小笠原光雄

三菱UFJフィナンシャル・グループ・元頭取退任

Ogasawara Mitsuo(敬称略)

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社長就任 1954年11月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部独法科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1921年に三菱銀行へ入行し、企画部長から取締役副頭取へ進んで、1954年11月に頭取へ就任した。入行から頭取まで33年を行内で過ごし、店舗網や海外ではなく行内の計画を組む部門を通っている。前任の千金良宗三郎氏と同じく、財閥期に入行した生え抜きだった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1954年11月、千金良宗三郎氏の後任として頭取に就任した。前任期の三菱銀行は1953年4月に資本金を27億5,000万円へ増やして国内の普通銀行で最大となり、同年7月には千代田銀行から三菱銀行へ商号を戻していた。1954年3月期の通常収入は162億円、通常利益43億円、当期利益16億円である。

在任中の主な施策
施策

在任した5年で通常収入は1954年3月期の162億円から1958年3月期の349億円へ増えた。大株主の顔ぶれも動き、1955年9月の上位10位には三菱レイヨンと三菱商事が入っていたが、1958年9月には新三菱重工業が5位、三菱化成工業が8位へ加わっている。旧財閥系の事業会社が三菱銀行株を持ち直す動きが、この時期に進んだとみられる。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1921〜1959年
在任中の業績
就任前(FY53)162億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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