レナウン:佐々木営業部の創業と商標「レナウン」の決定
1902年〜佐々木八十八氏と尾上設蔵氏が大阪で開いた佐々木営業部と、東京進出で得た百貨店の販路
レナウンの源流は、1906年(明治39年)に大阪で始まった繊維雑貨の卸商、佐々木営業部。創業に名を連ねたのは、佐々木八十八氏と尾上設蔵氏の2人であった。法人は立てず、佐々木八十八氏が個人で営む商店として出発した。現在の会社の登記上の設立日は1947年(昭和22年)9月25日で、1906年は法人の設立ではなく商いの始まりにあたる。仕入れた繊維雑貨を小売へ流す問屋の商いで、自前の工場は持たなかった。尾上設蔵氏の子で、のちに理事長となる尾上清氏は、1947年(昭和22年)に株式会社佐々木営業部を再発足させた中心人物の1人となった。創業時の2家が戦後の再出発まで経営に関わり続けたことが、商号の連続を支えたとみられる。
- 日経ビジネス 1978年2月27日号(スタディ・レナウン略史)
- [1]1906年(明治39年)尾上設蔵・佐々木八十八の両氏が繊維雑貨卸商の佐々木営業部を創業。1947年に尾上清・本間良雄両氏を中心に株式会社佐々木営業部を再発足(尾上清は尾上設蔵の子)
- [2]1906年(明治39年)尾上設蔵・佐々木八十八の両氏が繊維雑貨卸商の佐々木営業部を創業。1947年に尾上清・本間良雄両氏を中心に株式会社佐々木営業部を再発足(尾上清は尾上設蔵の子)
- [7]1906年(明治39年)尾上設蔵・佐々木八十八の両氏が繊維雑貨卸商の佐々木営業部を創業。1947年に尾上清・本間良雄両氏を中心に株式会社佐々木営業部を再発足(尾上清は尾上設蔵の子)
- 企業の歴史:明治百年(1968)「レナウン」
- [3]明治39年、大阪で佐々木八十八氏の個人経営により佐々木営業部の名で繊維雑貨の卸売業を創業
- [6]明治39年、大阪で佐々木八十八氏の個人経営により佐々木営業部の名で繊維雑貨の卸売業を創業
- 日本企業要覧 1981年版「レナウン」沿革
- [4]明治39年、佐々木八十八氏が個人経営として発足。設立は昭和22年9月25日
- [5]明治39年、佐々木八十八氏が個人経営として発足。設立は昭和22年9月25日
商いが大きくなると、佐々木営業部は大阪の外に販路を求めて東京へ進出した。進出の理由は、広がる経営の規模に見合う地盤を得るためと記録されている。得意先は全国の主要な百貨店と小売店に及び、強い販売地盤となった。百貨店との取引は戦後も続き、1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%を占めた。1923年(大正12年)の震災の直後、三越の仕入れ係だった樫山純三氏は、洋品雑貨商から転職の誘いを受けた。樫山純三氏はその商店を、佐々木営業部に次ぐ大店と書き残した。百貨店の仕入れ担当から見て、佐々木営業部は大正期の洋品雑貨の卸で首位の位置にあったと推察される。
- 企業の歴史:明治百年(1968)「レナウン」
- [8]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- [9]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- [10]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- [11]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- 私の履歴書 経済人16「樫山純三」(1981)
- [12]関東大震災後、三越の仕入れ業務で知った洋品雑貨商の末森嘉吉氏(佐々木営業部に次ぐ大きな商店の主人)から樫山純三氏が誘いを受けた
- [13]関東大震災後、三越の仕入れ業務で知った洋品雑貨商の末森嘉吉氏(佐々木営業部に次ぐ大きな商店の主人)から樫山純三氏が誘いを受けた
参考文献[1]-[13]
- 日経ビジネス 1978年2月27日号(スタディ・レナウン略史)
- [1]1906年(明治39年)尾上設蔵・佐々木八十八の両氏が繊維雑貨卸商の佐々木営業部を創業。1947年に尾上清・本間良雄両氏を中心に株式会社佐々木営業部を再発足(尾上清は尾上設蔵の子)
