決断
他社が値をつけない部位と、他人が握っている工程を、順に自社へ取り込んできた。1972年に米国では食用習慣のない牛上みの(第2胃)の開発輸入に成功し、国内では賄えない調達規模を得た。1982年に牛小腸を味付けした"こてっちゃん"が家庭用の定番になると原料の必要量が跳ね上がり、買い付ける立場のままでは量も仕様も他社の判断に委ねられた。そこで1989年、丸紅らとの合弁で米ネブラスカ州に自前の食肉処理場を設置した。2003年12月の米国産牛肉輸入停止で主力商材が減少すると、今度は国産牛の流通網を持つ同業を株式交換で完全子会社化した。買収のたびに、原料の量と仕様を決める権限が取引先から自社へ移った。
2015年12月 AURORA PACKING買収
米国子会社の売上高と有形固定資産2016 2021 米国の外部顧客への売上高(百万円) 8,596 34,681 米国の有形固定資産(百万円) 3,414 3,237 2004年9月 ムラチクの完全子会社化
業績の推移2003 2004 2009 売上高(億円) 418 502 1,175 経常利益率(%) 3.6 5.8 4.3 1989年4月 FREMONT BEEF設立
業績の推移1989 1994 売上高(億円) 345 493 経常利益率(%) 7.5 3.7