DM三井製糖の歴史
沿革
1947年に設立された湘南糖化工業が起源。
1970年に芝浦精糖・大阪製糖との3社対等合併で三井製糖となり、1984年に機能性甘味料「パラチノース」の生産を開始した。2021年に大日本明治製糖と経営統合した精製糖の大手で、直近の売上高は1,788億円。
創業期
1947年〜湘南糖化工業の設立と横浜精糖の東証上場
- 湘南糖化工業を設立[1]
- 横浜精糖に商号変更[1]
- 内地資産をもって大日本製糖を設立[1]
- 台湾製糖の内地資産を継承して台糖に商号変更[1]
- 東京証券取引所に上場[1]
- 台糖が米ファイザー社と合弁で台糖ファイザーを設立[1]
- 大阪証券取引所に上場[1]
- 芝浦精糖がタイの製糖工場を買収し芝糖タイを設立[1]
売上高
- 売上高
DM三井製糖売上高—
転換期
1970年〜3社対等合併による三井製糖の発足と「パラチノース」の事業化
- 芝浦精糖・大阪製糖と3社対等合併[2]
- 三井製糖に商号変更[2]
- スプーンシュガーを設立[2]
- 不動産事業に参入[2]
- 6割減資と第三者割当増資を実施[2]
- 芝浦・川崎・岡山の3工場施設を売却[2]
- 三井製糖食品を設立し二次製品販売部門を独立[1]
- 川崎工場の精製糖生産を休止[1]
- 機能性甘味料「パラチノース」の生産・販売を開始[1]
- 三井製糖食品を吸収合併[1]
売上高
- 売上高
DM三井製糖売上高—
転換期
2001年〜新名糖・台糖の吸収合併と北海道糖業の買収
- 新名糖を吸収合併[1]
- 新三井製糖に商号変更[1]
- 塩水港精糖・大東製糖と共同で関西製糖を設立[1]
- 東部工場を閉鎖[1]
- ケイ・エスと生和糖業を子会社化[2]
- 台糖とケイ・エスを吸収合併[1]
- 三井製糖に商号変更[1]
- 関連会社のニチナンを吸収合併[1]
- 上海駐在員事務所を開設[1]
- 北海道糖業を子会社化[1]
- 本社を東京都中央区日本橋箱崎町に移転[1]
- 岡山工場の精製糖生産を終了[1]
- 食品素材事業の一部をタイショーテクノスに承継[1]
- ニュートリーを連結子会社化[1]
- 岡山工場を閉鎖[1]
- 平野屋を連結子会社化[1]
- バンコク駐在員事務所を開設[1]
- SIS'88とAsian Blendingを連結子会社化[1]
- 長田工場を閉鎖し食品添加物の生産をタイショーテクノスに集約[1]
転換期
2021年〜大日本明治製糖の買収とDM三井製糖への改称
- 株式交換により大日本明治製糖を完全子会社化[1]
- DM三井製糖ホールディングスに商号変更[3]
- プライム市場に移行[1]
- テルモから栄養食品と関連製品の事業を譲受[1]
- 三井製糖と大日本明治製糖が合併しDM三井製糖が発足[1]
- 本社を東京都港区芝に移転[1]
- Muscle Deliを子会社化[1]
- 国内砂糖事業の生産拠点再編を決定[4]
- DM三井製糖を吸収合併[1]
- DM三井製糖に商号変更[1]
- 中祖一夫氏と津田琢哉氏が代表取締役に就任[4]
- SIS'88 Pte Ltd関連の減損損失を計上[4]
- シニアライフクリエイトを子会社化[4]
売上高営業利益率
- 売上高
- 売上原価
- 販管費
- 営業利益
- 営業利益率
DM三井製糖2026年3月期売上高1,801億円売上高営業利益率7.2%