- [2]1906年(明治39年)尾上設蔵・佐々木八十八の両氏が繊維雑貨卸商の佐々木営業部を創業。1947年に尾上清・本間良雄両氏を中心に株式会社佐々木営業部を再発足(尾上清は尾上設蔵の子)
- [7]1906年(明治39年)尾上設蔵・佐々木八十八の両氏が繊維雑貨卸商の佐々木営業部を創業。1947年に尾上清・本間良雄両氏を中心に株式会社佐々木営業部を再発足(尾上清は尾上設蔵の子)
- 企業の歴史:明治百年(1968)「レナウン」
- [3]明治39年、大阪で佐々木八十八氏の個人経営により佐々木営業部の名で繊維雑貨の卸売業を創業
- [6]明治39年、大阪で佐々木八十八氏の個人経営により佐々木営業部の名で繊維雑貨の卸売業を創業
- [8]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- [9]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- [10]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- [11]経営規模の拡大に対応して東京にも進出し、全国主要百貨店・小売店を対象とする販売地盤を確立。1968年時点で百貨店向けが売上高の約50%
- 日本企業要覧 1981年版「レナウン」沿革
- [4]明治39年、佐々木八十八氏が個人経営として発足。設立は昭和22年9月25日
- [5]明治39年、佐々木八十八氏が個人経営として発足。設立は昭和22年9月25日
- 私の履歴書 経済人16「樫山純三」(1981)
- [12]関東大震災後、三越の仕入れ業務で知った洋品雑貨商の末森嘉吉氏(佐々木営業部に次ぐ大きな商店の主人)から樫山純三氏が誘いを受けた
- [13]関東大震災後、三越の仕入れ業務で知った洋品雑貨商の末森嘉吉氏(佐々木営業部に次ぐ大きな商店の主人)から樫山純三氏が誘いを受けた
1923年〜製造部門レナウン工業と商標レナウン、株式会社佐々木営業部への改組
1923年(大正12年)、佐々木営業部はレナウン工業を製造部門として設立した。同じ年には、扱う品の商標を「レナウン」に決定。英語のRENOWNは優秀・名声・栄光を意味する語で、1968年時点の社章も英字と片仮名の社名を図案にしたものであった。「レナウン」の名は大正末から商標として使われ続け、1955年(昭和30年)には商号もレナウン商事に改められた。商標の決定から商号の変更までは32年の開きがあった。製造部門のレナウン工業は、1968年(昭和43年)1月1日に本体へ合併された。卸の品に自前の製造と名前を与えたことで、商標が商号より先に得意先へ浸透していったのだろう。
- 日経ビジネス 1978年2月27日号(スタディ・レナウン略史)
- [14]大正12年、製造部門としてレナウン工業を設立し、商標を「レナウン」と決定
- [15]大正12年、製造部門としてレナウン工業を設立し、商標を「レナウン」と決定
- [18]大正12年、製造部門としてレナウン工業を設立し、商標を「レナウン」と決定
- 企業の歴史:明治百年(1968)「レナウン」
- [16]RENOWNは優秀・名声・栄光の意の英語で商標に採用、社章は英字と片仮名を図案化。大正末より使用の商標名にちなみ昭和30年に商号をレナウン商事に変更
- [17]RENOWNは優秀・名声・栄光の意の英語で商標に採用、社章は英字と片仮名を図案化。大正末より使用の商標名にちなみ昭和30年に商号をレナウン商事に変更
- [19]RENOWNは優秀・名声・栄光の意の英語で商標に採用、社章は英字と片仮名を図案化。大正末より使用の商標名にちなみ昭和30年に商号をレナウン商事に変更
- 日本企業要覧 1981年版「レナウン」沿革
- [20]43年1月1日にレナウン工業㈱を合併
1938年(昭和13年)、佐々木営業部は商号を株式会社佐々木営業部と改めた。株式会社への移行は、東京進出と並んで、広がる経営の規模に合わせる措置として記録されている。法人の形を整えた後、佐々木営業部は第二次世界大戦の時期を迎えた。1944年(昭和19年)、佐々木営業部は江商に合併された。合併の根拠は、平和産業整備の趣旨とも、企業再建整備法の趣旨とも伝わり、一つに定まらない。1938年に定めた株式会社佐々木営業部の商号は、戦後の1947年に会社を再発足させる際にも再び用いられた。株式会社の形を先に整えていたことが、戦時の統合で江商へ合併する際の前提になったと思われる。
