台糖の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

砂糖以外の事業を、育てては損失の穴埋めに売ってきた。1946年7月に発足した第二会社はペニシリン専業で、1955年6月には米ファイザーと折半出資の台糖ファイザーを設立して製薬部門を移した。1959年10月には道南製糖所で甜菜糖の生産も始めている。1963年の原糖輸入自由化で本業が赤字へ転じると、1968年4月に甜菜糖部門を北海道糖業へ譲渡し、同じ年の7月に台糖ファイザー株の60%を25億円でファイザーへ売却した。持分は1975年に5%へ下がり、1983年3月には残る全株式を14億4324万円で譲渡している。譲渡した合弁は1982年11月期に売上高670億円・経常利益115億円を計上しており、赤字を埋めるために売却した事業のほうが、本体より大きく育っていた。

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