DM三井製糖の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

原料を自ら選べない精製業として、政府の制度が変わるたびに足場を移してきた会社である。1948年には荷粉糖の処理という政府の要請に応じて再製糖から精製糖へ業態を移し、外貨割当で利幅が見込めた1953年12月に東京証券取引所へ上場した。1959年以降は甘味資源の自給策に沿って徳之島などの甘蔗糖と岡山の暖地ビートへ進出したが、暖地ビートは調査不足で失敗に終わった。続いて粗糖割当とのリンクを見込み1960年に岡山でぶどう糖の操業を開始したものの、1963年の粗糖輸入自由化でその前提が消えた。その結果、芝浦精糖との提携と1966年の岡山精糖工場の完成を経て、1968年に三井物産とトーメンが斡旋した3社合併案に加わった。

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