土光敏夫

IHI・元取締役社長

Doko Toshio(敬称略)

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社長就任 1950年
生年月日 —
学歴 東京高等工業学校機械科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1920年に東京高等工業学校の機械科を出て、同年4月に石川島造船所へ入社した。1936年に退社し、同年6月に石川島芝浦タービンへ移って1937年7月に同社取締役、1946年4月に同社取締役社長へ進んだ。1946年6月には石川島造船所の監査役を兼ねている。本体の生え抜きでありながら、経営そのものは傍系のタービン専業会社で覚えた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1950年6月に石川島芝浦タービンの取締役社長を辞し、同月に石川島重工業の取締役社長へ就任した。代表取締役社長となったのは翌1951年7月である。傍系の一社を4年経営した実績を本体に充てる人事だったとみられる。1957年11月には東京芝浦電気の取締役も兼ねた。

在任中の主な施策
施策

1960年11月、播磨造船所で取締役社長だった六岡周三氏が石川島播磨重工業の取締役会長に就任し、土光氏は社長を続けた。播磨造船所の取締役だった右田熊市氏や田中喜代治氏も同月そろって常務取締役に入っている。1955年3月期に83億円だった売上高は1964年3月期に905億円へ伸びた。1964年11月、社長を田口連三氏へ譲った。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1950〜1964年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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