見込みを下回り、2008年3月期のコンテンツ配信事業は売上高1億2,700万円に対して営業損失3億4,900万円を出した。ゲーム配信事業の不振から固定資産等の減損損失を計上し、ライセンス・ホルダーとの契約期間の大幅短縮に伴う違約金も支払っている。2008年3月期の通期でも最終損失6億3,300万円を計上している。ゲームのライセンス料や運営費が会員数の伸びに見合わず、本業のホスティングで稼いだ利益を吸い込む構造になっていた。2005年10月のマザーズ上場からわずか2年余り、上場で得た資金は拡大の過程で失われていた。
- 有価証券報告書(2008年3月期)【業績等の概要】
- [18]オンラインゲームの有料会員が予想を下回り、2008年3月期のコンテンツ配信事業は売上高127百万円・営業損失349百万円。ゲーム配信事業の不振で固定資産等の減損損失と契約期間短縮に伴う違約金を特別損失に計上した
- 有価証券報告書(2008年3月期)
- [19]2008年3月期の最終損失633百万円
2007年11月、上場時から社長を務めた笹田亮氏が退き、取締役最高執行責任者だった創業者の田中邦裕氏が代表取締役社長兼最高経営責任者に就任した。田中邦裕社長は不採算事業の整理を急ぎ、2007年7月に譲渡していたイクスフェイズに続いて、2008年1月にカイロス、同年3月にさくらクリエイティブと米国法人SAKURA Internet (USA)の株式を相次いで手放した。上場後に買収・設立した会社を切り離し、レンタルサーバとデータセンターの運営という創業以来の本業へ回帰する。いずれも取得・設立から2年前後での売却である。
- 有価証券報告書【役員の状況】(第7期・第9期)
- [20]2007年11月に田中邦裕が代表取締役社長に就任し、上場時の代表取締役社長だった笹田亮は社長を退いた
- 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
- [21]田中邦裕氏は2004年6月から取締役最高執行責任者を務め、2007年11月に代表取締役社長兼最高経営責任者へ就任した
- 有価証券報告書【沿革】
- [22]2007年7月にイクスフェイズ、2008年1月にカイロス、2008年3月にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)の株式を譲渡
損失で傷んだ資本の立て直しは、自力の利益ではなく総合商社の出資によって行われた。双日を引受先とする第三者割当増資を実施し、2008年2月、双日が発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主となった。データセンターは建てても借りても資金が先に出る事業であり、損失を自力の利益で埋めようとすれば、その間の設備投資は止まらざるをえない。商社の資本を受け入れたことで、資本の回復と設備の維持を同時に進める道が開けた。2009年3月期の売上高は71億700万円、経常利益は3億4,900万円、当期純利益は3億7,400万円と、黒字へ転じている。
- 有価証券報告書【沿革】
- [23]双日を引受先とする第三者割当増資を実施した(2008年2月)
- [24]2008年2月の第三者割当増資により双日が発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主となった
- 有価証券報告書(2009年3月期)
- [25]2009年3月期の売上高7,107百万円・経常利益349百万円・当期純利益374百万円
参考文献[18]-[25]
- 有価証券報告書(2008年3月期)【業績等の概要】
- [18]オンラインゲームの有料会員が予想を下回り、2008年3月期のコンテンツ配信事業は売上高127百万円・営業損失349百万円。ゲーム配信事業の不振で固定資産等の減損損失と契約期間短縮に伴う違約金を特別損失に計上した
- 有価証券報告書(2008年3月期)
- [19]2008年3月期の最終損失633百万円
- 有価証券報告書【役員の状況】(第7期・第9期)
- [20]2007年11月に田中邦裕が代表取締役社長に就任し、上場時の代表取締役社長だった笹田亮は社長を退いた
- 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
- [21]田中邦裕氏は2004年6月から取締役最高執行責任者を務め、2007年11月に代表取締役社長兼最高経営責任者へ就任した
- 有価証券報告書【沿革】
- [22]2007年7月にイクスフェイズ、2008年1月にカイロス、2008年3月にさくらクリエイティブとSAKURA Internet (USA)の株式を譲渡
- [23]双日を引受先とする第三者割当増資を実施した(2008年2月)
- [24]2008年2月の第三者割当増資により双日が発行済株式の28.26%を保有する筆頭株主となった
- 有価証券報告書(2009年3月期)
- [25]2009年3月期の売上高7,107百万円・経常利益349百万円・当期純利益374百万円
1996年〜2008年の業績
| 決算期 | 区分 | 売上高 | 経常利益 | 純利益 | 主な投資 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 億円 | YoY | 億円 | 利益率 | 億円 | |||
| 1996年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1997年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1998年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 1999年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2000年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | 大阪市中央区に本町データセンターを開設(1999/10)東京都豊島区に東京第一データセンターを開設(1999/10) |
| 2001年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2002年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2003年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2004年03月期 | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a | n/a |
| 2005年03月期 | 単体 | 19 | n/a | 1 | 5.3% | 1 | 大阪市北区に堂島データセンターを開設(2004/04) |
| 2006年03月期 | 連結 | 28 | +47.4% | 2 | 7.1% | 1 | n/a |
| 2007年03月期 | 連結 | 47 | +67.9% | ▲3 | ▲6.4% | ▲5 | 上海伯漢ネットワークテクノロジーと合弁会社を設立(2006/05)東京都新宿区に西新宿データセンターを開設(2006/06)子会社 SAKURA Internet (USA)を設立(2006/08) |
| 2008年03月期 | 連結 | 65 | +38.3% | 0 | 0.0% | ▲6 | n/a |
出典・参考
12件
- 有価証券報告書(2007年3月期)
- さくらインターネット 2007年3月期決算説明会資料(2007年7月13日)
- 有価証券報告書(2008年3月期)【業績等の概要】
- 有価証券報告書(2008年3月期)
- 有価証券報告書(2009年3月期)
- さくらインターネット統合報告書「さくらのレポート2024」(2024年12月)
- 有価証券報告書【沿革】
- 有価証券報告書【役員の状況】(第7期)
- 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】(第7期)
- 有価証券報告書【役員の状況】(第7期・第9期)
- 有価証券報告書【役員の状況】(第9期)
- OSAKA INNOVATION HUB 田中邦裕氏インタビュー