大気社の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

仕入れの道が断たれるたびに、商品ではなく施工の技術へ軸を寄せてきた会社である。第1次世界大戦でドイツ建材を失った建材社は、国産化したラジエーターで東京海上ビルの温水暖房をやり遂げ、工事業者として名を得た。1933年には近江帆布の工場を皮切りに紡績空調へ進み、スフやレーヨン工場の増設に合わせて受注を積んだ。戦時には送風の技術を航空機部品の焼入装置へ転用し、1943年に航空熱科学工業を設けている。一方で1929年に結んだキャリア社との提携は翌年に三機工業との合弁へ移り、冷房の理論を外部に依存する弱さが残った。

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