千金良宗三郎

三菱UFJフィナンシャル・グループ・元三菱銀行に商号復帰

Chigira Sozaburo(敬称略)

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社長就任 1948年
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1913年4月に三菱合資会社銀行部へ入り、行内で35年を過ごしたのち1947年に会長、1948年に頭取へ就任した。頭取に就任した1948年10月、三菱銀行は財閥解体で三菱の名称使用を禁じられ、千代田銀行へ改称している。就任から1953年に商号を戻すまで、千代田銀行の頭取だった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1948年、再建整備の最終処理を終えた直後の三菱銀行で頭取に就任した。戦時に軍需指定会社へ貸した分は政府保証の打ち切りで大部分が回収不能となり、資本金の99%が消えていた。同年3月に金融機関再建整備法に基づいて資本金1億3,500万円を93%切り捨て、10月に11億円へ増資して新発足し、預金332億円・店舗161店を抱えた。増資により株式は預金者・従業員・地方居住者へ分散している。

在任中の主な施策
施策

1949年5月、三菱銀行は東京・大阪の両証券取引所へ株式を上場した。1950年4月にアメリカの銀行などとコルレス契約を締結し、1952年10月にニューヨーク支店を開設して海外業務へ戻った。戦後初代の同支店長には、戦前にロンドン支店へ勤めた中村俊男氏が就任している。預金は1953年3月末に1,597億円、貸出は1,402億円へ達し、同年4月に資本金を27億5,000万円へ増やして国内の普通銀行で最大となった。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1913〜1954年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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