大和ハウス工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

住宅を売るために集めた土地の情報を、住宅以外の建物へ移してきた。1976年、大和ハウス工業は遊休地の地主と出店企業を結ぶ流通店舗事業へ参入した。1990年6月に始めたコンベンションは、地主を集めて初日に相続税と土地税制の講演を当て、翌日に出店希望のテナントを引き合わせる催しで、流通店舗事業部の売上高は1990年3月期の725億円から翌期に1,300億円へ倍増した。同じ多角化でも1985年からの5年でホテルを全国15カ所へ開いたほうは、高級リゾートか大衆観光ホテルかの区別を欠いたまま客室を4,772室へ増やしている。バブル期のワラント債と転換社債は1994年3月期に有利子負債3,877億円まで積み上がり、2000年度から有利子負債ゼロを経営目標に掲げた。2003年に始めた大型物流施設の開発が、流通店舗で覚えた地主とテナントの引き合わせを物流へ移し、現在の事業施設セグメントを生んだ。

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