生方泰二

IHI・元取締役社長

Ubukata Taiji(敬称略)

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社長就任 1978年
生年月日 —
出自 —
社長就任までの出自
出自

1939年3月に東京大学法学部を出て、同年4月に石川島造船所へ入社した。1959年1月に石川島ブラジル造船所の取締役へ移り、1964年11月に本社の取締役、1968年11月に常務取締役へ進んでいる。1973年10月にふたたびブラジルへ渡り、石川島ブラジル造船所の代表取締役副社長を務めた。造船の現場ではなく海外子会社の経営を歩いた経歴である。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1979年6月に代表取締役社長へ就任した。前任は真藤恒氏である。就任前年度の1979年3月期は経常損益が101億円の損失で、前期の209億円の利益から転落していた。生方氏は直前まで石川島ブラジル造船所の副社長で、本社では稲葉興作氏と浦川清人氏の2人が代表取締役副社長に在任していた。本社の序列の外から呼び戻した人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

就任年度の1980年3月期は経常損益の損失が190億円へ広がった。翌1981年3月期には94億円の利益へ戻し、1982年3月期は199億円まで積み上げている。売上高はこの間6913億円から7777億円で、規模を伸ばさずに採算だけを立て直した。1981年版の要覧では生方氏が社長、後任となる稲葉興作氏が代表取締役副社長に在任していた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1978〜1982年
在任中の業績
就任前(FY77)7,634億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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