小笠原光雄 三菱UFJフィナンシャル・グループ・元頭取退任 Ogasawara Mitsuo(敬称略) 更新:2026/09/12 社長就任 1954年11月 生年月日 — 学歴 東京帝国大学法学部独法科 出自 — 社長就任までの出自 出自 1921年に三菱銀行へ入行し、企画部長から取締役副頭取へ進んで、1954年11月に頭取へ就任した。入行から頭取まで33年を行内で過ごし、店舗網や海外ではなく行内の計画を組む部門を通っている。前任の千金良宗三郎氏と同じく、財閥期に入行した生え抜きだった。 社長に選ばれた経緯 抜擢 1954年11月、千金良宗三郎氏の後任として頭取に就任した。前任期の三菱銀行は1953年4月に資本金を27億5,000万円へ増やして国内の普通銀行で最大となり、同年7月には千代田銀行から三菱銀行へ商号を戻していた。1954年3月期の通常収入は162億円、通常利益43億円、当期利益16億円である。 在任中の主な施策 施策 在任した5年で通常収入は1954年3月期の162億円から1958年3月期の349億円へ増えた。大株主の顔ぶれも動き、1955年9月の上位10位には三菱レイヨンと三菱商事が入っていたが、1958年9月には新三菱重工業が5位、三菱化成工業が8位へ加わっている。旧財閥系の事業会社が三菱銀行株を持ち直す動きが、この時期に進んだとみられる。 在任の評価 評価 執筆予定 経歴 1921〜1959年 在任中の業績 売上高粗利率営業利益率経常利益率純利益率売上総利益営業利益経常利益純利益平均給与従業員数営業CF投資CF財務CFROE就任前(FY53)162億円退任時-変化-売上高粗利率営業利益率経常利益率純利益率売上総利益営業利益経常利益純利益平均給与従業員数営業CF投資CF財務CFROE就任前-退任時-変化-