決断
作り方は同業へ渡し、売り先だけを自社に残した。1948年、伊藤傳三氏は氷水で臭みを抜く脱臭法にたどり着き、原料肉の足りない業界にプレスハムを生んだ。他社のプレスハムは温度管理のばらつきで色が黒ずみ風味も抜けていたため、同業者の技術幹部を集めて温度管理と水洗い技術のすべてを公開する。翌1949年6月には大蔵省主税局との談判でプレスハムの物品税撤廃を取り付け、1950年1月には単味品に残る10%も全廃させた。販路は代理店を通さず小売店との直接取引に切り替え、自社製品だけを扱う店を"伊藤ハム会"として全国約6,000店まで組織した。ただし公開した製法は他社の商品開発力も育て、1979年には生産数量の伸びが13.4%増から1.9%増へ低下した。