- 日本企業要覧 1981年版「レナウン」沿革
- [21]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
- [24]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
- [26]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
- [29]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
- 企業の歴史:明治百年(1968)「レナウン」
- [22]経営規模の拡大に対応して東京進出・株式会社組織化。第二次大戦となり企業再建整備法の主旨に則り江商㈱に合併
- [23]経営規模の拡大に対応して東京進出・株式会社組織化。第二次大戦となり企業再建整備法の主旨に則り江商㈱に合併
- [28]経営規模の拡大に対応して東京進出・株式会社組織化。第二次大戦となり企業再建整備法の主旨に則り江商㈱に合併
- 日経ビジネス 1978年2月27日号(スタディ・レナウン略史)
- [25]昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商と合併
- [27]昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商と合併
参考文献[14]-[29]
- 日経ビジネス 1978年2月27日号(スタディ・レナウン略史)
- [14]大正12年、製造部門としてレナウン工業を設立し、商標を「レナウン」と決定
- [15]大正12年、製造部門としてレナウン工業を設立し、商標を「レナウン」と決定
- [18]大正12年、製造部門としてレナウン工業を設立し、商標を「レナウン」と決定
- [25]昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商と合併
- [27]昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商と合併
- 企業の歴史:明治百年(1968)「レナウン」
- [16]RENOWNは優秀・名声・栄光の意の英語で商標に採用、社章は英字と片仮名を図案化。大正末より使用の商標名にちなみ昭和30年に商号をレナウン商事に変更
- [17]RENOWNは優秀・名声・栄光の意の英語で商標に採用、社章は英字と片仮名を図案化。大正末より使用の商標名にちなみ昭和30年に商号をレナウン商事に変更
- [19]RENOWNは優秀・名声・栄光の意の英語で商標に採用、社章は英字と片仮名を図案化。大正末より使用の商標名にちなみ昭和30年に商号をレナウン商事に変更
- [22]経営規模の拡大に対応して東京進出・株式会社組織化。第二次大戦となり企業再建整備法の主旨に則り江商㈱に合併
- [23]経営規模の拡大に対応して東京進出・株式会社組織化。第二次大戦となり企業再建整備法の主旨に則り江商㈱に合併
- [28]経営規模の拡大に対応して東京進出・株式会社組織化。第二次大戦となり企業再建整備法の主旨に則り江商㈱に合併
- 日本企業要覧 1981年版「レナウン」沿革
- [20]43年1月1日にレナウン工業㈱を合併
- [21]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
- [24]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
- [26]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
- [29]昭和13年、商号を「株式会社佐々木営業部」と改称。昭和19年、平和産業整備の主旨に沿い江商株式会社に合併。昭和22年9月25日、株式会社佐々木営業部として再発足
出典・参考
4件
- 企業の歴史:明治百年(1968)「レナウン」
- 私の履歴書 経済人16「樫山純三」(1981)
- 日経ビジネス 1978年2月27日号(スタディ・レナウン略史)
- 日本企業要覧 1981年版「レナウン」沿革