真藤恒

IHI・元取締役社長

Shinto Hisashi(敬称略)

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社長就任 1971年
生年月日 —
学歴 九州帝国大学工学部造船工学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1934年3月に九州帝国大学工学部の造船科を出て、同年4月に播磨造船所へ入社した。1951年8月に同社を離れてナショナル・バルク・キャリヤーズへ移り、呉造船部の技術部長を務めている。1960年8月に同社を退き、同年9月に石川島重工業へ参与として入り、同年11月には常務取締役船舶事業部長へ就任した。1964年11月に代表取締役副社長となった。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1972年11月に代表取締役社長へ就任した。前任の田口連三氏は同月に代表取締役会長へ回っている。1960年9月の入社から常務取締役までがわずか2か月で、1974年版の要覧に副社長として並ぶ大久保潔氏が1937年の播磨造船所入社から取締役まで19年を費やしたのとは開きがある。社外で9年を過ごした造船の技術者を、経歴の順序を飛ばして充てた人事だったとみられる。

在任中の主な施策
施策

在任した6年で売上高は1973年3月期の4354億円から1978年3月期の7634億円へ1.8倍になった。経常利益は1974年3月期の353億円を頂に細り、退任年度の1979年3月期は101億円の損失へ転じている。純利益も1977年3月期の117億円から20億円まで減少した。1979年6月、社長を生方泰二氏へ渡した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1971〜1978年
在任中の業績
就任前(FY70)3,727億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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