台糖の歴史

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沿革

1900年に台湾総督の児玉源太郎氏の計画に三井の益田孝氏らが応じて設立した台湾製糖が起源。

1902年に台湾初の新式製糖工場を操業し、1955年には米ファイザーと台糖ファイザーを設立して製薬へも事業を拡大した。1966年に業界首位に立った製糖会社で、2005年に新三井製糖に吸収合併された。

  1. 東京銀行集会所で創立総会、初代社長に鈴木藤三郎氏[19]創業
  2. 台南地方法院鳳山出張所で設立登記[19]
  3. 橋仔頭工場で製糖を開始[19]
  4. 台南製糖を合併し湾裡工場を継承[19]
  5. 大阪株式取引所に上場[25]
  6. 神戸精糖から神戸工場を買収[19]買収
  7. 広東省東莞工場で操業を開始[19]
  8. 新興製糖を合併し大寮製糖所として継承[19]
  9. 軍管理製糖工場の委任経営を軍政監部から受託[19]
  10. 軍用燃料製造への転用に伴い神戸製糖工場を閉鎖[19]
  11. 小田原工場を設置しペニシリン製造試験に着手[19]
第1章「米糖問題の解決を掲げた創立総会」を読む
台糖売上高—
  1. 台湾行政長官公署への在外財産の接収事務が完了[19]
  2. 新日本興業の設立登記が完了[23]
  3. 大東殖産に商号変更[3]商号変更
  4. 小田原のペニシリン工場で製造販売を専業として営業を開始[3]
  5. 台湾製糖が持株全部を公開譲渡し資本関係が断絶[19]
  6. 神戸ペニシリン工場が完成しタンク培養で量産を開始[19]
  7. 台糖に商号変更し台湾製糖の内地残余財産を承継[19]商号変更
  8. 神戸製糖工場で溶糖を開始し精製糖事業を再開[19]
  9. 東京証券取引所に上場[19]上場
  10. 九州出張所を閉鎖、九州台糖薬品販売を設立[3]
  11. 米国ダウ・ケミカルとデハイドロ醋酸の販売で提携[3]
  12. 米国ファイザーとの合弁で台糖ファイザーを設立[23]
  13. 太平製糖を合併し大阪工場を継承[19]
  14. 東邦酒類の株式の過半数を取得[16]
  15. 道南製糖所が操業を開始し甜菜糖事業に参入[19]
第2章「大蔵省令第88号で発足した新日本興業のペニシリン専業」を読む
台糖1959年3月期売上高132億円売上高営業利益率5.3%
就任年社長氏名役職名
1955年武智勝代表取締役社長
  1. 川崎工場で溶糖を開始[19]
  2. 甜菜糖部門を北海道糖業に譲渡[19]
  3. 台糖ファイザー株の60%をファイザーに譲渡[19]
  4. 大阪工場と大阪倉庫営業所を廃止[19]
  5. 神戸市東灘区深江浜町に新神戸工場が竣工[19]
  6. 非砂糖部門と研究部門を台糖産業に譲渡[19]
  7. 台糖ファイザーの全株式をファイザーに譲渡[19]
  8. 川崎工場を閉鎖し神戸工場に生産を集約[19]
第3章「原糖輸入自由化と川崎工場500トンの溶糖能力」を読む
台糖1984年3月期売上高426億円売上高当期純利益率0.6%
就任年社長氏名役職名
1955年武智勝代表取締役社長
1975年佐藤岩巳代表取締役社長
  1. 台糖産業を合併[19]
  2. 制癌剤の製造承認を受け原末の製造販売を開始[19]
  3. 三井物産・旧三井製糖とケイ・エスを設立[21]
  4. 武智文男氏が社長に就任[14]社長交代
  5. 免疫抑制剤の原薬工場が竣工[23]
  6. 新三井製糖と業務提携[22]
  7. 会社分割で台糖バイオ生産研究所を設立[23]
  8. 新三井製糖・ケイ・エスとの合併契約を締結[22]
  9. 東京証券取引所市場第一部で上場廃止上場廃止
  10. 新三井製糖に吸収合併され解散[23]
第4章「台糖産業の再合併と制癌剤原末に求めた収益源」を読む
台糖1985年3月期売上高441億円売上高経常利益率6.1%
就任年社長氏名役職名
1975年佐藤岩巳代表取締役社長
1985年福泉龍男代表取締役社長
1990年武智文男代表取締役社長
2003年佐藤英雄代表取締役社長

系譜

前身は1946年に設立登記した新日本興業。1950年に台糖へ商号を変更し、台湾製糖の内地残余財産を承継した。
2005年には新三井製糖に吸収合併され解散。
製糖業の業界再編により新三井製糖へ統合された。

系譜

前身は1946年に設立登記した新日本興業。

1950年に台糖へ商号を変更し、台湾製糖の内地残余財産を承継した。
2005年には新三井製糖に吸収合併され解散。
製糖業の業界再編により新三井製糖へ統合された。

1901年 1909年1911年 1941年 1946年 1950年1956年 2005年 台湾製糖 1901年設立 台南製糖 1909年合併 神戸精糖 1911年工場を買収 新興製糖 1941年合併 新日本興業 1946年設立→大東殖産 太平製糖 1956年合併 新三井製糖 2005年吸収合併 台糖 2005年吸収合併され解散
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出典・参考 25件
出典・参考
  • [1]会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)2篇 日本会社史 17_製糖
  • [2]会社銀行八十年史(東洋経済新報社、1955年)2篇 日本会社史 17_製糖「台糖」
  • [3]会社銀行八十年史(東洋経済新報社2篇 日本会社史 17_製糖「台糖」)(1955年)
  • [4]会社年鑑(1967年版)半期合算
  • [5]会社年鑑(1967年版)
  • [6]企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社, 1968)3編 企業の歴史「台糖」
  • [7]会社年鑑(1971年版)半期合算
  • [8]会社年鑑(1976年版)半期合算
  • [9]会社年鑑(1986年版)
  • [10]会社年鑑 1986年版「台糖」
  • [11]日経ビジネス 1975年6月9日号
  • [12]日経ビジネス 1983年4月18日号
  • [13]日経ビジネス 1991年5月13日号
  • [14]日経ビジネス「武智文男氏[台糖]登場体質改善へ多角化に挑む3代目」(1991年5月13日)
  • [15]経済知識 1958年
  • [16]経済知識「甜菜糖進出で〝台湾製糖〟時代再現の台糖」(1958年)
  • [17]月刊経済 1963年10月15日号
  • [18]台糖九十年通史(台糖、1990年)年表
  • [19]台糖九十年通史(台糖年表)(1990年)
  • [20]合併に関するお知らせ(新三井製糖、2004年4月8日)
  • [21]合併に関するお知らせ(新三井製糖)(2004年4月8日)
  • [22]合併に関するお知らせ 2004年4月8日
  • [23]台糖 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [24]MAonline「【三井製糖】逆風下、新たな業界再編へ「3社連合」を主導」
  • [25]台糖九十年通史

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